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第49話 Fランク冒険者トロイトのダンジョン探索(10)

 バウンスには『縮地』は通用しない。

 それでも、使うしかない。

 視界から一瞬消えるほどの高速移動。

 だが、バウンスにとっては遅い。

「速さならこっちの方が上だって身体に教えたよなあっ!!」

 手で作った銃口を後ろに回す。

 背後へ『ベクトルキャノン』を放つことによって、俺の『縮地』よりもさらに速く動くことができる。

 だが、余裕の笑みは固まる。

「えっ!?」

 バウンスの目の前には拳の影。

 避けきることもできずに、俺の拳は突き刺さって吹っ飛ぶ。

 俺の動きは予測できない。

 バウンスには『縮地』の動きを見ることができない。

 消えたように見えた。

 だから、適当な位置にバウンスは移動したと思っている。

 それなのに、移動したその先に拳があった。

 まるでバウンスの移動する場所が、ピンポイントで分かったように。

「なん――でっ!?」

 壁に叩き付けられたバウンスを見やって、俺は足を上げる。

 モーションの大きいこのスキルは、動きの速い相手の時は怯んでいる時にしか使えない。

 今だ。

「『浸透脚!!』」

 ビキビキッ、と地面に亀裂が入る。

 ただし、それだけだ。

「ふ、不発か……? 助かった。――だけどなんでいきなり動きが速くなって……」

「別に速くなってない。ただ、お前、スキルを見せすぎただけだよ」

「なに?」

「お前のパーソナルスキルは単純すぎる。ただ一方向のベクトルを変える、強大なものにすることしかできない。しかも、スキルの発動条件が致命的だ」

 直立不動のままベクトルを変幻自在に変えられるスキルなら、正直勝ち目がなかったかもしれない。

 だが、奴のスキルには必ず予備動作が必要となる。

 銃の形を手で作らなければ、スキルを使用できないのだ。

 バウンスは一度スキルを放ってから、必ず手を緩める。

 銃の形をずっと作っていると、誤射してしまう可能性があるのだろう。

 だから、攻撃する瞬間、必ず手を動かす。

 身の丈に合っていない強力すぎるスキルを持っているからそんな動きをしてしまうのだろう。

 それに、バウンスがベクトル操作をして、どこに動くのか。

 その距離が予測できてしまうのだ。

 普通、移動する距離は変えなければならない。

 だが、さっきからバウンスは、俺の死角に回り込むことしかしていない。しかも、必ずといっていいほど、左回りに動く。

 さっきから右手を使うことが多いから、右利きなのだろう。

 右手が前に出ていると、身体が右手に当たる可能性があるから、左側の方が動きやすい。

 その心理が勝手に働いているのかもしれない。

 それはクセなのだろう。

 さっき移動した時も、とりあえず俺が消えたから、自分に向かってくるはず。

 だから左に移動しとこう。

 前にはあんまり動かずに。

 と思考したであろうポイントに移動した。

 俺はそこまで一瞬で読みきっていた。

 それで、ドンピシャリ、というわけだ。

 今まで破られたことがないのだから、ずっと単調な動きしかしていなかったのかもしれない。

 だが、S級クラスの冒険者と戦う時は、その経験の浅さは致命的だ。

「お前はスキルを発動する時、必ず指で銃の形を作っている。そして、ベクトルは銃口の向きにしか出せない。ベクトルの方向さえ分かっていれば、次になにをするのかぐらい予測できる」

 高速移動する時は、必ず手を後ろに回す。

 そうしなければ動けないから。

 だが、手を作った瞬間にバウンスはスキルを使用する。

 一拍置くか、ずっと手は銃の形をとっておくとか、そういう工夫がなければ、移動するタイミングさえも見切られてしまう。

 ボクシングでいうテレフォンパンチみたいなものだな。

「『フレイムカーテン』」

「だから、なんだっ!! 俺はどんな攻撃だって防げるんだっ!!」

 広範囲に広げる炎のカーテン。

 それらを完全に消し去ることはできない。

 端の一部が消えていない。

 やはりな。

 衝撃を透明な四角錐にイメージする。

 銃口を点とし、そこから線が伸びるイメージ。

 最終的に広がる衝撃の底面の一辺は約3mっていったところか。もっと広げることもできるだろうが、天井の入った罅や、炎のカーテンが千切れ方からそれぐらいは目測できる。ただし、衝撃の達する距離は数十倍っていったところ。

 衝撃の縦への広がりは大きい。

 それは注意するべきところ。

 だが、横には短い。

 ということは、つまり。

 攻防一体と思われた無敵のパーソナルスキルにも、通れるだけの穴があるということだ。

「はっ」

 笑みを浮かべるバウンスの側面に、俺は攻撃と同時に『縮地』で移動していた。

「なっ――」

「そして、お前のスキル威力の範囲は狭い。精々一方向からの攻撃しか防げない」

 至近距離から『フレイムボール』を撃ち込む。

「うっ、うがああああああああああああっ!!」

 燃え上がりながら転がるが、大したダメージを与えることができてない。

 加減してしまった。

 距離が近すぎた。

 あのままもっと威力のあるスキルを使っていたら、自分ごと燃え上がる可能性があった。

 遠くに移動して攻撃したら炎弾の着弾時間が遅れる。そうなれば、そのまま倍返しされる。口では動揺させるためにデメリット部分しか語っていないが、やはり強力なスキルだ。

 ここで仕留めきれなかったのは手痛い。

 傷を負った獣ほど手強いものはないというからな。

「くそっ、くそっ、くそっ!! なら、これならどうだ!!」

 スキルを使って、バウンスは高速移動する。

 攻撃のためではなく、今日初めて退いた気がする。

 壁を背にする。

 なるほどね。

 四方をカバーできないなら、一方面だけでも壁で潰そうって魂胆か。

 ようやく、頭を使い始めたな。

 まあ、そういう相手のほうが手玉に取りやすいんだけどね。

「攻撃の方向を潰してしまえば、どうしようもない!! この狭さなら、俺はどんな攻撃だって防げるっ!! 残念だったなあ。ここがダンジョンじゃなければ勝っていたかもしれないなあ!! ルーキー!!」

 戦いが長引くと、こういう風に敵が強くなることがある。

 戦いの中で成長するってやつだ。

 少々面倒になったどころの話ではないが、これでようやく確信できた。

 戦いの間に感じたノイズのようなものを。

「……ほんとうは、狂っているふりをしているだろ」

「ああ?」

「狂っている人間が、ここまで冷静な判断ができるはずがない。もしかして、相方のためか? 相方がおかしくなっているから、自分もその振りをしているのか?」

「なんだ、お前、うるせえんだよ!! 戦いたいんだよ、俺は!! 殺し合いをしている時だけは、忘れられるから!! 死んだ仲間のことを!!」

「……そうか。そういうことか」

 冒険者はかっこいい。

 命を懸けているから、勇敢だ。

 そんな風に褒める人間ばかりだけど、その実、現実逃避のために冒険をする人間が多い。

 血と戦い。

 それから湧き上がる高揚は、何もかも忘れさせてくれるから。

「ここで初心者狩りをし続けて過去から逃げていたら、お前は一生そのままだよ」

「はあ!? お前に何が分かるってんだ!!」

「分かるよ。俺もそうだったから。俺も、失くしたものを数えているだけの時があったから」

 後悔や反省をしていれば、自分を慰めることができる。

 自分を責めけている間は、ある意味楽なんだ。

 でも、そのまま目をそらし続けたら、また大切なものを失ってしまう。

 だから、どれだけ辛くても前に進まなきゃならないんだ。

「前へ進みたいって思うから、あんただってダンジョンにわざわざ潜っているんじゃないのか」

「……強くなったはずだった。だけど、死ぬのは一瞬だ。油断して罠にかかって、仲間を一人見殺しにした」

 バウンスは声のトーンを落とす。

 思い出したくない過去を思い出しているようだ。

「……強いモンスターに襲われた俺達は、手負いの仲間を囮にして逃げ出した。そうしなければ、全滅していた。俺達はただ知ったはずなんだ。それなのに責め立てるんだ。蘇った仲間が。どうして、俺を見殺しにしたんだって、何度も何度も。何日も何ヶ月も何年も、同じことを繰り返し続けた。そんなの、狂った方がいいに決まっているだろ。正気を保つより、何も考えずに戦った方がましだ!!」

 何日も、何ヵ月も、何年も?

 それって、もしかして……?

 いや、今はそれについて考えるのは止めよう。

「お前、弱いな」

「はあ!?」

「お前が弱いからいけないんだよ。お前が弱いから仲間が死んだんだ。お前が弱いからそうして狂ったふりをしなきゃいけないんだ」

「お前……」

 怒り狂っているのは、図星だからだろ。

 少しは目が覚めたか?

「それじゃあ、俺に負けたら考えろよ」

「なに!?」

「あんたが弱いと思っている俺如きに負けたのなら、正気に戻ってもっと強くなれよ。仲間を守れるぐらい。前へ進めるぐらい強くなれよ」

 ギリッ、と奥歯を噛み締める音が響く。

「ふざけやがって!! このダンジョンじゃお前に勝ち目はないんだよお!!」

 バウンスが構える。

 それとほぼ同時に、俺は『フレイムボール』を放った。

 ただ真正面に、工夫なく。

 そのままだとただ跳ね返されるだけだ。

 だが、それでいいのだ。

「ここがダンジョンだからこそ、お前は俺に負けるんだよ。ダンジョン初心者さん」

 ビキビキッ、と天井と、それから床に大きな亀裂が入る。

 上からは岩の瓦礫が、そして床が崩れ落ちていく。

 ちょうど、バウンスのいる場所辺りで。

 ああ、そうだ。

 あくまで保険だった。

 もしも戦いがもつれ込んで、長期戦になった場合。

 少しはダンジョンの知識のあるバウンスならば、自分のスキルの欠点を思い知り、自分から逃げ道を潰してくれると思った。

 壁を背にすることぐらい予測できた。

 この瞬間を待っていた。

「こ、これは、まさかこいつのさっきの攻撃で!? ほ、崩落が――!!」

 さっきの『浸透脚』は不発ではない。

 ちょっとした刺激で、ダンジョンが崩壊するように罅を入れていたのだ。

「そのまま下の階まで落ちて生き埋めになれ」

「あああああああああああああっ!!」

 天井からの岩石。

 床の崩壊。

 真正面に迫ってくる火球。

 同時に三つの攻撃。

 焦っているバウンスを見やるに、やはり、同時に『ベクトルキャノン』を発動する限界数は二つのようだ。

 人差し指でしか発動できないのなら、そうなるのは必然。

 だから、絶対に何かの攻撃は当たる。

 崩壊した岩に押しつぶされるか、地面にたたきつけられるか、炎に焼かれるか。

 選択肢は三つしかない。

 だが、

「ぐあああああ!!」

 バウンスは四つ目の選択肢を取った。

 上下後方は潰されても、左右に逃げる選択肢は残っていた。

 だから『ベクトルキャノン』を使って横っ飛びに回避した。だが、片腕が炎に焼かれている。避け切れなかったのだ。だが、なんとか岩石の下敷きになることもなく、危機を脱することはできた。

 今の不意打ちさえなければ、なんにでも対応できる。

 それだけの力を、バウンスは持っている。

「ははは、あぶなかっ――」

 安堵の表情が途中で固まる。

 何故なら、俺の拳が肉薄していたからだ。

「『魔術拳・バーンソニック』」

 以前、セミラミスとの戦いにおいて使ったフィニッシュブローのように、腰を落として迎撃するような攻撃法ではない。

 戦いにおいて純粋に力比べをするような機会はほとんどない。

 今度のようにお互い移動して的を縛らせない戦いがほとんど。

 だから、今の攻撃のほうがより実践的といえる。

 まずは『縮地』で高速移動し、そして威力を殺さずに拳に炎を溜めて撃ちだした。

 溜めていないので魔術的な威力は落ちるものの、肉体的ダメージは移動速度も相まって増えている。

 だが、そうはいっても今回の相手は、その一撃を当てることが困難だった。

 相手の次の動きを先読みしなければならなかった。

 だが、魔術スキルを使ったら、また威力の小さいものになってしまう。

 遠距離から強力な力を使えば、必ず己に跳ね返ってしまう。

 だから一撃で倒せる接近戦用の攻撃で倒す必要性があった。

 そのためには、相手に反撃させないほどより正確な移動場所を見極めなければなかった。

「な――ん、で――」

 爆音とともに、炎の柱がバウンスから上がる。

 背中を壁にたたきつけられ、くの字に折れながら倒れこむ。

 燃え上って黒焦げになっている。

 立ち上がる気力はもうないようだ。

「俺の動きを予測したの……か……?」

「動きを予測? それはちょっと違うな。予測したんじゃない。お前は動かされたんだよ」

 もう少し情報があればまだしも、そう何度も人間の動きを正確に予測など、どこかの誰かさんみたいにできるはずがない。

 予測できないのなら、動きを誘導しれやればいい。

 わざわざ自分から逃げ道を減らしてくれたのだ。

 最後の最後。

 あの時、自分の意志で四つ目の選択肢をバウンスが選んだと思っているだろうが、それは違う。

 俺が選ばせたのだ。

 あのまま三つの選択肢から何か一つを選ぶのなら、それで終わり。

 だが、俺の思惑通り、四つ目の選択肢を選ぶところまでは俺の想定内。

 問題は左右どちらに移動するかということ。

 それは、バウンスが左に避ける癖がある。

 だから炎弾を少しばかりバウンスの正中線から、少しばかり右側にズラした。より左に避けやすいように。そして、その左にあったのは、ダンジョンの角。その手前にまで岩石が落ちるように罅を入れていたのだ。

 そこまで手の込んだことをしたのは、確実性のため。

 三つの選択肢でバウンスを倒せることもあるが、下の階層に落下したバウンスを見つけるのが面倒なためだ。

「この俺が……動かされた? くそっ、お前、どうして、そこまでできる……」

 気絶する寸前のバウンスを放置して、踵を返す。

 このダンジョンでの相棒の安否が心配だ。

「これでも、戦闘の経験値じゃ誰にも負けない自信があるんでね」

 そう言い残すと俺は『縮地』で姿を消した。


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