第51話 Fランク冒険者トロイトのダンジョン探索(12)
魔術スキルレベル100ということはつまり、それだけのレベルのモンスターの肉を食らったということだ。
だが、このラビリンスダンジョンの浅い階層に存在するはずがない。
「不可解。ここのモンスターだけでは、それほどのスキルレベルを得ることなど……」
「確かにダンジョンに潜るのはここが初めてですけど、それ以外でもモンスターと戦う機会ならいくらでもありますから」
自ら倒したモンスターではなく、ただ肉を食うだけがスキルの習得条件というのならば厄介だ。
お金を積めば強いモンスターの肉など、いくらでも手に入るだろう。
どれだけのスキルの数を所持しているのか見当もつかない。
勝ち目はない。
ならば、逃げるしか生き残る道はない。
スキルレベルの格差があまりにもひどいときは、逃げることさえ困難。
だが、シャッタッフはデバフの使い手。
相手がどれだけ強くとも、デバフは効果が通りやすい。
「『ミスト!!』」
視力を奪うことに意味はほとんどない。
すぐに『超音波』を使われて位置を知られるだろう。
だが、視力を使うよりかは不慣れなはず。
とっさに切り替えかえ、『超音波』を駆使することはできないはずだ。
スキルがあればあるほど強いというわけではない。
多くのスキルがあればあるほど、それを使いこなすには多大な時間を要する。
どれも中途半端な力しか発揮できない可能性だってある。
だから、高すぎるスキルレベルは、張りぼて同然の意味しかないのかもしれない。
古今東西、偽物はオリジナルには勝てない。
それが道理。
どれだけ借り物の力で誇張したところで、それを使いこなせるはずがない。
なにせ、トロイトの元々のスキルレベルは相当に低い。
つまり、実践経験に乏しいはずだ。
だが、それこそが偽装の可能性もある。
低いスキルレベルは、ほかのモンスターのスキルを発揮していただけという可能性もある。だから、本来のスキルレベルこそが、魔術スキルレベル100ということだってありえるのだ。
「『アシッドボール!!』」
球状に固まった液体。
放つ速度は遅いが関係ない。
破裂すれば数メートルにわたって飛び散る代物。
威力もあれば、範囲も広いスキル。
直撃せずとも、肌が溶けるものだ。
結果を見る余裕なんてない。
放った直後に背を向けて逃げようとした――が――その背中に『アシッドボール』が跳ね返ってきた。
「ああああああああっ!!」
たっぷりと、かけられてしまった。
まさか跳ね返ってくると思っていなかったので、なんの防御手段も講じることができなかった。
「顔が……っ! 腕がっ!!」
肌がただれてしまった。
瞼の一部も溶けてしまい、目を開けるのさえ激痛を伴う。
狭くなってしまった視界の中で目撃したのは、トロイトが手に持っている本。
「本ッ!! そ、そうか、それで私のスキルを……」
このラビリンスダンジョンの本は特殊だ。
50未満のスキルレベルによる攻撃を、全て跳ね返してしまうといわれている。
あくまで防犯用の本を、まさか戦闘に利用するなんて。
そんなこと考えることすらしなかった。
ことラビリンスダンジョンにおいては、熟練者と呼ばれてもおかしくないシャッタッフがだ。それを、たった一度だけラビリンスダンジョンに潜ったやつが考え付くなんて。
たとえダンジョン初体験であっても、戦いにおいては素人じゃない。
「戦う時は周りを見た方がいいですよ。まっ、アドバイスしたところで、どうせ生き残れないんですから、意味ないですよね」
「降参……助け……」
「…………」
目が見えなくなってきた。
これじゃあ逃げることさえできない。
助けを乞うが、返答はない。
その代わりに、バサバサと羽を羽ばたかせる音が返ってくる。
「なっ――ぎゃあああああああああっ!!」
どこから湧いてきたのか。
大量のマスバットが、全身に牙を立てて噛みついてくる。
「どうせ、あなただってたくさん人を殺してきたんですよね。今度はあなたが殺される番だったというだけのことじゃないですか。弱い奴は強い奴に食われるんです」
振り払おうとするができない。
何もできないまま倒れる。
自然現象じゃない。
確かにマスバットは集団行動をしているが、普通の三倍ぐらいの量が身体にたかっている。
何かが起こったとしか考えられない。
「マスバットは『超音波』を使って遠くの仲間を呼び寄せる習性があるらしいですね。その子たちは、今、私の命令を聴いてくれる可愛い従者みたいなものだから逃げられるなんて思わないほうがいいですよ」
「助け、タスケ……」
「あの勇者には唯一、感謝していることがあるんですよ。とても素敵な言葉を教えてもらいました」
最後の最後。
完全に塞がる前に見えた光景は、舌なめずりするトロイトだった。
「ああああ、あああああああああああああ!!」
最悪の予感に悪寒が走る。
力を得るために肉を食らう。
その肉は、いったい何の肉まで有効なのか。
「いただきます」




