第62話 スチームパンクの中の名探偵アン(2)
最新蒸気機関車『スチームパンク号』。
その第四車両。
座席はまばらだ。
この世界では蒸気機関はそこまで浸透していない。
安全面の不安から乗らない人もいる。
それに、乗車賃がまあまあする。
その証拠に、乗客は身なりがキチンとしている者が多い。
移動するのには便利だが、お金がないと厳しいのだ。
ということで、乗客は少ない。
俺としてはお金に困っていないから、ゆとりある心でいくらでも乗れる。
やることもないので、適当に横を向く。
高速で窓外の景色が流れていく。
限りないように見える草原が広がっている。
他にも青白く見える遠い山々があって、それらを見ていると心が安らいでいくのが分かる。
スキルで国家間を走っていた。
だけど、寛ぎながら移動しているとアホらしくなってくる。
本当だったらこうやってずっと旅を続けていきたいが、どこにでも蒸気機関があるわけではない。
主要都市の間、特にバベルミラージュの近辺でしか乗車できない。
蒸気機関を造り出したのはバベルミラージュなので、当然といえば当然だけどな。
「ん?」
気配を感じた。
視線をやると、席を外していたビブリアがやって来ていた。
だが、奴はただ歩いてきているわけではない。
乗客とすれ違い様に、腕に手を当てる。
僅かに発光し、白いアルバムが姿を現す。
当てた瞬間に、ホワイトアルバムを消去したので、当人は気が付いていないだろう。
まるで熟練のスリみたいな早業で、記憶を盗み見やがった。
「おい!!」
「……なに?」
一瞬、眼を瞑るとすぐに開く。
すれ違い様に、ざっと深層意識を読んだのだろう。
ホワイトアルバムと現実世界とでは、時間の流れが違う。
あっという間に見えるが、しっかり記憶を見てきたかもしれない。
「ちょっとした情報収集だよ。昨日、バベルミラージュは雨だったみたいだね」
「新聞感覚で他人の記憶を盗み見みるな!! っていうか、不用意に使わないっていう約束だったろ!!」
「別に悪用するためじゃないよ。それに、結果的にはやっておいてよかったと思うけどね」
「……何を見たんだ」
嫌な予感がする。
こいつがこういうもったいぶった言い方をする時は、大体最悪の事態の時だ。
覚悟を決めておく。
「今、バベルミラージュでは『連続切り裂き魔』がいるらしい」
「は? 今? だって、そいつは――」
「そう。既にいないはず。だから、今バベルミラージュで人を殺しまくっているのは別人。二代目ってところかな」
「二代目連続切り裂き魔……」
「悪の世代交代ってところかな」
連続切り裂き魔。
それだけじゃない。
あらゆる殺人鬼が、かつてのバベルミラージュには蔓延っていた。
犯罪者達の聖地ともいえる犯罪者率だった。
奴らを一掃したはずだった。
けれど、再び現れたのか。
悪の後継者が。
「みんな恐れているみたいだね。他にも二代目がでないか。『悪の帝王二代目』『ジキルとハイド二代目』みたいに」
「流石にそれはないだろ」
切り裂き魔には弟子がいたのか。
それともただの模倣犯か。
名が売れれば正義だろうが悪だろうが、憧憬の念を抱く者は必ず現れる。
それは分かっている。
だけど、悲しいな。
俺達は必死になって敵と戦って勝利した。
それも、命を懸けて。
だけど、そんなものはお構いなしに、再び誰かが悪に染まってしまったのか。
俺達の旅は一体なんだったのか。
無意味なものだったのか。
俺の中には魔の王がいる。
俺にとっては善だけど、世界にとっては悪だ。
悪を根絶やしにできない俺が、落ち込んでいても仕方ないよな。
「どこ行くの?」
立ち上がった俺に、ビブリアが声をかけてくる。
「トイレだよ。こっちはお前の代わりに席取っておいたんだから。俺だって行っていいだろ?」
「……どうぞ」
さっきまでビブリアがトイレに行っていた。
それと交代で俺もトイレに行く。
それは建前で、歩いて気分転換したかっただけだ。
まあ、そんな俺の考えもビブリアにとってはお見通しだろうけど、言わないでくれた。
こういう些細な時は察してくれているんだよなあ。




