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第37話 魔王サタンは何度でも蘇る(3)

 俺達は自分達の城に戻った。

 アンネ先生をそのまま家に帰すわけにもいかないので、家族の人には連絡しておいた。

 気絶している間に医療班に、アンネ先生を診てもらった。

 幸い、後遺症のようなものは見られず、健康体そのものらしい。

 ちなみに、ボアに支配されていた時の記憶はあまり残っていないらしい。

 医療班やアイテムを使って調べたが、嘘はついていないようだった。

 俺とデートしたことは覚えていて、ボアが戦い出した所で完全に意識が無くなったらしい。

 彼女自身でも驚くほど積極的な行動をとっていたらしく、俺と顔を合わすなり赤面した。

 まるで酒に酔ったような感覚だったらしく、自分では制御できなかったらしい。

 ボアが操っていたのだろう。

 やはり、いきなりデートに誘ってくるあたりで、違和感を覚えるべきだったのだ。

 魔族の件は隠して、第三者によって操られていたことを告げた。

 ショックを受けていたようだったが、思い当たる節があるようだった。最近仕事で国外に出た時に、一人でお酒を飲んでいた時に話しかけられた事があったらしい。それから何か話したか記憶がなく、気が付いたら宿の部屋にいたとのことだった。

 詳しい話は他の人間を使って聞き出している。

 全てはアンネ先生の安全のためだ。

 もちろん、魔族の残党の最大の標的は俺だろうが、アンネ先生も危険だ。

 魔族達に関する情報を詳細に覚えていたら、刺客を送り込まれていたかも知れない。

 もう危険はないだろうが、魔族はどう判断するかだ。

 彼女を守るためにも、俺の眼の届く場所にいて欲しい。

 だが、今の俺は彼女を見ることができていない。

 何故なら、この治療室で囲まれて身動きができないから。

「大丈夫だって言っているのにな」

 城では大騒ぎになっていた。

 魔族に関しては、信頼できる人間だけに情報を伏せたが、俺が襲われたのは事実だ。

 戦った場所には派手な戦闘跡が残されていて、その噂は城内を駆け巡っていた。緘口令を敷いてもすぐに情報が伝わってしまうだろう。

 それに、傷はサタンのお陰で完全に無くなっていても、服が破れていたり血は流れていた。

 そのせいで治療班が治癒系の上級スキルを次々と使ってきた。

 こっちは無傷だと言うのに、慌ただしくてたまらない。

「大丈夫じゃありません。アンネ様の生成した毒をもらったのですよね!?」

 サリヴァンも心配し過ぎだ。

 さっきから身体を触ってきてしんどい。

「それは解毒できたって言っているじゃんか」

「どうやって!? そんな器用なこと勇者様にはできないじゃないですか!?」

「うん、まあ、そうなんだ――」

 ガッシャーン!! と、なにやら物が倒れる音がする。

 治療班の一人がすいません、と頭を下げてきた。

 毒の治療のために昔の文献を調べようと本棚から本を取り出そうとして落としたのか、それとも治療のための薬品を落としたのか。

 とにかく城の中の人達が走り回って埃が舞っている。

 こんなことなら、説明しなきゃよかったな。

 こっちはサタンのことを説明できないから、たどたどしい答えになるし。

 だが、絶対に説明しないといけないこともある。

「大事な話がある。人払いをしてくれないか」

「分かりました。みなさん、聴いていましたね?」

 俺が真剣な話をしようとしていることを汲んでくれたらしく、みんなサリヴァンの言葉に従ってくれる。

「ただし、サリヴァンとマサムネとアシュラは残っていて欲しい」





 それからしばらくすると、俺の言うことを聴いてくれた三人が残った。

 これで、ようやく本題に入れる。

「それでお話と言うのは?」

「俺はこの国から出て行かなきゃいけない」

「な、なんで!?」

 マサムネ達が色めき立つ。

 だが、もっと動揺することを俺はこれから告げなければならない。

「魔族にやられたのはさっき話したな?」

「聴いたけど……」

「俺は魔王軍の幹部にやられたんだ」

「…………!」

「あいつらの狙いは恐らく俺だろう。俺がここにいればみんなに迷惑がかかる。だから、俺はこの国からでていかなきゃいけない」

「それって、僕達が足手まといってこと?」

 マサムネが硬い表情をする。

「そうじゃない。俺一人じゃ奴らに対抗できない。だから、もう一度魔王を打倒したパーティを結集させる必要がある。そして、それができるのはきっと俺だけだ」

「そんなの誰かに頼めばいいんじゃないのか? わざわざ勇士が旅に出る必要はないだろ?」

「言っただろ? 俺がこの国にいれば敵がやってくる。それに、俺以外には務まらないはずだ。唯一居場所が分かっている相手がアイツだ。マサムネ、お前にアイツの相手ができるのか?」

「そ、それは、確かに……」

 悔しそうに歯噛みする。

 マサムネも馬鹿じゃない。

 できないことをできると言うようないい加減な奴でもない。

「……それじゃあ、私も行きます。ユウシと一緒にいるって私は決めたから」

「アシュラ、それはダメだ」

「ど、どうしてですか!?」

「手薄になったこの城を誰が守るんだ」

「そ、それは!!」

「それは、お前にしか頼めない」

「――っ!!」

 言葉に詰まるってことは、きっと分かってくれたからだろう。

 俺が本気でそう思っていることを。

 俺を除いてこの国にいる国民全ての中で一番強いのは、間違いなくアシュラだ。

 そこらの雑魚なんて物の数じゃない。

 アシュラならば、魔王配下の幹部が強襲してきても対抗できる。

 俺はそう確信しているのだ。

「アシュラ、お前にこの城を、この国を任せたい。お前ならできるよな?」

「そんなこと……」

 やっぱり、だめか。

 そう思った直後、

「そんなこと言われたら、やるしかないじゃないですか」

 アシュラは覚悟を決めた瞳をしてくれた。

 良かった。

 アシュラがそう言ってくれなかったら、俺は旅をする決意が揺らいでいたかもしれない。それぐらい、俺にとってはハードルが高かった。

 アシュラにしか、この国を任せることはできなかった。

 どこからか傭兵を雇ってこの国の警護を任せるなんてことできない。

 どれだけ強いと噂があっても、この眼で強さを確認しないことには他人に国を任せるなんてできない。

 だが、アシュラの強さなら俺は知っている。

 アシュラにだったら全幅の信頼を置くことができる。

 さて、俺が旅をする上で最大のハードルを越えたのはいいが、厄介な奴が残っていた。

「私は絶対に反対ですよ。何故なら、勇者様には絶対的使命がありますから」

「それは?」

「婚活です」

 ガクンと、倒れそうになった。

 本気か、この人は?

 世界の命運がかかっているかもしれないっていうのに、まさか本気で色恋沙汰の方が大事とでもいいたいのか?

「いいですか? 確かに勇者様の言うことはもっともです。ですが、それはあくまで可能性の話。魔王軍の残党がそれほどいるとは私には思えません。旅に出ること自体には反対しませんが、まだ様子を見るべきです。今は勇者様の跡継ぎ問題こそが急務。優先順位を間違えてはいけません」

「いや、どう考えても後回しにしていいんじゃないのかなー?」

「いいえ! これは重要なことです」

 うーん。

 分かってはいたことだが、サリヴァンはかなり頑固だな。

 俺の言うことを聴いてくれそうにもない。

 無視して強行突破といきたいところだが、サリヴァンはこう見えても優秀。

 なんとか説得しないと、この国が傾く。

 だが、こうなることは予想できていた。

 みんなをこの部屋から追い出すことはすぐにできた。

 だが、すぐにしなかったのは、サリヴァンを説得する言葉を必死で考えていたからだ。

「サリヴァン、俺は与えられて満足するような男じゃない」

「……そ、そんな適当なこと言ってもダメなものはダメです。私がいなければ、勇者様はちゃんと将来のことを考えてくださらないでしょう」

 サリヴァンがたじろいでいる。

 よし、調子を崩すことには成功した。

 まともな話し合いじゃお互いに譲らない。

 普段から人の話を聴かないサリヴァンには、まず耳を傾けることが大事。

 なら、まずは相手の意表を突くのが最善手。

 サリヴァンが言葉を詰まらせている今こそがチャンスだ。

 まずは肯定してあげることによって、より話に興味を持たせる。

「サリヴァン、お前の考えよーく分かった。だけどな、サリヴァン。俺はお見合いっていう、ちょっと会っただけでその人のことが分かるとは思えない。少しの間だったら誰だって猫を被れる。結婚生活をし始めてから破局なんてなったらどうなる? それこそ跡継ぎが生まれない」

「そ、それはそうですが……破局なんてそんなことは滅多にありません。王様が離婚するなんて……」

「滅多になくても、歴史的にはあるんだろ? 一度結婚してから別れた王様だって。だったら、少なくても一緒に時間を過ごしてから決めたい。特に、命のかかる冒険の中だったらその人間の本性っていうのが見えてくる。俺は旅の中で恋愛対象となる人の心の在り方を見極めたいんだ」

「……つまり?」

 サリヴァンから質問してきた。

 ずっと自分の意志を貫いてきたサリヴァンが、俺の意見を少しは聴いてあげようと言う気になっている。

 やっぱり、真っ向から否定するだけじゃだめだったのだ。

 ここが一番重要だ。

 結論が間違っていたら、またサリヴァンが耳を塞いでしまう。

「俺が、かつての仲間たちを求めて旅をするのはあくまで裏向きの理由にしたいんだ。もしも、大体的に口外がしたら、寄ってたかって魔族の残党が邪魔をしてくるだろう。だが、理由が全くないまま勇者が旅をするのは、魔族達に怪しまれる。ということで、俺は表向きの理由を用意したい。つまり、俺が旅をする表向きの理由は――」

 カッ、と眼を見開いて、俺はお互いの妥協点を見出す。

 それは、


「勇者が跡継ぎを作るための『お嫁さん探し』だ!!」


 完全なる嘘っぱちな考えだ。

 結婚相手なんか俺の年齢で本気で考えている奴の方が少ないはず。部活や勉強、学園祭やグループ交際など青春とはかけ離れた生活を送ってきた俺はなおさら。

 だからここはサリヴァンを騙すために大ウソをつく。

「俺は、自分が結婚するための相手を自分で探したい!! これならどうだ!!」

 旅さえ出てしまえばこっちのもの。

 お目付け役がいなければ、好き勝手にできる。

 それに、何もこれはサリヴァンを騙すだけの理由じゃない。

 周囲を騙す理由でもなる。

 一番いいのは情報が全く洩れないまま旅を続けることだが、旅を続けていく上で、出会った人間全ての口をつぐむなんて不可能だ。

 もちろん変装はするつもりだが、それでも何かがきっかけで看破されることもあるだろう。もしくはポロっと再会した仲間が漏らすかもしれない。

 だから、それらしい理由を作るのは必要だ。

 魔族に俺が旅をしていることが知られたら、嘘の理由を触れ回って時間稼ぎぐらいはできるかもしれない。

「素晴らしいお考えです!! 流石は勇者様!! 私の考えがようやく、よーうーやーく、分かってくれたようですね!!」

「あっ、うん、まあ、そうだな……」

 両手を嬉しそうに握ってくるサリヴァンには、嘘をついている若干の罪悪感はあるが、これはしかたのないことだ。

 これで厄介だった二人はなんとかなった。

 あとは物わかりのいいマサムネだけだから、楽なもんだ。

「マサムネ――お前は――」

「僕は絶対に反対だよ」

「え?」

 マサムネはキッ、と俺ではなく、アシュラとサリヴァンに腹立っているように睨み付ける。

「二人とも本当に納得しているの? 危険な旅になるんだよ? 一人で行かせるなんて!!」

「ユウシなら大丈夫だって信じている」

「私もです。マサムネさんだって勇者様の強さは分かっているはずです。勇者様のことが信じられないんですか?」

「そんな言い方しないでくださいよ、サリヴァンさん。あなたは勇士が結婚すればいいだけなのかもしれないけど、僕は純粋に勇士のことが心配なんです」

「言い方が悪いと言うなら、マサムネさんもじゃないんですか? 私だって心配していますよ……」

 やばいな。

 俺のせいでサリヴァンとマサムネが喧嘩し始めている。

「まあまあ、二人ともケンカしないで。何があっても俺は行かなくちゃならない。他の奴に頼めるようなことじゃないことぐらい、マサムネだって分かってくれるだろ?」

「だったら、僕が勇士と一緒に旅をするよ!!」

「それはダメだ」

「どうして!? アシュラがいるならウィーベルは安全なんだよね!?」

「マサムネには俺の代わりになって欲しい」

「え? 代わり?」

「アシュラにはこの国を戦闘力で守って欲しい。政治的なことは元々サリヴァンに任せているからいいとして、問題は俺がいなくなった後のこと。俺がこの国を出国したことが他国にバレないための影武者が必要だろ? 変装、変身するなら『錬金術』が使えて、なおかつ秘密を守れる信頼できる人間、そして一番重要なのは俺と同じ性別の『男』であること。この条件を満たしているのは、マサムネしかいない。そうだろ?」

「え?」

「え?」

 マサムネが聴きかえすから、俺までクエスチョンマークが頭の上に浮かんだけど、どうした? 長文を少しばかり早口で言ったから聞き取りづらかったのかな?

「あっ、まあ、まあ、そうだよ!! 僕は誰がどう見ても男だよ!! オレは男だ!!」

 なんか、一人称変わっていますけれど。

「そんなに強調しなくてもそうだろ……。なあ! アシュラ!」

「え? 私に振るんですか!? そ、ソウデスネ」

「なんだよ、アシュラ。その微妙な答え方は。なんかアシュラ変だよな、サリヴァン」

「ソ、ソウデスネー」

「ええ!? サリヴァンまで!? どうした!?」

 なにこれー。

 前もこんな反応なかったあー?

 疎外感すんごいですけど。

 なんか変なこと言ったかなー?

 しかし、影武者は必須なのだ。

 魔族の幹部ともなれば、俺が出国したことはすぐに分かってしまうだろう。感知系のスキルを持つ者がいるだろうし、スターテス看破のスキルは実力者ともなればほぼ全員が持っているといい必須スキル。

 下手したら一目見ただけで気づかれる可能性がある。

 だから魔族に俺の出国がバレるのは当たり前だし、逆にそうじゃなければこの城に魔族を呼び込む結果になるので敢えて俺は自分のステータスを精密に隠蔽するスキルは使わない。

 むしろ俺が危惧しているのは、他国の人間。

 突出した実力を持つ個人は憎そうできないが、数の暴力となると話は違ってくる。

 王不在の国に大軍を派遣してくることを俺は恐れているのだ。

 そのためにはマサムネの協力が不可欠。

「危険が伴うかもしれないけど、どうかな?」

「影武者は別にいいよ。でも、ボクは絶対に、旅に出るのには反対だ」

「マサムネ!!」

 マサムネは部屋から出て行った。

 一度も振り返ってはくれなかった。

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