第41話 Fランク冒険者トロイトのダンジョン探索(2)
冒険者ギルド。
現代社会の日本で分かりやすく例えると、ただのブラック企業だ。
派遣会社と市役所を合体したような組織でありながら、建物内で酒場も経営している。
三重苦を背負っているギルド職員は、疲れ切っているようだ。
俺が扉を開けても、チラリと一瞥するだけであちらから声をかけることさえない。
肘をつきながら自前の本なんか読んでいる。
やる気0だな。
日本の従業員が真面目過ぎるのもあるのだが、結構異世界だとよく見る光景だ。職員やお店の店員がふてぶてしい態度をとるのは。
だけど、冒険者ギルドには利点がちゃんとある。
不特定多数の人間が行き来すると共に、様々な依頼が飛び込んでくるこの場所は情報の宝庫だ。
ここに来れば、英傑についての情報を何か掴めるはずだ。
さっき俺にぶつかってきた奴は……いないみたいだな。
トイレにでも駆け込んだのか?
まあ、どうでもいいか。
「薬草茶を」
俺が受付をしている女職員にそう注文すると、ブハッとテーブル席にいた冒険者が噴き出す。
まあ、そうなるよね。
ラビリンスでは未成年の飲酒を禁止なんてされていない。
それなのに冒険者ギルドのように腕っぷしに自信がある連中の前でお酒を注文しないなんて、腑抜けがすることだ。
冒険者は酒を飲んで一人前。
そういう考えがあるらしい。
俺は知らないけど、日本の飲み会でも暗黙の了解があるのと同じだと思う。飲み会で酒飲まないと白けたり、最初は生ビールじゃないといけないとか。社会人が縛られているよく分からないルールのことだ。
だから俺が薬草で作るお茶を注文した瞬間、馬鹿にした態度をとるのも分からなくもない。
お酒飲んでもいいんだが、やっぱり、自発的に飲むのは拒みたい。
無理やり飲まされるならまだしかたないけど、正月に飲む甘酒なんかでお酒がきっと糞不味い、ってことは現代日本で刷り込まれているからあまり飲みたくないっていうのもあるのだ。
だから飲みたくない。
俺のことを馬鹿にしたのは噴き出した男だけじゃない。
新参者である俺のことを警戒していた他の数十人にも渡る冒険者や、受付の方からも俺のことを軽視する視線を感じた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
薬草茶を受け取った俺は、チップをコップの影に隠しながら渡す。
額を周りに見られないためだ。
ラビリンスはあらゆる手段を使って、観光客から金銭を奪う手段が豊富だ。もちろんチップ文化もある。ラビリンスによるチップの相場は、注文した物の五パーセントから十パーセントまでだ。
もちろん、チップは渡さなくてもいい。
店員の態度が気に喰わなかったり、飲み物が不味かったりと。
そんな気分の問題であってもチップは渡さなくてもいい。
だが、俺は相場の千倍を出した。
「は?」
頼んだものだがたかだかお茶一杯なので、チップも少額だ。
それでも女職員の眼の色が変わる。
もしかしたら、もっとチップがもらえるかもしれないと。
チップは店によって異なるが、ほとんどの場合チップの何割かは対応した人間の手元に残る。そして残りの何割かはお店に渡さないといけないのだが、そんなの任意だ。額を把握できるはずもない。
だから、ここでもっとお金をもらえれば懐が潤う。
と、考えた女職員は露骨に態度を変える。
「今日は一体どんなご用件で?」
こういうところが、日本にはないいいところだな。
「情報が欲しい。この国にSランク冒険者がいると聴いたんだけど?」
「なるほど! それでしたら、確かにこの国にいますね」
冒険者にはランクがある。
S、A、B、C、D、E、Fの7つだ。
そのほとんどがBかCぐらいで終わる。
Fランクは駆け出しの冒険者レベル。
Aは稀少であり、ほとんど見ることはできない。さらに、その上のSは世界にたったの六人しかいない。もちろん、それは世界を救った英傑達のことだ。
ランクは実力や実績によって変動し、降格することさえもある。
だが、Sランクに一度上り詰めた者が降格した事例は今までの歴史上一度もないはずだ。
それだけSランクっていうのは特別な存在だ。
「確かにSランク冒険者の方はこの国にいらっしゃいます――が――その方は、現在行方不明となっております」
「はあああああ!? それって本当ですか?」
「はい。ギルドの方でもその事実は重く受け止めており、依頼を出しています」
受付の人の視線を辿ると、ギルドの掲示板がある。
そこには、依頼書が求人票のように張り出されている。
そして、失踪届が大きく目立つように中心にピン刺しされていた。
特別な存在であるSランクが行方不明って……前代未聞だろ。
自ら姿を消したわけじゃないんだよな。
「最後に消息を絶ったのは?」
「ラビリンスのダンジョンです。最後に目撃されたのは第五層です。Sランク冒険者になった方がどうにかなるとは思いませんが……それでも……ダンジョンでは何が起こるか分かりませんので……」
「第五層って、浅すぎるだろ……。痕跡は?」
「ありません。遺体は見つかっておりませんし、ダンジョンをスキル等で脱出した痕跡もありません。今回の依頼達成の暁には、高額の報奨金が支払われるため多くの冒険者が挑戦しましたが、誰も見つけられていません」
アイツがラビリンスのダンジョンにいることは間違いない、か。
この国のダンジョンセキュリティは、俺の国よりも優秀だからな。
受付の人が言っていることに誤りはないだろう。
「どれくらいの期間行方知れずなんですか?」
「もう、かれこれ一ヶ月ほどになるかと」
「そんなに……」
「はい。ダンジョン利用は一週間と設けられているのですが、Sランクの方が何もなしにそれを破るとなると……やはり、何かあったとしか思えません」
「……ったく、ダンジョンに潜るしかないな……」
この国のダンジョンは特殊で、一週間しか潜ることを赦されていない。
一週間、二週間期限を過ぎても何か特別なペナルティがあるわけではないのだが、それこそ故意に数ヶ月以上滞在をしていると賠償金を支払うか、ダンジョンで手に入れた戦利品を没収される可能性がある。
自らの犯したミスはギルドカードに記録されるので、そんなことをする奴はほとんどいない。
「Sランク冒険者の方が消息不明となりましたので、今ダンジョンは厳重態勢となっておりまして、Dランク以下の冒険者の方にはダンジョン探索の規制をかけさせいただいております。一人でのダンジョン探索は不可となっており、最低でも一人、Cランク以上の冒険者が同行しなければなりません。さらに、冒険者ギルドとしては、現在ランクに関係なく、ダンジョンに潜行する場合は、最低でも三人組のパーティを推奨しています」
「前衛、後衛、斥候の三人組ってことか……」
「ですので、ダンジョンに挑む際は他の方とパーティを組んでからにして下さい」
「例外として、俺一人で潜れるようにしてもらえませんか?」
「例外はありません。いくらお金を積まれたとしても、死ぬと分かっている方をダンジョンに通す訳にはいきません」
ジッと、女職員がこちらを見やる。
まあ、お前みたいなど素人は、こんな非常事態に一人でダンジョンに潜るなとでも言いたいんだろう。
俺は仕方なしに昔作ったギルドカードを提出する。
「大丈夫、俺はこういうランクだから」
「――は? え、え、え、でも、顔が……あっ、そうか……」
俺はウィーベルを出た時から、錬金術で顔を変えている。
それぐらい、スキルで調べなくても、冒険者ギルドにいる人間なら察しがつくだろう。
俺が今さらになって冒険者ギルドに来たら大騒ぎになるに決まっている。
だが、大声を上げた女職員に、周りは違うことを想像したようだ。
「なんだあ!? え? だって? もしかしなくても『F』ランクかあ!! ガハハハ!!」
受付嬢が『え』を連呼していたから『F』だと思ったらしいけど、こちとら『S』なんだよなあ。
まあ、揶揄するだけで、殴りかかってこないのは有難い。
町のチンピラと違って、粗暴な見た目であっても、冒険者は冒険者。
冒険者ギルドで無駄に暴れれば、冒険者の資格を剥奪されかねない。
その辺のことはしっかりと弁えているだろう。
冒険者を続けることはできても、冒険者ギルドが使えなくなるのはかなりの痛手だ。もしも使えなくなると、身分証明書を発行できなくなって、商売に影響がでるだろう。モンスターから剥いだ皮や、肉を買い取ってくれなければ金がもらえない。
報奨金が出なくとも、素材の売買で懐が潤うようにできている冒険者ギルドが使えないと、自分でどうにか処理しないといけない。だが、そんな都合よく売買ルートを一介の冒険者が確保しているわけもいかないので、冒険者同士での揉め事は起こさない方がいい。
だから、あくまで馬鹿にしているだけで、手を出すつもりは毛頭ないはずだ。
「嫌だ!! もう、俺はダンジョンに潜りたくない!!」
と、いきなり冒険者の一人が声を張り上げる。
「おい! いい加減にしろよ!! 俺達、Bランクに昇格するのが夢だったんじゃないのかよ!?」
「うるさい!! お前らはアレを見ていないから!!」
酔っ払いではないようだ。
一人の冒険者が床にうずくまって、他の仲間らしき冒険者が叱咤しているようだ。
スキルレベルや、装備からして新人には見えない。
十中八九、Cランクでも上位の冒険者だろう。
「……なんだ?」
「実は、ダンジョン潜行に規制をかけたのにはもう一つ理由がありまして……。かの英傑の一人が消息を絶ったと同時期に、ダンジョンで不可解な現象が何度も目撃されまして」
「……その不可解な現象っていうのは?」
「死者が蘇るらしいんですよ」
「死者が……?」
「ええ。死んだはずの人間が蘇って、ダンジョンに入っていった冒険者達を襲うそうです」
「まさか、幽霊が現れたとか?」
「いいえ。何度も目撃されていて、みんな一様に実体があったと言っています。アンデット系のモンスターならば人語を流暢に話すことはないし、はっきりと姿を目撃したとのことです。考えられるとしたら、幻覚かと」
「PTSDか」
「え? なんですか?」
「いや、なんでもない」
そうか。
この世界にはその単語はないのか。
PTSDっていうのは、トラウマによる後遺症のことだ。
戦争のように非常にショッキングな出来事を経験した人間が体験することらしい。戦争が終わって家に帰った兵士が、毎晩戦争の悪夢のうなされたり、幻覚幻聴の症状が起きてしまったりすることがあるらしい。
そのせいで日常生活を送ることさえ困難になることがあるともいわれる。
俺自身もたまに頭の中に、誰かが浮かぶことがある。
「何件っていうのは、どれくらい?」
「数十件以上ですね」
そこまで事件が多発しているとなると、集団催眠も考えづらいな。
みんな同時に似たような幻覚を見るとなると、やはり作為的な物を感じてしまう。
「……もしくは、魔族の復活が考えられます」
人間のスキルでそれほど凶悪なスキルを持っている人間は考えづらい。
あるとすれば、魔族の誰かがスキルを使って、死者を蘇らせているということ。
しかし、そんな強力なスキル聴いたことがない。
あるとすれば、パーソナルスキル。
そして、それができるのは恐らく、魔王軍幹部。
ボア以外の魔王幹部が、まさかラビリンスにいるのか?
「俺が見殺しにしたアイツが、復讐するために蘇ったんだ!! 仕方ないだろ!! 俺はあいつを囮にして逃げるしかなかったんだ!! あんなモンスター、太刀打ちできるわけないだろ!!」
「いい加減にしろ!! アイツはもう2年前に死んだんだ!! 蘇るはずがないんだ!!」
ゾッ、とするような会話が響く。
さっきまで俺のことをばかにして酒の肴にしていた連中も押し黙り、再起不能になった男の悲鳴の残響がいつまでも鼓膜の中で反響していた。