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第54話 名前も知らない最弱(2)

 相手が誰であろうと戦って勝たなければ、この空間からは抜け出せない。

 涙を指の腹で拭う。

 何故か肉体が鈍い。

 身体が、目の前の敵と戦いたくないと叫んでいるようだった。

 だが、そうもいかない。

 せめて、あっちから攻撃を仕掛けてくれれば、こちらも正当防衛のように手が勝手に動いてくれるのだが。

「…………」

 相手は無言だ。

 岩のように動かない。

 死んでしまいましたといっても信じてしまうぐらいには、まるで動きがない。

 ビブリアの煽りがない。

 おそらく集中して俺たちの動向を観察しているのだろう。

 ビブリアからも、敵からもまともに情報収集ができない以上、うかつに飛び込むのは危険だ。

 なにせ、あのビブリアが俺の記憶から造り出した幻想体。

 弱いはずがない。

 まずは遠距離を保ちつつ小手調べだ。

「『フレイムボール!!』」

 放った火球は直線を描いて鎧の女に向かっていき、そして――まるでピンボールのように跳ね返ってきた。

「なっ――」

 咄嗟に避けることはできたが、今の現象、さっき経験したばかりだ。

 ベクトルを変化させ、どんな攻撃であろうと反射させることができる。

 だが、あれは『パーソナルスキル』。

 例外はあるものの、パーソナルスキルはオリジナルのスキル。

 他人が扱えるものじゃない。

「こいつ、いったい……」

 それに、厳密にいえば同じスキルではなかった。

 バウンスがスキルを使う時、必ず手を銃の形にしていた。そして、跳ね返した時には、スキルそのものの威力と、パーソナルスキルのベクトル変化による威力も相まって協力なものになっていた。

 だが、今のスキルはそのままの威力が、そのまま返ってきたようだった。

 力に力で対抗するのではなく、無理をせずに流されたような……。

 そういえば、腕の動きも、どこか太極拳を彷彿とさせるような、緩やかで弧を描くようだった気がする。

「! はやっ――」

 いつの間にか、鎧の女に側面に回り込まれていた。

 接敵を許してしまったのは、考えに気を取られていただけじゃない。

 放った『フレイムボール』によって、少しの間視界が塞がれた。

 それに跳ね返されて動揺していた。そのせいで身体が強張ったのだ。

 その時を狙って距離を縮めていたのだ。

 もはや身体をひねってガードする余裕すらない。

 なら、こうだ。

「――っ!! 『浸透脚!!』」

 近づいてくる相手に対しての迎撃策。

 全方位に衝撃が伝わっていく。

 避けられるとすれば、中空か、距離を取るしかない。

 だが、鎧の女はそのどちらも取らなかった。

 俺の『浸透脚』と酷似した動作を取る。

 力士がする四股のような動き。

 そして、

「なっ――に!?」

 衝撃が伝わらなかった。

 平然としている。

 剣を振るわれて、俺も咄嗟に刀身でガードする。

「ぐっ!!」

 さっきまで静止していたとは思えない。

 一転して素早い動きで襲い掛かってくる。

 剣と刀が数度交わる。

 剣道だと、どうしても受け身に回ってしまう。

 相手のスキをついて刀を相手に回る剣技だからだ。

 できれば裸足になったほうが、踏み込みのタイミングをつかみやすい。

 だが、その余裕もなさそうだ。

 相手も中々やる。

 だが、こっちの本業は剣術ではない。

 むしろ、体術の方が得意分野だ。

 相手の上段突きのタイミングで、刀を絡めるようにしてさらに上に押し上げる。

 これで相手の腹は隙だらけだ。

「『浸透脚!!』」

 相手は鎧。

 ただの攻撃だと有効打を与えられない。

 なら、攻撃を内部に通すことができる浸透脚をぶち込むだけだ。

 前蹴りの要領で蹴りを入れて、そこから鎧を通って体に衝撃を与える。

 そのはずだった。

 だが、肘で前蹴りを受け流されてしまった。

 今の動き、まぐれじゃない。

 素人なら、普通、あのタイミング絶対にあたるはずだった。

 よくて、ガードするだけ。

 特に、武術スキルを体得していない人間は、そんな行動しかとれない。

 だが、高レベルで武術スキルを習得している人間は、その隙を見せない。

 鎧の女はあのタイミング、あの蹴りの速度に完全に対応していた。

 俺の蹴りを肘で外側に向けた。

 俺の蹴りの力に逆らわずに、流れやすい方向へと流したのだ。

 力を流されたせいで、俺の体は泳いでしまった。

「くっ!!」

 掌底をぶち込まれて吹き飛ばされる。

「こいつ……体術も……」

 刀を闘技場の床に刺して、ブレーキをかける。

 体勢を崩していると、すぐに向かってきた。

 追撃の後ろ回し蹴りを屈んで避けると、上段斬りを仕掛けるがバックステップで避けられる。そして、再び、鎧の女は力強く床を踏む。

「……?」

 今度はなんだ?

 まさか浸透脚を使えるわけがない。ということは、震脚を? その可能性はある。俺は振動に気を付けようと身構えるが、衝撃も伝わってくる様子がない。

 不発か?

 まだ俺は縮地を披露していない。

 速度でかく乱しようと踏み込もうとするが、足が思うように動かない。

 それどころか、

「えっ――」

 ズボッ、と足がはまってしまう。

 まるで底なし沼のように地面に足が引きずり込まれていく。

 ズズズ、と地面は渦巻いて、まるで蟻地獄のように足を絡めとる。

「ぐっ!! 『魔術拳・エアロブースト!!』」

 足から空気を噴き出して、一気に上空まで跳ぶ。

 フライで中空にとどまる。

「今の――はっ――!!」

 斬り込まれたので、こちらも刀で受け止める。

 中空まで追いかけて、そして留まることができている。

 あっちも『フライ』を――いや、おそらく違うな。

 微妙に体が上下している。

 まるでトランポリンの上にいるかのようで、フライを使いこなせていないというわけではない。フライを使っていない。

 別の方法で空中にいる。

 おそらくは、空気をクッションにして立っているんだ。

 さっき俺が『浸透脚』したあの震動を無効化したのは、地面を別の特性に変えて吸収したのだろう。

 最初に『フレイムボール』を俺に跳ね返したのはなんてことない。

 ただ空間を捻じ曲げて、俺に返しただけのことだ。

 全てはたった一つのパーソナルスキルによるもの。

 俺は知っている。

 知らないはずなのに、知っているとしかいえない奇妙な感覚。

 やっぱり、俺はこいつと会ったことがあるのだ。

 そして、おそらく戦ったこともある。

「分かったよ、お前の『パーソナルスキル』の正体はな……」

 柔らかくする。

 ただ、それだけのパーソナルスキル。

 世界一有名で世界最弱のモンスターの名前を冠したスキルだ。

「『スライム』」


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