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第47話 Fランク冒険者トロイトのダンジョン探索(8)

 そろそろ昼間だろうか。

 あの風呂場の気まずい一件と、さらに問題を起こしながらも早朝からダンジョンを攻略していった。

 トロイトが慣れてきたのか、昨日よりも早いペースで来られている。

 階を進むごとに強いモンスターがいるというのに、かなり成長している。

 スキルレベルも上昇していいぐらいだ。

「あっ、あったっ!! ありましたよ師匠!!」

 嬉しそうに指差すそこには、階段があった。

 比較的早く見つけられてよかった。

「あれが第五層への階段ですね!!」

「ああ、そうだな」

 あの階段を使えば、次は第五層。

 とりあえず、目標の階層までは到達することができる。

「長かったあ……」

 トロイトは疲弊しきった声色をしているけど、こっちのセリフだ。

「まったく、大変だったよ本当に……」

「あはは。朝はすいませんでした」

 笑い事じゃないんだけどなあ。

 あれは早朝、いや、まだ夜だった気がする。

 寝る前にはバリケードを張ったし、モンスターが通ったら音が鳴るトラップを仕掛けた。だが、一応の用心のために見張りを交代していたのだ。

 だから安心して俺は寝ていた時間があった。

 それなのに、俺は襲われたのだった……。



「んんんっ」

 なんだか寝苦しい。

 どうしてなのか?

 ぐっすりと寝ていたはずなのに、急に起きてしまった。ダンジョンで寝るのは初めてではないのだから、緊張しているわけじゃない。

 目蓋を開けると、大きな影が俺に覆いかぶさろうとしていた。

「なっ――」

 息つく暇もなく、ナイフを振りかざしてくる。

 モンスターの襲来ではない。

 トロイトだ。

「うおおおおおおおおっ!!」

 耳をナイフがかする。

 赤い線を引いたみたいに傷がついた。

 シャレにならない。

 殺気で眼が覚めてなかったら死んでたぞ!!

「なにを――!?」

 トロイトは眼を瞑っている。

 まさか、こいつ。

「……寝てるのか?」

 寝ずの番が寝ていやがった。

 まさか、これ寝相か?

 ううう、モンスター怖い、とか呟いているし、まさかモンスターを倒す夢を見ているのか!?

 ありえないだろ。

 なんだ、この寝相の悪さは。

 再びナイフを振りかざしてくる。

「起きろ!! トロイト!!」

 避けながら叫ぶが、ううん、とうなされるだけで起きる気配がない。

「このっ――」

 平手で起こしてやろうとするが避けられる。それどころか避ける動作と一緒に、蹴りを顎にお見舞いしてくる。

「ぐっ――す、酔拳みたいな動きしやがって……」

 かつて、酔拳の使い手と手合せした地獄が脳裏に蘇って身震いする。

 酔ったような動きで翻弄する酔八仙拳。

 それと同じように、動きが読めないこの動き。

 名づけるなら、酔拳からとって、睡拳か?

 いや、名前なんてどうでもいい。

 大変なのはもっと別のことだ。

「トロイト、お前、寝ているから――」

 ポロリ、しそうなのだ。

 服が乱れている。

 双丘の突起物がお見えになりそうになる。

 不規則な動きのせいで服が緩んだり締まったり。

 そのせいで、チラリ、チラリ、と見えそうになる。

 起きたばかりなので、俺の下の部分らへんがテントを張っている。

 ただの生理現象。

 だが、動きづらい!!

 決して、トロイトの小さな乳首に欲情しているわけではない。

 抗えない男の性だ。

 もっと見て痛いから、起こすのはもったい――いや、本気を出してトロイトを傷つけることなんてできない!!

 だって、もう仲間だから!!

 そうだ。

 だから、じっくり観察しよう!!

「……こいつは長い夜になりそうだ」

 ごくり、と生唾を呑み込んだ。

 シリアスな雰囲気に無理やりして、夜は更けていった。



 とまあ、そういうことがあって非常に疲れている。

 ちなみに俺の視線がずっとどこに注がれていたかは言っていない。

 言う必要ないからな!!

「やった!」

 トロイトが階段まで走ろうとするが、

「待て!!」

「ど、どうしたんですか。師匠……」

 腕を広げて、進路を塞ぐ。

 何故なら、

「誰か――いる――」

 わざわざ気配を隠して物陰に隠れている。

 そして、この場所は、次の階層に到達することができると油断する新人を狙った狩場だ。

 まさしく意図的に新人冒険者を狩ろうとする輩がいる。

「チッ――」

 無駄だと思ったのか、物陰から二人の男が出てきた。

「なんだ。不意打ち失敗か……。ゾンビ共を潰してやろうと思ったのによぉ!!」

「……油断大敵。頭蓋を潰しても殺し切れないのだから」

「わぁーてるよぉ!! シャッタッフ!! こいつらは不死身だからなあ!!」

 シャッタッフと呼ばれた奴はローブで口元まで隠しているからどんな奴かは分からないが、神経質そうな声をしている。

 もう一人の気の強そうな男の後ろから出てきた。

「お前……」

 見覚えがある。

 このダンジョンに入る前に騒いでいたPTSDの疑いを持つ冒険者――その仲間だ。隣にいたのは覚えている。シャッタッフの顔は覚えていないが、もう一人の男は隣にいたから記憶に残っている。

 叫んでいた奴はいない。

 やはり、再起不能になったのかもしれない。

 明らかに二人の方が後からダンジョンに潜っていたのに、先回りされている。

 トロイトのトロさと、ダンジョンが蠢くという性質上、そういうこともあるのだが、それでも優秀な冒険者のようだ。

 そして、恐らくこいつがリーダーだろう。

 話し方、もう一人の機嫌を窺う姿からして上下関係が見て取れる。その性格と、魔術スキルレベルだけ上げていることを観ても、恐らくは後衛の魔術師といったところだろうか。

 そして、もう一人は腕を捲し上げている。

 筋肉の付き方や相方とは対照的に露出の多い装備をしているところから自信家であるところが見て取れる。暴力的で他人を屈服させるのが好きなように見えるが、スキルレベルの上げ方が気になる。

 こういう高圧的な態度を取り、さらに筋力を鍛え上げているタイプは武術スキルを上げていることが多いのだが、魔術スキルが高い。

 どちらも魔術スキルが高いってことは、前衛職は、再起不能になった奴が担っていたのか? 前衛職のいない状態でここまで階層を進んでいるってことは油断しない方が賢明だろうか。

「なあ、何があったかは知らないが、戦わないですまないか」

「し、師匠!?」

「いいから」

 今は黙っていて欲しい。

 弱者をいたぶってイキるような趣味はない。

 それに、戦い大好きって訳でもない。

 話し合いで解決できるのだったら、それが一番だ。

「お金か? 食糧か? 少しぐらいなら分けることができるけ――」

「うるせえええええええええっ!! そうやってまた俺達を騙そうとしてるんだろ!! ゾンビ共がっ!! 何度蘇ろうが殺してやるよ!!」

 やっべえな。

 話がまるで通じない。

 ギルドにいた時は落ち着いていたけど、今はギョロギョロと眼球を回している。まるで何かに怯えているようにも見える。

 PTSDを発症している可能性がある。

 たった一日でここまで変化するほど強いモンスターなんていないはずだ。

 考えられるのはやはり、幹部クラスの魔族が潜んでいる可能性。

 彼らから少しでも有力な情報を仕入れたいところだが、それができるような状態ではなそうだ。

「正気を失っているな。トロイト隠れていろ! 恐らく戦闘になる!」

「で、でも……」

「今のお前じゃ足手まといだ」

「そ、そんな……!」

 相手はこのラビリンスダンジョンを縄張りにしている中堅冒険者といったところ。トロイトが逆立ちしたって勝てるわけがない。

 ほっそりとした身体の奴の総合スキルレベルが44――。

 丸太のような腕の方の奴の総合スキルレベルは55――。

 スキルレベルで全てが決まるわけではないが、基礎ができていないトロイトじゃダメージすら与えられないだろう。

 ここは俺が二人まとめて相手してやるしかない。

 さっさと逃げ出さないトロイトに苛立っていると、

「バアン!!」

 細身の男はまるで銃声のような声を上げた。

 指はまさに銃の形を模している。

 人差し指は俺に向けられていた。

 だが、何も起こらない。

 ただただ滑稽な声がダンジョン内を反響するだけだった。

「…………なんだ? それ――」

 呆れた声を出していたが、いきなりグンッと身体が後ろに引っ張られるように吹き飛ばされる。

「かはっ!!」

 壁にめり込むほどの威力で叩きつけられた。

 何も見えなかった。

 回避どころか防御さえできなかった。

 男の間の抜けた声が引き金となった攻撃。

 例えるなら、そう。

 まるで空気の砲弾でも撃ちこまれたかのようだった。

「師匠おおおっ!!」

「今のは――」

 言葉を言い終えるよりも前に、既に男が肉薄していた。

 鼻先にまで指が迫っていた。

 それは破壊力のある銃口を向けられているようで恐ろしかった。

「ぐっ!!」

 身体が戦闘態勢になっていたので、なんとか身体を捻る。そして俺がいた場所が、ドゴォン!! という破壊音と共に地面が凹む。巨人の足音みたいな跡が残るが、やはり何も見えなかった。

 やはり、攻撃方法が特殊。

 見えない力。

 空気?

 それとも、重力系のスキルか?

「なんだ、この速さは……」

 俺は『縮地』で距離を取る。

 攻撃の速度もさることながら、あの移動速度は信じられないぐらいだった。

 瞬きしたら、数百メートルの距離を一瞬で詰められていた。

 武術スキルのレベルが0の人間が『縮地』を使えるはずがない。

 こいつ、ただの新人つぶしの冒険者崩れじゃないな。

「うあああああああああっ!!」

「トロイト!?」

 叫びだしたトロイトは、シャッタッフと相対していた。

 両目に手を当てている。

「眼が、眼がああああああッ!!」

 霧のようなものが、トロイトの眼を覆っている。シャッタッフのスキルだろう。そのせいで視覚を奪われたらしい。混乱したトロイトは、走って逃げだす。

「行くな、トロイト!!」

 加勢に行こうとするが、視界の端に指先を捉える。

 勘が働いて、俺は横っ飛びに跳躍する。

 すぐに衝撃の塊みたいなものが、すぐ横を通過する。

「ちっ」

 舌打ちした男の相手をしている暇なんてない。

 トロイトを助けに行かなくては。

 このまま一人で行かせたら大変なことになる。

 シャッタッフと二人きりにさせたら、必ず殺されてしまう。

 それに、ここはダンジョンなのだ。

 敵がシャッタッフだけとは限らない。

 下手に動き、あれだけ騒ぎながら動けばモンスターが寄ってくる。そうなったら終わりだ。

「――面倒。バウンス!! お前はその男の方を足止めしていろ!!」

「わあーてるよ!!」

 トロイトは角を曲がり、それをシャッタッフが追いかけて行った。

 このまま分断されてたまるか。

 敵は俺が二人まとめて倒してやる。

「どうしたあ!? かかってこいよお!?」

「『縮地』」

 バウンスと呼ばれた男の声を無視して俺は、トロイトの消えた先へと急ぐ。

 だが、先回りされる。

「どうした? 随分、遅いなあ」

「なっ――!!」

 腹部に指を密着させた状態で、衝撃を撃ち込まれた。

 吹き飛ばされる前に『メタル』で硬化し、さらには重くなることによって吹き飛ばされる距離を短くする。

 だが、威力はほとんど殺せなかった。

「ちっ。ガードしたか。しぶといねえ、やっぱりアンデットは」

 バウンスは残像を残して消えた。

 どこにもいない。

 右も左も。

 ということは――

「上に――!?」

 まるで蜘蛛のように天井部分に張り付いていた。

 どうやって!?

 そんな疑問が浮かびきる前に、

「バアンッ!!」

 衝撃が襲い掛かってくる。

 重力も相まって威力が大きい。

 地面が罅割れるほどに。

 たじろいでいる間に二撃目を与えられる。

「ぐっ――」

 斜め下に落とされた衝撃によって、ズザザザと地面を擦れるように飛ばされる。飛ばされながらも男を視界に捉える。まだ中空にいて落ちてきていない。『フレイムボール』を撃ち込む。

 だが、

「バアン!!」

 撃ち込んだのはお互い様のようだ。

 追い打ち気味に撃たれてほぼ同時の攻撃。

 だが、俺の方が早かった。

 だから俺の方が威力はでているはずだし、総合スキルレベルは俺の方が圧倒的に上だ。

 それなのに、グンッ、と火球が俺に向かってくる。

 俺が放った火球は俺に反旗を翻した。

「なっ――あああああああ!!」

 燃え上がる俺の身体に、一瞬で肉薄する。

「これが俺の『縮地』だ!! どうだ!? ゾンビ野郎!! さっさとくたばれっ!!」

「いいや、違うな。それは『縮地』じゃない。もっと異質なものだ」

 一瞬動揺したバウンスの背後に『縮地』で回り込む。

「『縮地』は武術レベルを鍛えることでしか習得ができないスキルだ。それに、あくまで『縮地』は地上だけのもの。天井に貼りつくなんてできないんだよ。それを知らないのか? それともお前のスキルを隠すためにわざと嘘をついているのか?」

「さあな……」

 図星になると黙り込むタイプか。

 余計なことを言ってさらに確信めいたことを口走るのを恐れるタイプ。

 意外に慎重派みたいだな。

 筋肉は裏切らないと、冗談みたいな言葉があるけど、筋肉を造り上げるタイプは自分に自信を持ちたい人間が多い。

 裏返せば、筋肉質な人間は、元々は自分に自信がない人間ということになる。

 語調荒々しく話すのもそれと同じだろう。

 喚いて周りに牽制を入れている。

 傷つきたくないから。

 そういうことする奴は大体、身体が強くとも心が弱いんだよな。

 だから、狂ったのだろう。

「天井、亀裂が入っているよな。それに、さっきまでお前がいた場所の地面が盛り上がっている。進行方向とは逆にな。これから推察するに、お前は重力や空気を操るようなスキルじゃない。重力なら地面を盛り上がらずとも移動できるし、空気を制御できるなら、天井に亀裂が入らずとも力を制御できるはず。一番可能性が高いのは、魔術スキルだけで、身体能力を引き上あげている可能性――だが、それもないな」

 疑問に思ったことが一つ。

 何故、それだけの筋力を持ちながら俺を一度も殴らないのかということだ。

 どれだけ接近しても、徒手空拳で相手することはなかった。

 ずっと魔術スキルで対応していた。

 まるでその肉体はお飾りとばかりに。

 身体能力を上げているなら、相当重い拳になっているはず。

 だが、それを一度もする素振りがないということは、やはり、肉体強化系のスキルは使っていないということだ。

 筋骨隆々たる理由は、剣というよりかは、鎧としての用途が強いのだろう。

 自分自身の力に耐えるためだけに、身体を鍛えたのだ。

「魔術スキルしか持っていない奴の身体能力強化だけで、身体を移動させる単純なスキルの中で速度最速と言われている『縮地』を打ち破ることはまず不可能。あるとするなら、『縮地』の速度を超える『パーソナルスキル』でしかありえない」

 スキルレベルの格差を失くす。

 そんなのもう、パーソナルスキルでしかありえない。

 それはすぐにわかった。

 だが、問題はどんなパーソナルスキルかということ。

「そう。お前の行った戦闘行為全てが『パーソナルスキル』ならば全てに説明がつくんだ」

「へえ。どういうことだ?」

「俺の身体をふっとばすほどの衝撃波を生み出し、『縮地』を超える移動速度、そして『フレイムボール』を弾き返す不可視の力。その三つ全てが一つの『パーソナルスキル』だと仮定すれば、自ずと答えが導かれる。お前の『パーソナルスキル』は『ベクトル』だ!!」

 俺が飛ばされたのは、大きなベクトルの力が働いたから。

 発射した火球のベクトルを逆側に変更すれば、向かってくる。

「一定方向の『ベクトル操作』!! 俺の攻撃を弾き返し、『縮地』を超える速度は地面に別ベクトルの力を働かせたんだ!!」

 天井に亀裂が入っていたし、地面も、まるで大きな足跡みたいに表面積のある力が働いているように見えた。

 それは、ベクトルを操作していたからだ。

 肉体を強化しただけじゃ、あの地面の陥没具合の説明はつかない。

「……この短い攻防でまさか、そこまで看破するなんてなあ……。少し、侮ってかもなあ。だが、種は分かっても俺の『ベクトルキャノン』は絶対だ!! どんな攻撃であろうともベクトルを変えて跳ね返す!! どれだけお前が逃げても『ベクトルキャノン』を地面に放てば追いつける!! 最強のスキルだ!!」

 確かに、ベクトルを操作する系のスキルは最強と謳われるスキルの一つだろう。

 炎系と水系のスキルならば、同じ威力ならば水系スキルの方が上位になるように、スキルには相性というものがある。

 だが、ベクトル系のスキルには相性なんて関係ない。

 どんなスキルであっても、当たらなければ意味がない。

 全ての攻撃を無効化できる。

 どれだけ強力な攻撃を放っても跳ね返ってくる。

 だが、それでも勝たなきゃいけない理由が俺にはあるんだよなあ。

「悪いが、不肖の弟子を殺させるわけにはいかないんだよ。とりあえず――最速でぶっとばす」


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