第59話 名前も知らない最弱(7)
「どこ行くんだよ?」
食事を終えてもう少しゆっくりしたいところだったが、行かなきゃいけないところがあるといってすぐに席を立った。
「それはこっちの話だね。君はどこへ行くつもりなんだい?」
「それは……。とりあえず、英傑の情報を集めるために、大きな街へいくつもりだったんだよ」
次の行き先。
そう、次の行き先が手詰まりなのだ。
だって、情報がない。
注文をしたときに、怪しまれない程度にギルド職員に、英傑についての情報を訊いた。
だが、有力な情報は得られなかった。
ただ憧れていたりとか、賞賛だったりとか。
そんなありきたりな話しか聴くことができなかった。
俺にはビブリア以外の英傑がどこにいるのかを知らない。
だから、これからどこへ行くのか。
その明確なビジョンはない。
「……装備が足りていないのは事実だし、間違ってはない。けれど、それだけじゃ最善とはいえないね」
「じゃあ、お前には何か考えでもあるのか?」
「おかしいとは思わなかったのかな? 英傑の情報があまりにもないってことに」
「……? どういう意味だ?」
情報が少ないことに意味なんてあるわけない。
それだけ英傑が目撃されていない。
ただそれだけの話じゃないのか?
「普通、英傑ほどの有名人がいれば、居場所の情報ぐらいでてくるものだ。居場所を隠ぺいしていない君やマリーを除けば、その情報が漏れたのは、僕だけ……。いくらなんでもおかしいとは思わなかったのかな?」
「それは……。つまり、情報が漏れないように口止めをしているんだろ?」
そのぐらい、考えなくたって分かるっていうのに。
なんでいきなりそんなことを?
「君は人間のことが何も分かっていないね。口止め? そんなの無意味だよ。人間は必ず裏切る生き物なんだ。口約束なんて水にぬれた紙のように破られるに決まっているじゃないか」
「お金でも渡しているんじゃないのか?」
「お金で支配しているやつは、さらに大きなお金で口を滑らせるものだよ。お金じゃない。お金の縛りじゃなければ、絆の縛りしかない。それも大人数にではなく、少人数にしか情報が漏れないようにしているはずだよ」
「絆の縛りって……。知り合いってことか? そんなの旅でいくらでも会ってきただろ。それだけじゃ、どこにいるかなんて絞れないだろ?」
「まあ、そう思うよね。君は異世界から転移してきたんだから、そこで思考が止まってしまう……」
「なんだよ。俺だってこの世界に慣れてきたんだ! むしろ、ここが俺の居場所――」
前を歩いていたビブリアが立ち止まってこちらに視線をやる。
「君には帰るべき故郷なんてないよね?」
故郷が――ない。
ああ、なるほど。
あまりにも普通の答え過ぎて、その考えに至らなかった。
「そうか、そういうことか……」
「答えが分かれば、とても単純なことだよね? だって、あの王女様だって同じことをしたんだから」
「里帰りか……」
みんな里帰りしているのだ。
生まれ育った場所ならば、みんなが口を噤んでくれそうだ。
絆の縛り、ね。
言い方はあれだが、的確だ。
「命を懸けて世界を救った。そのあとみんながとる行動は休息。自分の生まれ育った場所に帰って戦いですり減らした精神と、傷ついた体を癒す。当たり前だよね。まあ、君は帰る場所なんてないんだから、その発想には至らなかったのかもしれないけれどね……」
「お前だって、もう……」
「そうだね。僕の故郷はない。だけど、人間の『本質』については君よりも知っているつもりではいるけれどね」
こいつは……穿ったものの見方しかできない。
はっきり言ってしまえば、嫌われ者だ。
性格は最悪で、一緒にいてもデメリットのほうが大きい。
それでも、俺たちは仲間だった。
一緒に旅を続けてきた。
こいつのねじ曲がった思考のおかげで、何度も助けられたのも事実だ。
まあ、それ以上にこいつのせいでピンチになったことのほうが多いが。
だけど、ビブリアがいなければ次にどうすればいいのか。
それが全く思い浮かばなかったのだ。
「最初に会えたのがお前で良かったよ」
他の誰かと出会っていたら、二人して迷っているだけだった。
全員を集めるためにもっと時間がかかってしまっていただろう。
だから、
「ありがとう」
素直に感謝するしかない。
「…………まあ、当然だけどね」
ポケットに手を入れながらそっぽを向く。
顔を見られるのが嫌なんだろう。
うん。
こういう風にいつも分かりやすかったら、可愛いんだけどなあ。
そうもいかないよなあ。
「でも、そこで問題となってくるのは、あの修行バカだよね。あいつは根なし草だからね」
「ああ、そうか、確かに、あいつが同じ場所にずっと居座るなんて考えられない……」
うーん。
ようやく大きな戦いが終わったのに、あいつは武者修行の旅に出かけたからなあ。
あれほど強くなるために努力している奴もいない。
もともと世界最強クラスだっていうのに、立ち止まることを知らない。
今まともに正面から戦ったら、負けるかもな。
「だからこそ、彼が必ず現れる場所で待ち伏せするのが一番だよね」
指指したその先にあったのは掲示板。
案内の紙が張り出してある。
たくさん張り出された紙の中でも、一際異彩を放つ案内文があった。
「これは……」
闘技大会の案内状だった。
分かりやすく剣と盾の絵も添えられている。
背景にはすり鉢状の建造物が描かれている。
鳥肌が立った。
「コロシアム! ここは、ここは……」
既視感。
いや、確かに俺はここを見たことがある。
決して忘れてはいけない思い出の中にある。
「俺が『ホワイトアルバム』で経験した場所はここだ!!」
「違う。僕の『ホワイトアルバム』はただの鏡だよ。君が『ホワイトアルバム』を経験したんじゃない。経験したことが『ホワイトアルバム』に反映されたんだ」
「お前、いい加減に――」
「いい加減にするのは君のほうだよ。僕たちに内緒で、まさか魔王と内通していたなんてね」
「…………!」
冷たい視線に、身じろぎする。
「もしも、僕がこのことを世界に公表したらどうなるんだろうね? 次は君が世界の敵になるのかな?」
「…………」
「まさか君達がそこまで仲がいいとはね。それにしてもどうやって取り入ったの? 孤独だった彼女の心の隙をついたのかな? まあ、君も元の世界じゃ独りぼっちだったから、どうすれば心を開くかなんてわかって当然なのかな? でもまあ、恐れ入ったよ。魔王を篭絡すれば、他の魔族も掌握したのも当然だよ。情報を横流ししてもらって、魔族の拠点地を潰して、世界を救うなんて簡単だったんじゃないの? いやいや。酷いなあ。そうやって卑怯な手段を使って魔族を虐殺していったんだね。すごいね。僕なんかよりよっぽどえげつないことできるんだね、君は」
「このっ……!」
フッ、と笑みをこぼす。
「冗談だよ。君たちがそこまで器用な生き方ができるわけがないからね。君がどれだけ悩んだのかも分かっている。でもね、君の中にもう一人の君がいるんだろ? だったら、そういうことだろ?」
君の中の君。
そうか。
ホワイトアルバムで投影されたのは、俺じゃない。
俺の中にいたもう一人。
「あれは、もしかして……俺の記憶じゃない?」
「君に記憶がないのなら、必然的に君の半身の記憶ということになるね。それとも君は忘れたのかな? 僕たちはあのコロシアムに足を踏み入れていないんだ」
俺はホワイトアルバムの中で、あの闘技場に完全に足を踏み入れていた。
だが、そんなものはありえないのだ。
俺たちは確かにあの国の、あのコロシアムについて知っている。
でも、コロシアムの中に実際に入ったわけではない。
入れなかったのだ。
闘技大会が開催される年ではなかったのだから。
それなのに、入った記憶が俺の中にある。
あそこで魔王と、あの鎧の女が戦った……のか……?
そんなこと、一言も聞いたことがなかったけどな。
だけど、行きさえすれば何かが分かるかもしれない。
「開催は半年後。そこに必ず奴は姿を現す。それまでに他の英傑たちの故郷に出向いて探し出す。簡単だよ。なんたって、僕らの旅は二週目だ。そう苦労するようなこともないよ」
「それでも、世界すべてを回ったわけじゃないだろ」
世界を回ったといっても、すべての国を回ったわけではない。
訪れていない場所があれば、会ったことのない敵もいる。
険しい道のりになると思う。
だけど、
「ここに行けば『全て』が繋がる気がする」
英傑探しも。
記憶にない記憶の中にいた鎧の女の正体も。
ここを最終地点にしたい。
半年後までにほかの英傑を見つけ出さなくては。
「まあ、君もいつの間にか相当弱くなったみたいだから、半年の間に戦い方を思い出すのもいいかもね」
「悪かったな。ブランクがあるんだからしかたないだろ?」
「…………」
ビブリアは黙りこくる。
なんか、俺の答えに納得いっていないみたいだな。
なんだ?
平和な世の中になっても、もっと鍛錬しておけってことか?
「……ここからじゃ他の英傑の故郷で近い場所はない。近場で装備を整えられる都会といえば――」
二人そろって場所を言う。
「「メイドインバベルミラージュ」」
どうやら、次の目的地が決まったようだ。
「あそこになるね」
光と闇が交錯するあの国。
聳え立つ摩天楼が永遠と並ぶ。
技術的に世界で最も発達している国で、俺のいた世界にかなり近い。
あそこにたどり着きさえすれば、どこにでも行ける。
全ての道はバベルミラージュに通ず、という言葉があるくらいだ。
治安が悪いから、騒動に巻き込まれそうだが、行けば情報や装備を手に入れることができるだろう。
「行こうか、バベルミラージュへ」
善は急げ。
他にやることもないことだし、早速バベルミラージュへ行くための乗り物を見つけようとする。
が、どうしても訊きたいことがある。
「……なんで、ついてきてくれるんだ?」
「色んな人間に会えるからだよ。たくさんの人間の心の内を覗き見るのが僕の生きがいだからね。さっきもそう言ったよね?」
そうだ。
そうだけど、もう一度訊きたかったのだ。
「そんなの、お前ひとりでもいいだろ? 実際、極限状態に陥った人間たちをここでいっぱい見られたはずだろ。もしかしたら、ここがお前にとっての楽園なんじゃないのか?」
なんか、すごいこと言っているな。
ラビリンスダンジョンを実験場として扱っていたビブリアのこと、許せないはずだったのに。
これじゃ、許しているみたいだ。
むしろ、もっとやれと促しているような。
でも、どうしても、ビブリアらしくないから気になったのだ。
「君のことが好きだからだよ」
思考が、すべて吹き飛んだ。
「は?」
「君と旅をつづけたのは君に惹かれたから。そして、君と旅を辞めたのは君とこれ以上いたら辛くなったからだよ」
「あのなあ。またそうやって冗談ばかり言うから、誰からも信じられなくなるんだぞ」
「…………」
え?
なんだ、この沈黙。
つまんなそうな顔をして、ネタバラシするかと思ったんだけど。
これじゃあ、まるで。
まるで、本当のことを言ったみたいだ。
「冗談じゃないよ」
距離を詰めてくる。
が、俺は怖くなって後ろにさがってしまう。
だって、そうなってくると……なあ?
いつ、そういう感情になったかがわからない。
打倒魔王の時から好きだったのか。
それとも、会えない時間が愛を育てたのか。
恋愛感情とは無縁だと思っていたやつが、実は普通の感情も持ち合わせたとなると色々と思考が巡る。
そうなると、俺ってもしかして無神経だった?
女として接していないから無遠慮なセリフもバンバン発していたけど、違ってた?
恋愛感情がないって、ある意味同志だと思って色々と言っちゃっていたけど、もしかして傷ついていたのか?
「――ただの偽装だよ」
「え? 偽装?」
肩透かしを食らう。
どういうこと?
「だって、表向きは婚活の旅なんだよね? だったら僕だってお嫁さん候補っていうことにしておいた方がいいんじゃないのかな?」
「あっ、そういうことね」
はいはい。
俺の記憶を覗いているから、そこらへんも承知というわけね。
旅の表向きの目的とか、完全に忘れてたわっ!!
その設定どこまで引きずらないといけないんだ!!
「腕なんか組んじゃったりして」
その設定のせいで、ビブリアがノッってきているし!!
「やめろ!!」
「あれ? 恋愛対象にはならない?」
「恋愛対象よりも、お前は俺にとって恐怖対象なんだよ!! 怖いから、近づくのはやめろ!!」
「嫌がっている……。なるほど……」
「もう、これ以上何もしなくていいから!!」
目が爛々とし始めた!!
他人の嫌がること大好き人間に、最も教えてはいけないことを教えてしまった!!
これ、旅の最中でふざけて、もっと密着し始める流れだ!!
俺は面白がってくっついてくるビブリアに、必死で逃げた。




