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第43話 Fランク冒険者トロイトのダンジョン探索(4)

「……はあ」

 疲れた。

 ここまでくれば撒けただろう。

 逃げるようにして、ダンジョンの中に入ってしまった。

 途中でモンスターに遭遇したが無視して、俺は『縮地』を使って高速で移動した。雑魚に構っている余裕なんてない。

 もうスキルレベルは上限いっぱいだし、こうしている間にも行方不明になった仲間が命の危険に晒されているかもしれない。

 そう考えたら足を止めていられない。

 そのはずなのに、

「きゃあああああああああ!!」

 悲鳴のせいで足が止まる。

 今、来た道から悲鳴が聴こえてきた。

 俺の、せいか?

 俺が見逃したモンスターに、他の冒険者が襲われたのか?

 こんなところで足止めを喰らう訳にはいかない。

 無視するべきだ。

 ダンジョンで冒険者が死ぬのなんて当たり前のこと。

 全ては自己責任。

 鍛錬を怠った奴が悪い。

 それは分かっている。

 だけど。

「見殺しにできるわけないだろ!!」

 理屈で考えるよりも先に、身体が反応した。

 声の発生源までたどり着くとそこにいたのは、トロイトだった。周りに蝙蝠のモンスターが飛び回っている。

 マスバットといわれるモンスターのスキルレベルは、魔術レベル1とか、武術レベル1とかその程度。

 だが、常に集団で行動していて、最低でも三十匹ごとに移動することで知られている。

 範囲除去の効果を持つスキルを持っているか、一定の距離を保ちながら遠距離攻撃をするのが基本戦術となるが、低レベルの武術スキル保持者には荷が重いようだった。

 囲まれている。

 複数の、しかも死角からの攻撃。

 スキル『吸血』によって、血と体力を奪う。

 腕を振るって遠ざけようとするが、その動作分、新たに死角が生まれる。

 その死角を通って、身体に牙を突き立てる。

 モンスターに知能がないと思われがちだが、とんでもない。

 強大な敵に立ち向かうための小賢しい知恵なら、もしかしたら人間をはるかに凌駕するかもしれない。

「『フレイムカーテン』」

 逆手にした手を薙ぐと、そこから帯状の炎が発生する。威力よりかも範囲的に敵を攻撃するだけのもの。弱いスキルではあるが、相手がマスバットならば一網打尽だ。

 どいつもこいつも燃え滓になる。

 討ち漏らした敵は『フレイムボール』で撃ち落とす。

「……ふぅ」

 思ったよりも弱かったな。

 トロイトが悲鳴を上げるからとんでもない敵が現れたかと思ったが、そうではなかったらしい。

 一瞬で片がついてしまった。

 こんなことなら迷わずに助ければよかったかな。

「あ、ありがとうございます……」

 ダンジョンに入る前の元気がどこに行ったのか、ボロボロと涙を流している。

 振り向いた瞬間、うわっ、と言いそうになった。

 へこんでいるな。

 うーん。

 平気だったら、すぐさま『縮地』を使ってダンジョンの先に進もうと思っていたんだけど、流石に弱って泣いている女の子をダンジョンに置いていけるわけがない。

「俺が出口まで送ってやろうか?」

「え? 帰れるんですか?」

「ほとんど可能性はないけど、第一層で入り口が再び出現することもあるらしいからね。もしくは、第五層で一度出口が出現するから、そこまで俺が送り届けるよ。それとも脱出アイテムでももっていれば話は別だけど」

 ふるふると、力なくトロイトは首を振る。

 それも当然か。

 脱出アイテムは高価だし稀少だからな。

 俺ですら持ってきていない。

 この『ラビリンスダンジョン』は第五層ごとに入り口が出現する。

 そこから出れば、ダンジョンを出られる。

 このダンジョンは常に蠢いている。

 見た目は動いていないように見えるが、たまにズズズと岩を引きずるような音が聴こえる。ダンジョン全体が動いていて、出入り口が移動するのだ。

 地形すらも変わるため、俺はこのダンジョンのマップを買わなかった。地形には何万通りのパターンが存在していて、それら全てを描いたマップも存在しているらしい。ごくろうなことだ。

 地図を見るのが苦手な俺が買っても意味がない。

 そう思っていたが、こんなことなら買っていた方がよかったかもしれないな。

「地図は?」

「それもありません。落としました」

 そういえば、あの巨大なリュックがないな。

 全部落としたのか?

「傷、大丈夫か?」

 全身に細かい傷がある。

「だ、大丈夫です」

 アイテムポーチから塗り薬を取り出す。

 塗るだけで傷口が塞がる代物だ。

 あれだけあった荷物もどこかに落とした。

 装備や実力が足りないならまだいい。

 だが、さきほどからずっとアヒル座りのまま立ち上がる素振りがない。

 もしかして立ち上がれないのかかもしれない。

「ここに残るか?」

 蠢くが、第一層にも入り口は残っている。

 だが、見つけることはほぼ不可能らしい。

 人が通る瞬間、岩と岩の間の隙間に高速移動するのを目撃した者もいるらしく、第一層に足を踏み入れた者は、最低でも第五層まで到達するのを覚悟しなければならない。

 それができない者は、じっとここで待機し続ける方が安全かもしれない。

 ここならば強い敵は現れない。

 必死に物陰に隠れてさえいれば、勝手に出入り口が出現するかもしれない。

 もしくは、他の冒険者が現れるのを待って、助けを呼ぶこともできる。

 だが、足を震わせながらも、トロイトは立ち上がった。

「嫌、です……私、ここでどうしてもやりたいことがあるんです。このダンジョンじゃないとダメなんです……」

 強がりなのは分かる。

 だが、彼女なりに目的があるのも分かった。

 一度折れた心を奮い立たせるぐらいには。

 こういう姿を見たら、応援したくなってきたな。

 俺も最初はそうだったな。

 異世界に夢を見て、そして挫折した。

 俺にも師匠と呼べる人が過去にいた。

 失ってはいけないものもたくさん失った。

 初心者であるトロイトを見ていると、昔のことを思い出す。

「すみません、師匠。私、中途半端な気持ちでダンジョンに入ったみたいですね……」

「…………」

 師匠って呼ぶ時点であんまり反省していないような気がするけど、今はキツイことは言わないでおこうか。

 意気消沈したのは事実だし。

 まだ本調子じゃなさそうだ。

 ペースを落として進行するしかない。

 かつての仲間は殺しても死なないような奴だ。

 あいつの生命力を信じるしかないか。

「それよりも、ここなんなんですか? 噂には聞いていましたけど……」

 トロイトは目の前の光景に圧倒されている。

 どうやら少しばかり落ち着きを取り戻して、周りを見渡せるだけの余裕はできたようだ。

 いいことだ。

 またへたり込まれてもたまらない。落ち着かせるためにも、話しながら先に進むとしよう。

 この壁一面に並べられた本棚を横切りながら。

「ここは――図書館だよ」


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