表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/78

第57話 名前も知らない最弱(5)

「どひー」

 珍妙な声を上げたトロイトは、膝をつく。

 膝をついたのはダンジョンの地面ではなく、人工的な床。

 ギルドの中。

 第五層をクリアし、そして、俺たちはダンジョンから無事生還した。

「や、や、や、やっと出れましたー!!」

 両手を挙げて喜んでるなー。

 まあ、引率者がいたとしても、初心者がここまで来られたなら立派なもんだ。

 色々とトラブルもあったしな。

 トロイトだったら、すぐにでもEランクに昇格できるだけのポテンシャルは持ち合わせている。

 問題は本人のやる気次第ってところだけどな。

 だけど、なんだか落ち着かないな。

 常に本棚に囲まれながらダンジョン探索していたせいかな。

 普通の光景だというのに、なんか違和感しかない。

 ようやく帰ってきたんだな。

「それにしても師匠、さっきはどこに行ってたんですか? 心細かったんですよ!」

「ああ、あれだ。トイレ」

「トイレ!? トイレですか!? なるほど……。それなら急に消えてもしかたないですね!!」

 めちゃくちゃ雑な誤魔化し方だったけど、納得してくれてよかった、よかった。

 まあ、疲れていてまともな思考ができなかっただけかもしれないけれど。

 トロイトは初めてのダンジョン探索だというのに、よく頑張ってくれた。

 それに比べてこのSランク冒険者様は何もやっていない。

 本を片手に、俺たちの後ろを歩いていただけだ。

「お前も少しは戦えよな」

「僕のスキルはモンスター向きじゃない。効率も悪い。そのぐらい君ならわかっていると思うけど?」

 そうなんだよなー。

 ビブリアは掛け値なしに最強だ。

 だが、圧倒的な力で敵をねじ伏せるようなタイプではない。

 獲物をなぶり殺しにする性格をしている。

 相手を殺すときに楽しまず瞬殺するようなケースはほとんどない。

 だから一戦一戦が長期戦になる。

 もっと手早くやっつけろと言っても、聴く耳なんて持つわけない。

 だから、その辺の雑魚モンスターにでさえ、長い時間を平気でかける。

 モンスターの苦痛の姿をもっと見たいとか言って。

 そんなの、いくら時間があってもダンジョン攻略なんてできない。

「それでもアシストぐらいはできるだろ……」

 ホワイトアルバムは空間を支配するパーソナルスキル。

 使い勝手が悪い。

 だから、普通のスキルで手助けすればいい。

 それができないならば、その辺の石ころをモンスターに投擲してけん制するとか、進路をふさいでモンスターを逃げられないようにするとか、役に立とうと思えばいくらでも方法はあった。

 やる気がないだけなんだよなあ、ほんと、こいつは。

「結局、お二人はどういうご関係なんですか?」

 俺たちの会話を聴いていたトロイトは怪訝な顔をしている。

 まあ、そうくるよなあ。

 ちゃんとした説明せずに、のらりくらりとかわしていたわけだし。

「……腐れ縁ってやつかな。あんまり関わり合いたくはないけど、事情があってしかたなしに関わっている感じだよ」

 あんまり言えないよなあ。

 ちょっとした手掛かりでも口を滑らせたら、ビブリアの正体に行き着くかもしれないんだから。

 だけど、今度はビブリアが怪訝な顔をした。


「『大切な人かな』」


 ブフッ――と、吹き出してしまう。

 こ、こいつ。

 俺の声真似を。

 ホワイトアルバムから読み取った記憶で俺をからかいやがった。

 なんだ。

 そこまで怒らせるようなこと、俺言ったか!?

「ありがとう、僕のことを大切に思ってくれて」

「お、お前なあ……」

 そんなこと言ったら、余計にトロイトが混乱するだろ。

 と、とりあえず話題を逸らさないと。

「ま、まずは拾ったダンジョンアイテムとか素材とかを換金して、食事でもするか?」

 打ち上げでもしようか。

 性格が最悪な奴とはいえ、こうして無事に会えたのは僥倖だ。

「いいえ。私はそろそろお別れします。もちろん、もう無謀にダンジョンを挑戦するなんてこともしません」

「え? でも、いいのか?」

 あんなにラビリンスダンジョンに固執していたのに。

 そんなあっさりあきらめていいのか。

「実は私身内には内緒で抜け出してきたので、そろそろ帰らないと怒られると思うんですよ。だから、ここでお別れです。お二人とも」

「……そっか」

 最低でも一泊はしているから、心配もしているか。

 でも、そうだよな。

 トロイトにだって大切な人だっているか。

 家族だか、恋人だかは知らないけど、トロイトのことを大切に思ってくれている人はいるんだろう。

 それがあったから、自分の思いに踏ん切りがついたのかな。

「……それに、私の目的はもう既に……」

「え?」

「なんでもありません!! ありがとうございました!!」

 なんか言いかけてみたいだけど、いいのかな?

 まあ、根掘り葉掘り聴くのも失礼か。

 なら、もう、ここで本当にお別れだな。

 日本だとスマホやネットがあるから連絡しようと思えばいつでも連絡できる。

 新幹線や飛行機なんかがあって、しかも一日に何度もたくさんの場所を行き来できる移動手段が確立している。

 だから、もしかしたらもう二度とトロイトには会わないかもしれない。

 そう思ったら、新人にサービスぐらいしてやろうと思ってしまう。

「はい、餞別」

「えっ、こんなに!? いいんですか!?」

 ダンジョンで手に入れた7,8割ぐらいを手渡す。

 まっ、欲しいものは持っているしな。

 このぐらいだったら、ダンジョンに潜って俺一人ですぐに取り返せる。

「まあ、俺の目的はこいつだったわけだし、俺はダンジョンアイテムなんて使わないからな」

「あ、ありがとうございます!! 冒険者になった記念にもらいます!!」

「ああ、うん。使わないやつはちゃんと売ったほうがいいからな」

「ありがとうございます。全部家に飾って眺めます!!」

「いや、それ全部持って帰れないだろ!! 旅の基本は軽装だから!! 冒険者だったら現地調達が基本だからな!!」

 全然わかってないよ!!

 やっぱり、もう少し傍にいて冒険者とは。

 旅の心得とは。

 とか、色々と教えてやったほうがいいんじゃないだろうか

 俺の心配をよそに、元気いっぱいで走り出したトロイトは手を挙げる。

 ブンブン、と手を振る。

「師匠ありがとうございます!! 師匠に教えてもらったこと、絶対に忘れたりしませんから!!」

 大声を出して、周りの人がちらちらこちらを見てくる。

 近くにいたときに挨拶すればよかったのに。

 きっと、待ちきれないんだろう。

 次の旅が、トロイトを待っている。

 俺も少しはわかる。

 誰だって、最初ははしゃいでしまうもんだからな。

「ああ、またな!!」

「はい、いつか必ず!!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ