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第33話 女教師アンネの放課後(5)

「なっ――がっ――」

 一瞬呼吸が止まった。

 気絶しそうなのを歯噛みして耐えて、拳を真正面へ振るう。

「なっ」

 アンネ先生は瞠目すると、後ろに距離を取って拳を避けた。栓の代わりをしていた腕が抜かれると、五指の隙間から血が溢れる。このままだと出血多量で死ぬ。

「まさか腕が貫通したまま攻撃してくるなんて。まぐれとはいえ、あの方を倒しただけのことはあるね」

 アンネ先生が、いきなり殺しにかかって来るのは心理的盲点だった。

 だが、魔王討伐の旅で研ぎ澄まされた戦闘勘で、心臓狙いの一撃を避けられた。

 しかし、深手には違いない。

 自己治癒力を高める武術スキル『ナチュラルバフ』で傷口を塞ごうとするが、本気で俺を殺そうとしてくる敵が簡単に赦してくれるわけもない。

 トドメを刺そうと凄まじい速度で迫ってきた。

 俺は咄嗟にアンネ先生の足を『震脚』で止める。

 揺れた大地によろめくが、倒れ込みまではしなかった。

「おっ――と。まだまだ元気みたいだねえ、勇者ァ。まっ、動けるだけで大したもんなんだけどね」

 口調がさっきまでとまるで違う。

 こっちがこいつの素か。

「お前、誰だ? 他人の心を支配できて、なおかつ思考し言語を話せるってことは魔族か?」

「誰って? さっきまでずっとあんたと一緒にいたアンネ先生先生だよー。……まあ、肉体はだけどね」

「肉体は? ……そうか。ウィーベルにモンスターや魔族がいるはずがない」

 ウィーベルには結界があって、モンスターの進行を阻む役割がある。

 仮に突破されたとしても、それは必ず痕跡が残る。

 その報告がすぐに俺まで行き届くようなシステムを俺は作った。

 報告がないってことは、答えは一つだ。

「お前、まさか、先生のことを身体の外から操るんじゃなくて、身体の中から操っているのか?」

 他者を操るスキルや、精神体となって宿主に寄生することができるスキルはある。

 もしもアンネ先生がそういったスキルの支配下にあるのならば、この国に入国する際に、モンスターや魔族に反応する防犯センサーに引っかからない。

「そうだね。ただ、催眠術の類で操っているわけじゃあない。私は彼女の器の中に入り込んでいるんだよ」

「器……?」

 身体を乗り換えるスキルには二種類ある。

 精神を交換するタイプか。

 それか、宿主の精神に侵入して、自分の肉体は放置するタイプか。

 前者だった場合、元々のこいつの身体はどこにある?

「自身の肉体がある状態で、誰かの肉体に心を寄生させるなんてできるはずがない。……お前、肉体はどうした?」

「そんなのとっくに失くしているよ。お前ら英傑のせいでな」

 ジジジ、と壊れたテレビの液晶画面みたいに、アンネ先生の輪郭がブレる。

 ブレが激しくなっていき、ついには全く違う姿の人間がアンネ先生の肉体から出てくる。

 角が生えていて、剥き出しの牙は尖っている。

 アンネ先生は大人っぽい雰囲気だったが、そいつはどこか子どもじみている。

 無邪気でありながら、残虐性も持ち合わせているようだ。

 蟻を踏み潰すかのように人を殺しそうだ。

 漆黒の翼を生やしている彼女は間違いなく魔族。

 身体全体が半透明で幽霊のような姿になっている。

 彼女が出現すると、糸の切れた人形のようにアンネ先生が倒れる。

 まるで幽体離脱だ。

「私の『パーソナルスキル』は『魂魄操鎖(ソウルプリズン)』。たとえ殺されて肉体を喪失したとしても、こうして魂だけの精神体となっても蘇ることができるスキルだ」

 こいつ、不死の力を持っているのか?

 肉体喪失しているのが、他の英傑の手柄だとしてもこいつのことを俺は知らない。

 肉体を失っても生きているこいつに弱点はあるのか?

「それだけのスキルが使えるってことはお前、魔王幹部の一人か?」

「――ナンバー12。こうして直接会うのは初めてかな? 勇者様」

「十二番目……ボアとか言う奴か?」

「へえ。知ってくれてはいるんだね。幹部の名前ぐらいは」

「ああ、一番弱い奴って有名だからな」

 目蓋がピクッと動いたのを見逃さなかった。

 さっきから自慢げに自分のことを語るこいつは自尊心が高いとみた。

 俺のことを術中にはめていい気になっていることもあって、随分と口が軽いらしい。

 情報を収集するには挑発が一番効果的だと判断したが、どうやら間違いじゃないみたいだ。

 相手は見た目と違って狡猾だ。

 泥棒は泥棒に入る家に数日、数ヶ月間をかけて張り込み、住人全てのタイムスケジュールを把握する。そうして探偵や警察のように情報を集めて完全に盗めると判断した時にだけ侵入を試みるという。

 恐らく、泥棒と同じでボアも入念な下準備をしたうえでここにいる。

 どこまで対策を立てているのか探りを入れたい。

 それに時間を稼ぎたい。

 今もまだ出血が収まっていない。治癒能力系統のスキルは世界的にも稀少であり、俺が扱いきれないスキルの一つだ。

 今は少しでも話を伸ばしたい。

「末席のお前がこの俺を相手にして勝てるのか?」

「確かに。今の不意打ちだけでお前と私の差が埋まったとは思えない。まがりなりにも我が王を倒した人間。油断はしないさ。だからこそ、私は何年もかけて計画を練り、実行に移した。お前を殺せるこの瞬間をね」

 やはり、計画的犯行か。

 想像以上の時間をかけて策を練っているようだが。

「正攻法じゃお前に勝てる奴は誰もいない。それは歴史が証明している。ならどうするか? 不意打ちをして倒す? 嫌々今の状態でも私は倒されそうだ。グズグズしていたらお前のお仲間だって応援に来るだろう。ここはお前のホームなのだから。だから私は古典的な戦い方をしようと思う。例えば、元来頂点に立つ者の宿命として常につきまとう危険がある。それはなんだろうか? そう――暗殺の危険。どんな優れた王だって、暗殺で命を絶たれるよなァ」

 なんだ?

 この余裕は。

 確かに、アンネ先生の身体を操って騙し討ちには成功した。

 だが、そこから先はどうする?

 ボア自身も実力不足であることを認めている。

 このまま戦えば俺が勝つに決まっている。

 なのに、笑っている。

 次の一手を打つ素振りがない。

 いや、もしかして、もう既に打っている?

 ぐらり、と視界が揺れる。

 血を流し過ぎたようだ。

 なんで?

 さっきから休まずひたすらに『ナチュラルバフ』をかけているはずなのに、何の変化も見られない。

「なんだ、傷がふさがらない?」

「無理、無理。あなたの脆弱な回復系スキルなんて効かないよ」

 腕から紫色の斑紋がいつの間にかできあがっている。

 この反応と、ボアの口ぶり。

 そうか、既に盛っていたのか。

「毒か……」

「そう。猛毒だよ。スキルの発動を鈍らせるほどの激痛を与えるようなね。まっ、まともに発動できたとしても、傷を完全回復できるほどの便利なヒールスキルなんて持ち合わせていないんでしょ? そのへんも調査済みなんだよね」

 体内から全てを蝕むような痛みがしてくる。

 確かに厄介だ。

 魔術スキルや武術スキルでの外側からの攻撃ならば、どれだけ強力でもいくらか対処できる。だが、内側からの攻撃となるとお手上げだ。

 俺に治せるスキルなんて存在しない。

 アンネ先生と一緒に食べていた飲み物や食べ物に盛られていたのだろう。

 迂闊だった。

 まさか、こんな方法で俺を弱体化してくるなんて。

「この女、流石は元勇者の経営する学校で教鞭をとれるだけの実力があって、毒の生成もピカイチだな」

 心の中に入った人間のスキルも使えるのか。

 錬金術に特化したスキルを持つアンネ先生のスキルを使って、毒薬を生成したのか。

「他の英傑たちのいないこの瞬間を待っていたよ。英傑の中には治せる奴がいるかもしれないからね。だけど、これで終わりだ」

 バキバキバキッ!! と近くに会った木が生き物のように動き出すと、木の根が伸びて地面から顔を出す。まるで鞭のようにしならせる。

「なっ――」

 上空に飛んで避けるが、縄のように伸びた根によって足元をつかまれる。

 そのまま地面に振り下ろされる。

「くそっ!!」

 逆さづりのまま魔術スキルである『フレイムボール』で炎弾を放つが、見えざる壁によってそれが塞がれる。

「なっ――がっ!!」

 地面に叩き付けられてバウンドする。

「魂を宿せば何でも操ることができる。お前のように意志があり、スキルレベルの高いものを操るのには骨が折れるだろうよ。だけど、そこらの空気、土くれや植物なんかは自在に操ることができる」

「くっそ……」

 さっき『フレイムボール』からその身を守ったのは、空気の壁か。

 魂を宿すことで何でも操れる?

 ということは、つまり、俺の目の前にあるもの全てが奴の武器だということになる。

 しかも、こっちのスキル精度が落ちている。

 発動の速度が遅く、できあがった『フレイムボール』が完全なる円を描くことができていなかったせいで威力がガクンと落ちていた。

「肉体があったかせいで、少なからず私のパーソナルスキルにはラグがあった。だが、一度死んで肉体を失った今、私は生きていたかつての私よりも強い。ノイズなしで操ることができる! 今この時こそが私の全盛期だ!!」

 腕を振りかざしただけで、地面がめくれあがっていく。

 立っていることさえ困難になる。

「くそっ!」

 汎用性がありすぎる。

 当たり前だが、俺は魔王全ての幹部と戦っている訳ではない。

 こいつを俺の仲間の誰かが倒したらしいが、その時よりも強くなっているだって?

 実力が劣っていても幹部になれていたのだ。

 その時よりも強くなっているなんてとんでもない。

 そして、今の俺のこの毒の症状。

 だめだ。

 勝ち目が薄すぎる。

 ここはまず態勢を立て直すしかない。

「一時撤退か。格下相手にそこまで警戒できるのは大したものだな。だが、いいのか? 落し物があるぞ」

 刃のように尖った木の根が、気絶したままのアンネ先生を襲いそうになる。

 そのままにしておくわけにはいかない。

 必死に走って、庇うようにして上に覆いかぶさるが、

「バカだね。私に操られるような役立たず、見捨てていれば逃げられたかもしれないのに」

 俺の行動を見越していたかのように、足を突き刺してくる。

「ぐあっ!」

「どうした? 逃げないのか? ああ?」

「くっ――あっ!」

 スキルを発動させようとしたが、俺の足に貫通して刺さったままの木の根を動かして俺を空中に浮かせる。

 浮遊感ともに一瞬、ボアの姿とウヨウヨしている無数の木の根見失う。

 そのせいで気がつくのが遅れた。

 横から眼球に迫ってくる木の根に。

「ああああああああああああああっ!!」

 身体を逸らすことによって眼球が抉られることは回避したが、鉤づめで引っ掻かれたような傷がつく。

 ぶうん、と木の根を回され、俺は墓に立っている十字架まで吹き飛ばされる。

「あああああああああ!!」

 奮起するが、立ち上がることができない。

 骨が折られているせいか、足が変な方向に曲がっている。

 眼球は表面を削られたせいで、左眼を開くことができない。

 流血のせいで、右側の視界は真っ赤だ。

 足がやられたせいで『震脚』や『縮地』は封じられた。

 抵抗できずに、俺とアンネ先生は木の根によって全身を拘束される。

 これで逃げることさえできなくなった。

「動けないだろうが、お前が無理に逃げようとしたらその女は死ぬぞ。さあ、どうする?」

 ゆらゆらと木の根が動かされる。

 明らかに脅しだ。

「その人を離せ」

「へえ。もう毒が回ってまともに思考さえできないはずなのに、まだ自分よりか他人の心配ができるとは驚いた。だけど、口の聴き方がなっていないなあ、勇者。おしおきをしてやるよ」

「やめろ!!」

 ピタッ、とアンネ先生の喉元に突きつけられていた木の根が止まる。

「――へえ。その偽善どこまで貫けるかな?」

 枝分かれした枝が広がっていき、俺の右眼に突きつけられる。

「選ばせてあげるよ。自分か、その女、どちらが大事なのか答えてもらおうか」

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