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第46話 Fランク冒険者トロイトのダンジョン探索(7)

「あー、気持ちいいー」

 武術やら、魔術、錬金術を扱えるからこそ、完成度の高い即興お風呂を作ることができる。水だして、炎だして、それをお湯にする。それを溜めるための岩は武術スキルで岩を削って、錬金術のスキルで形を整えてー、と。

 そんな感じでお風呂の完成。

 スキルの集大成をお風呂ごときに使うなんてって誰かが見たら思われそうだけど、やっぱりいいよねー。

 ダンジョンだと泥や埃まもれになるし、汗だってびっしょりだ。

 それを風呂で流すと最高に気持ちがいい。

 しかも、露天風呂みたいな感じで凄いいよねえ。

 家の風呂場と、ダンジョンで露天風呂みたいに浸かるのとでは気分が違う。

 家で焼き肉するのと、バーベキューするのとでは、同じ肉を使っているのに味がまるで違って感じるのと同じことだ。

 最高に気持ちがいいなあ。

 スキルがあると野営だけじゃなく、こんなこともできるんだよなあ。

「お風呂……」

「あの、来ないでって言ったよね……」

 岩陰からひょっこりと顔を覗かせてくる不肖の弟子。

 入る前から興味津々だったので、何度も言い含めていたのだが無視。

 覗きにきやがった。

 なんで女の子が男の風呂覗きに来るんですかねえ。

「だって、気になるんですよ……。お風呂ってあんまり入ったことがないですから」

「ああ、そんなものか……」

 そういえば、異世界の人達はそうか。

 湿気がないから、水浴びだけで済ます人多いらしいよなー。

 お風呂って身体を清めるだけじゃなくて、疲労回復のためにも必要なんだけどなあ。

 だって、シャワーじゃ疲れとれないもんなあ。

 お風呂はオススメだよ。

「気持ちいいから入ってみれば?」

「わ、わかりました。入ってみます」

「うん、それがいいよ」

 自分の想像以上に疲れているはずだ。

 モンスターとの戦闘で高揚しているせいで、疲労を感じにくくなっているとは思うが、身体も心もボロボロのはずだ。

 なにせ初めてのダンジョン探索。

 疲れないはずがない。

 ドプン、と音がする。

 そうそう。

 風呂に足を突っ込む音が大きくてマナー違反でしかないけれど、まだまだお子ちゃまなトロイトにはそのぐらい元気がある方が可愛げがある。

 ここには俺以外誰もいない。

 注意するやつがいないのだから、どんな風呂の浴び方だろうが問題ない。

 邪魔してくるとしてもモンスターぐらいなもの。

 ここに入れないように、壁も強化しておいたからそうそう簡単には突破されないはず。

 大丈夫、大丈夫――って、え?

 もしかして、トロイトいきなり風呂に入ってきた!?

「いや、なんで今!?」

 服をそこらへんに脱ぎ捨てている。

 つまり、裸だ。

 くそっ。

 最悪だ。

 最高の瞬間をよそ見していて見逃していた。

 とか、そんなこと考えている暇はない!

 一緒に風呂に入るとか、相当やばいだろ!!

 異世界には法律ないけど、倫理的にアウトだ。

 自分の娘みたいな存在であるアシュラとかならまだ話は別なんだけど。

 まだ出会ったばかりの少女と一緒に風呂に入る関係になるのは、いくらなんでもヤバ過ぎるだろ!!

「えっ。だって、師匠命令だからって――あああっ!!」

「いや、いきなりどうした!?」

 いきなり奇声上げるからびっくりしたんだけど。

 飛び上がっちゃって、ちょっと恥ずかしいんですが。

「き、き、き――」

「き?」

「きもちいいいいいいいっ!! さいこぉうに気持ちがいいいいいいい!! 師匠ぉおおおう!!」

「お、おう!! だ、大丈夫か!?」

 やべえよ。

 変な薬呑んだみたいになっていますけど、大丈夫ですか?

 酩酊したみたいに倒れこんでくるし。

 怖いんですけど。

「ら、らいじょぉぶれふ」

「全然大丈夫じゃないみたいだな」

 ろれつが回っていない。

 視点も定まっていない。

 ちょっと浸かっただけで、ここまでぶっ壊れるものか?

 敏感というか、飯の時も思ったけれど過剰反応が過ぎるぞ。

 異世界人にいきなり新しい文化ぶつけたらこんなになるもんなのか。

 他の奴らはまだ反応薄かった気がするんだけど。

 でも、そうか。

 トロイトはまだ幼いからか。

 子どもが周りをキョロキョロ見渡しているのをよく眼にする。

 それは、きっと全てが新しいから。

 どんなものでも目について、どんなものでも新鮮なのだ。

 だから感受性が豊かで、どんなことも受け止める。

 受け止めすぎてしまう。

 トロイトもそうなんだろう。

 なんでもかんでも受け入れてしまう。

「とりあえず、お風呂から出すよ」

 裸のトロイトを持ち上げる。

 慎重に。

 胸をつかまないように。

 そうすると、見るしかないけど仕方ない。

 肩と、それから膝の裏に手を当てて持ち上げる。

 軽い。

 けど、ちょっとずっしりと来るな。

 筋肉が思っているよりもついているからかも。

 でも、触れる肌はもちもちとしていて気持ちがいい。

 濡れているから滑ってしまいそうだ。

 うん。

 後頭部に岩をぶつけたら大変だからなー。

 力を込めようと。

 ぷにぷに、と肌の感触も確かめよーと。

 ぷにぷに、ぷにぷに、としていると、顔をガバッと上げる。

「どうした!?」

 やばい、怒られる!?

「ま、待って! 気持ちいいから、気持ちいいから外には出さないでください」

「いや、でも……。身体がもたないだろ?」

「だ、大丈夫です! 早く、早く温かいところに。中に入れてくださいっ!! 私、もう身体がダメになってもいいですから! 早く師匠の手で中に導いてください」

「ああ、うん……」

 やべえ。

 アレが屹立しそう。

 普通に会話しているだけだし、トロイトには何の非もない。

 意識して話しているわけじゃない。

 だけど、もう、色々と連想されることが多すぎて、俺の頭が沸騰しそうだよ。

「あひゅぅううう」

 再び湯船に戻してやったら、この奇声だよ。

 大丈夫か、本当に?

「本当に大丈夫なんだろうな」

「らいじょうですって。ふわー。気持ちいいー」

 さっきよりかは幾何か平気そうな顔をしている。

 風呂を漫喫できるぐらいには。

 このまま逆上せてあんなことやこんなことをしてやりたい気持ちもあるが、流石に抵抗あるな。まだ女の子だし。

 気づかれないように温度を下げてやるか。

 しれっ、と『スプラッシュ』で水をつけたして、ちまちま温度を下げてやる。

 いきなりやったら気づかれそうだしな。

 しっかし、なんか気まずいな。

 エロいこと考えたせいで、もう立ち上がれない。

 逃げることができない。

 ボロン、となったらまずいよな、流石に。

 こんにちには、俺だよ、俺、とか裏声で挨拶してウケるのは体育会系の中学生男子ぐらいなものだろうし。

 なんとかエロから意識を逸らしたいな。

「なあ」

「はい?」

「どうしてこのラビリンスダンジョンを潜ろうと思ったんだ? やっぱり、読みたい本でもあるのか?」

「…………あー、ちょっと待っていてくださいね」

 気怠そうに立ち上がる。

 やっぱり、逆上せているのか?

 今、裸なんだけど。

 立ち上がったら、大事なところ見えちゃうだろう。

 咄嗟に隠してしまった指の隙間とか、湯気でピンポイントに見えなかった。

「おっ、ちょっと!」

 なんて意気地がないんだろう。

 濡れた胸とか、水滴が滴る股とかに眼がいってしまったけど、後少し、あと少しのところで突起物とかを視界に収めることができたのに!

 トロイトは色っぽく吐息を吐きながら、岩の上に座り込む。

 ちょうど、股が俺の顔と同じ高さだ。

 しかも、結構距離が近い。

 これ、俺がこけたりなんかしたら、俺の顔とトロイトの股が当たりそうなんだけど。

 どんな特殊な状況だよ。

 布なんて気の利いたものを持ってきていないせいで、手だけで胸と股の間を隠す。

 それが逆にエロいんですけど。

 せっかくエロくないことを考えないために話を振ったのに、どうしてこうなった!?

 頭をしっかり働かせるために湯船から出たんだろうけど、絶対まだ頭回っていないだろ。

 そうじゃなきゃ、こんな特殊な状況下で平然としていられるはずがない。

「探している人がいるんです」

 大人びて見えるのは、体温が上がって濡れて色っぽく見えているからか。

 それとも、今から話そうとしているダンジョン探索の目的が重いものだからなのか。

「人? 本じゃなくてか?」

 気にはなっていた。

 どうしてたった一人でダンジョンに挑むのかを。

 本当だったらもっと準備すべきだ。

 即決だった。

 俺をダンジョン探索のパートナーに選んだのが。

 もっと人を選んでから、お金を用意してもっと身元が明らからで強い冒険者を一時的にでもいいからパーティーを組んだ方がいいはずだ。

 それなのに、どうしてここまで急いだのか。

 このラビリンスダンジョンに眠っている本に興味があるとは、とても見えなかった。興味がある奴はもっと学者のような奴が多いから。

 それか、お金目的にも見えなかった。

 だが、まさか、本や財宝じゃなくて、人を探すためにダンジョンに潜るなんて。

 ダンジョンに潜ることが命を懸けることだってぐらい、初心者であろうがなかろうが知っているはずなのに。

「はい。とても……大切な人です……」

「もしかして、恋人か?」

「へ?」

 頓狂な声を上げる。

「いやいやいや、そうじゃありません! そんな大それたこと!! 私が勝手に憧れているだけです」

 憧れているって、もしかして冒険者なのか?

 命を懸けてでもダンジョンに潜るってことは、友人や家族、そして恋人とかと過程したんだけど、憧れの人……か……。

 正直、考えにくいな。

 憧れの人っていう言葉だけを聴くと、なんだか遠い人のような響きがする。

 そんな他人のためにダンジョンへ?

「その憧れている人がいるの? ダンジョンに?」

 会いたいのがラビリンスの職員ならわざわざダンジョンに潜るまでもない。冒険者なら待っていればいい。それでもダンジョンに潜ろうとするってことは、今、ダンジョンにいる奴ってことになるな。

 あれ?

 嫌な予感が……。

 もしかして、俺とトロイトとの探している相手って同一人物だったりする?

 いやいや、ありえないよなあ。

 あいつのことを少しでも知っているのなら、憧れたりなんてしないはず……。いや、分からないか。

 強いというだけで憧れることだってあるからな。

 実際に話せば失望してくれるんだろうけど。

 そう考えるとマジで同一人物の可能性あるなあ。

「分からないんです」

「分からない?」

「噂で聴いただけなんです。あの人がここに来るって話を。だって、会えないから。勇者達人間と魔王達魔族が戦ったあの大戦から、あの人とは会ってないんです……」

「あっ……」

 そういうことか。

 あの大戦が終わってみんな散り散りになった。

 新生活をするためだったり、死別してしまったりと。

 俺達Sランク冒険者だって、別れたからな。

「本当は生きているかどうかも怪しいぐらいなんですけど。それでも、あの人が死んでいるとは到底思えなくて……」

 トロイトには悪いと思うが、きっとその人は十中八九死んでいるだろうな。

 SNSが発達し、人工衛星まで飛んでいる現代社会であっても、行方不明者というものが存在している。

 だから、この異世界では行方不明者がもっと多い。

 スキルで行方不明者を探し出すことができる者もいるが、それは、あくまで個人の力だ。どうしたって時間や能力の限界というものがある。

 きっと、トロイトのような人はたくさんいるだろう。

 死んだはずの人を、死ぬまで追いかける人が。

 そんなの、悲しすぎるだろ。

 お節介かもしれない。

 もしも口に出したら、ここで見限られるかもしれない。

 だけど、一言言っておきたかった。

 きっと、その人はもう死んでいるって。

 追いかけても意味なんてないって。

「なあ、トロイト……もう……」

 止めた方がいい、とそう告げようとしたら、


「だって、愛しているから……」


 つぅーと、涙が一筋流れる。

 お湯じゃない。

 瞳から流れ出したものだ。

 ああ、そうか。

 分かっているんだな。

 俺が言わずとも、俺の言わんとしていることが分かった。

 それに思い知っているのだろう。

 どれだけ希望を持っても、絶望するだけだと。

 俺達は大戦でそれを思い知らされている。

 たとえまやかしの希望であっても縋らなければ生きていけない。

 だから、俺ももう言わないことにしよう。

 グイッ、と手首で涙を拭く。

「すいません……なんか……」

「いや、こっちが不用意に聴き過ぎたよ」

 そうだよな。

 誰だって事情あるよな。

 訊かなきゃ良かったかもな。

「それじゃあ、今度は師匠が教えてくれます? どうして師匠はラビリンスダンジョンに?」

「…………」

 泣かせてしまったし、こっちも正直に言おうかな。

「俺も人探しだよ」

「どなたなんですか?」

 名前、か。

 まずいな、それは。

 あんまり言わない方がいいよな。

「あー、それはうーん」

 名前を訊かれてそして、その人との関係性を訊かれたら隠せる自信がないよなあ。

 はぐらかすしかないよなあ。

「大切な人かな」

 適当に言ったつもりだった。

 だけど、口にした瞬間、ストン、と腑に落ちてしまった。

 ああ、そうだな。

 大切な人だ。

 絶対に助けなきゃいけない。

 あまり好きじゃないけれど、あいつは大切な仲間なんだから。

「命を懸けられるぐらいには大切だよ」


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