第4話 鍛冶屋のマサムネは心のオアシスである(1)
サリヴァン先生のテーブルマナー教室が終わってから、俺は城の外へ逃げ出した。
歩き方や言動のマナーなど、まだまだ続きそうだったのだ。
これ以上、乗り気じゃない会食のために、ビシバシ指導されたくなんてない。
だが、サリヴァンの追手を振り払うのは並大抵のことじゃない。
俺は周りを警戒しながら角を曲がると、
「うひゃあ!」
誰かにぶつかってしまった。
そのまま俺が、その人を押し倒す形になった。
広大な庭に生える草がクッションになったおかげで、痛みはなかった。
しかし、俺の手は吸い付くように、胸に置かれていた。
柔らかい。
サリヴァンのように大きいわけじゃないけれど、手にしっかりと収まりきる大きさ。
――って、堪能している場合じゃない。
「やばっ――」
「ひゃん」
慌てて手を引くと、小指が乳首に引っかかってしまう。
異世界じゃ、下着の製造技術が発達していないせいで、ブラジャーのような下着をつけていない――つまりはノーブラの人が多い。
だから服の上からでも、少し指がかすってしまったせいで、過剰反応してしまうことだってある。
「す、すいません!! って、なんだマサムネか……。ごめん、ごめん」
「い、いいから、早くどいてくれないかな。あ、足が股に!?」
「あ、ああ……」
確かに俺の膝はがっつり、マサムネの股に喰いこんでしまっているが、あれ、なんか違和感が。
なにも、ない?
男ならば誰でも厄介な代物が下半身に生えているはず。
それなのに、膝からはアレの感触が伝わってこない。
もしかして、極小?
いや、まさか、いくらなんでもそこまで小さいはずがない。
相手は赤子じゃない。
年下とはいえ、年齢は近いはずだ。
ぐいっと、真相を確かめたいがために、半ば無意識に膝がよりめり込むように動いてしまう。
「ちょ、やめ、ちょっおおおおお! やめろお!」
バシン、と頭をはたかれる。
「痛っ! なにすんだよっ!!」
「ご、ごめん、ちょっとくすぐったくて」
仮にも一国の王の頭を叩くなんて不敬極まりないが、俺にとっては何でもない。
マサムネ。
切れ長の眼をさせながら、長身痩躯。
腰にホルダーがついていて、鍛冶場で使う火箸や金槌を常に持ち歩いている。
力仕事で大変だろうに、見た目は筋肉質ではない。
というより、あまりにも顔が整い過ぎて女の子に見えてしまう。
だが、男だ。
れっきとして男だ。
マサムネとは、そこまで付き合いが長いわけではない。
魔王討伐の際に、ずっと一緒に戦ってきた仲間と比べれば最近会ったようなもの。
それなのに、フランクな対応ができているのは、彼が男だからということもある。
ただでさえパーティーを組んでいた時に女ばかりだったのもあるが、今は俺の結婚相手を探すためだからといって、女の人を毎日のように紹介してくる。
だから俺は飢えているのだ。
男に。
いやいやいや、別にホモというわけじゃない。
だが、ずっと女の人と一緒にいると、どうしても男同士の何の気兼ねもない会話というものを渇望するようになる。
女の人と一緒にいると緊張してしまうし、気を遣う。
泣かせないように。
傷つけないように。
怒らせないように。
接客業のように張りつめた心のまま接しないといけないが、男ならば話は別。
どんなつまらない話だって面白く感じる。
男のロマンのような馬鹿な話だって、笑って聴いてくれる。
そんなの、最高すぎるだろ!
彼は、俺にとって心の癒し。オアシスなのだ。
できればずっと一緒にいたいぐらい大好きなんだけど、マサムネはマサムネで忙しそうなのだ。
マサムネとなら一緒のベッドに入ってもいいぐらいなのに!
残念すぎる!
「なんか胸柔らかかったなー」
「えっ」
「すごい女っぽかったぞ、マサムネ」
「は、ははは。き、気持ち悪いこといわないでくれよ、勇士。ボクはれっきとした男なんだから」
「ああ、ごめん。そうだよな! 鍛冶場は女人禁制だもんな!」
くううううううう。
楽しいいいいいいいい。
やっぱり、こんなしょうもない話ができるのは、広いこの城でもマサムネだけ!
「勇士は何していたの? なんだか誰かに追われているみたいだったけど? もしかしてまたサリヴァンさんに追われているのか?」
「そ、そうなんだよ! でも、いずれ見つかってしまう……」
いや、いいことを思いついた!
鍛冶場が女人禁制なら、いくらサリヴァンでも近づくことはできない!
だったら、そこに一時的に逃げ込んでしまおう。
会食の時間まで逃げ切ることができれば、俺の勝ちだ!
「頼む、マサムネ! 俺をかくまってくれ」