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第31話 女教師アンネの放課後(3)

 ウィーベルの城下町。

 騒ぎにならないよう『フェイクフェイス』で相貌を変えながら、堂々とした足取りで道を闊歩する。娘同然であるアシュラの担任教師とデートをするといういきなりの出来事なので、特定の行き先場所なんて思いつかない。

 屋台をウインドショッピングしながら、二人きりで歩いていく。

「意外ですね」

 アンネ先生は手を口に当てながら微笑する。

「私と二人きりのデート、断るかと思っていました」

「断る前提で誘ったんですか?」

「いいえ。ただ意外だっただけです」

「大丈夫ですよ。言わなくても分かっています。アンネ先生の真意は伝わっていますよ」

 まさか。

 まさか本当の意味でデートに誘ったわけではないはずだ。

 俺のことが好きだからこの絶好のタイミングで誘ってやろう。

 隙があれば告白してやろう。

 なんて、そんなご都合主義展開なんてありえない。

 ……少しはあるかも知れない。ほんの僅か、宝くじで一等が当たる確率で俺に一目ぼれしていたとかそんな可能性があるかも知れないけど、まずありえない。

 きっと、アシュラのことで大事な話があるのだ。

 城で話していたら誰かの耳に入るかもしれない。アシュラがいたら言えなかったことを相談するのかも知れないし。

 つまり、周りに知り合いがいない方がいい。

 ということで、流石に二人きりで歩くのは危険だから、護衛の一人でもつけた方がいいというサリヴァンの意見は却下しておいた。相も変わらず、サリヴァンは心配性だ。敵なんてもういないのに。

「王様、あそこに火蜥蜴やホットミルクがあるから買いましょう。座るところもあるみたいだから、あそこで食べませんか?」

「あ、ああ……」

 あれ?

 気のせいかな。

 もんのすごいエンジョイしている気がしているんですけども。

 なんでかさっきからシリアスな空気になる気配が一切ないんだけど。

 深い考えとか、相談事とかあるはずなのに。

 まさかただ俺と遊びたかったとかそういうことはないんですよね?

 信じていいんですよね? 先生。

「はい、どうぞ」

「あっ、どうも」

 俺が椅子に座っていると、火蜥蜴とホットミルクを持ってきてくれた。

 ホットミルクか。

 この時期ウィーベルでは寒さを感じないのに、ホットミルクがそこらで売っているのが凄い。

 まあ、寒くなくともホットミルクは売っていないか。

 日本じゃ冷たい水とかジュース系の飲み物は普通らしいのだが、異世界だとおかしいらしい。常温か温めて飲み物を飲むのが普通らしい。冬でも冷たい飲み物飲んじゃう派だから、冷たい飲み物をここらで流行らせたいんだけどな。

「というかなんで隣に座っているんでですか? アンネ先生」

「いけませんか?」

「いや、ちょっと近いですよ……」

 太ももと太ももが当たりそうなぐらいには近い。

 普通対面に座るもんじゃないのか?

「これが、この世界の文化ですから」

「そうですか、これが……って嘘ですよね?」

「ばれましたか」

 この世界に召喚されたばかりなら異世界文化が分からないのも当然だが、年単位でここにいるのだ。

 流石にそんな文化がないことぐらいは知っている。

 だが、アンネ先生に間違いを指摘してやったというのに、一向に動く気配がない。

 まあ、いいけど。

 気が散るけど、なんかいい匂いするしこのままでいいか。

 しかたない、これはしかたないことなんだ。

「あっ、お金を出さないと」

「いいんですよ。お金なんて」

「でも、金ぐらいは出させてください。お金だったらいっぱい持ってますんで」

 自分の手持ちは、国家予算ぐらいは金持ってるから。

 女性に奢られるだけでも抵抗あるんだけど。

「それじゃあ、今回は私に奢らせてください。代わりに次奢ってもらえますか?」

「ああ、それだったらいいですね」

「よし。次はステーキ食べようかな」

「ちょ、ちょっと」

「アハハ、冗談ですよ」

 全然冗談っぽく聴こえなかったんですけれども。

 だけど、俺も少し笑い返してしまう。

 だって、なんだかこんな他愛無いやりとりでさえも、尊いものだと思ってしまうからだ。

「…………」

「…………」

 沈黙になって、より鮮明に周りのワイワイガヤガヤする音がする。

 それが眩しく見えてしまう。

「平和ですね」

「そうですね」

「こんな風に、魔族の脅威を考えずに話せるようになるなんて昔は思いもしませんでした」

「そうですね。魔族全てが悪いわけじゃないですが、彼らのせいでずっと戦争が起こっていたんですよね……。俺はずっといたわけじゃないから、どれだけ酷かったかは正確には分かっていないんですけどね……」

 世界は魔族に侵略され続けていた。

 その過程で捕虜になったり、奴隷にされた人達だっていた。

 そして人間と魔族のハーフだって生まれた。

 それがどんな意味を持つのか分からないほど、俺はもう子どもではない。襲われて泣き叫ぶ人達や、血を流した人達を大勢観てきた。

 それでも人間が虐殺された長い歴史をその目にした訳ではない。

 異世界召喚されてから、悲劇を目の当たりにしただけだ。

「……アンネ先生はどうして教師になったんですか?」

「なんですか、急に……」

「いや、ちょっと気になったので」

 俺はいきなり召喚されて勇者になったけど、アンネ先生は自分の意志で道を選んだ。

 俺だって勇者になる道を選んだけれど、ぶっつけ本番って感じで覚悟はできていなかった。

 そう思うと覚悟を決めた人が何故その進路を選んだのか気になるってものだ。

「私が話さずとも知っているんじゃないんですか? 採用する前に私のこと色々調べたんじゃないんですか?」

「意地悪ですね……」

 アンネ先生の言うとおり、城の人間を使って素性は調べさせてもらった。

 アシュラが通う学校の教師も、そして生徒も。

 犯罪履歴や危険思想がないかを徹底的に調べさせてもらった。

 日本よりも宗教が浸透している地域もあって、その中でも酷いのがモンスターを殺すことを禁止する宗教があった。

 モンスターと対話して争いを回避しようと言う宗教だが、相手がモンスターなんだから話し合いなんてできるはずもない。黙ってモンスターの餌になれというのか。

 魔物の中には人語を理解する者はいるが、モンスターはその限りではない。だから殺すしかないのに、冒険者の邪魔を積極的にする宗教団体がある。それに所属している人間だと、モンスターを虐殺した勇者に敵対する可能性がある。とまあ、そういう危険因子を見極めるために、身辺調査をしただけだ。

「最低限の情報しか調べていませんよ。だから、アンネ先生がどうしてこの国の教師になってくれたのかは知りません。どうして、教師になってくれたんですか? 新体制の国と学校。抵抗を覚えなかったんですか?」

「だからこそ、です」

「だからこそ?」

「ええ。私だけじゃなくて、色んな人が志願したんじゃないですか? 魔族との大戦が終わって新しい時代が始まって、新しいことに取り組めることができる。それってとても素晴らしいことだと思いますよ。みんな希望を持って生きていると思います」

 大変だったろうな。

 俺も復興に力を貸したけど、どの国も疲弊しきっていたからな。

 平和になった直後は誰も動かなかった。

 もうモンスターに襲われずにいられるという現実を受け止めきれていなかった。

 まあ、慣れてきたらみんなどんちゃん騒ぎに発展してそれはそれで大変だったが。

「それに、私が得意なのは『錬金術』ですからね。働き口が少なかったので、拾ってもらえて感謝といった気持ちでしょうか」

「……へえ。魔術スキルを持っている方が教師になりやすいんですか?」

「ええ。それか武術スキルですね。ですかそういうのに長けている人は軍人になるか、冒険者になる人が大半ですけどね。給料もそちらの方がいいですし」

 そんなものか。

 錬金術の先生って現代日本で例えると理科の先生みたいなものかな?

 錬金術で色々実験して薬品を作るのって楽しそうだけど、やっぱり地味なのか。

 俺がこの世界で生まれ育った生徒だったら確かに実践的な訓練ができそうな武術スキルか、派手な爆発が起こせそうな魔術スキルの講義を受講しそうだ。

「それでも先生になれてよかったと思います。冒険者の方々のように勇猛果敢にモンスターに挑むのは私の性に合いませんから」

「向き不向きがありますからね。むしろ俺達のような奴が野蛮ですよ。先生のように誰かのためになるような職業の方が今後は増えそうですね」

「確か、冒険者の数は減少しているんですよね?」

「まあ、今でもモンスターはいますけど、かなり減りましたからね。全盛期に比べれば減ったと思います」

「大戦が終わって、魔族の人達はどうなったのでしょうか?」

「分からないですね。みんなそれぞれ隠れるように生きているんじゃないですか? 人間に見つかったらどうなるか分かりきっているでしょうからね」

 戦争は終わった。

 けれど、人々の怒りはまだ終わっていない。

 罪もない魔族にだって牙を剥くだろう。

 そして軍人がそれを止めることだってしないだろう。

「どちらが人間でどちらがモンスターか分かったものじゃないですね……」

「それ、あんまり他言しない方がいいと思いますよ。俺だから聴こえなかった振りをしますけど」

 平穏に見えてもみんな不安で仕方ない。

 ピリピリしているのだ。

 モンスターを庇うような発言を冗談でもしようものなら、袋叩きに合っても文句は言えない。

「……すいません。口が滑ったみたいですね」

 もしかして、アンネ先生はモンスター擁護派の宗教に入っているのかな。

 さっき心の中で毒づいたけれど、まあ、ぶっちゃけ考え方や宗教は自由だからな。

 日本が無宗教なのが珍しいだけで、他の国の人は宗教が日常にあって当たり前というところもあるらしいし。

「王様」

「はい、どうしました?」

「どうしても私と一緒に来て欲しいところがあるんです」

「またどこか別の屋台ですか? それとも学校とか?」

 そう訊いて少しだけ後悔した。

 何故ならアンネ先生が悲哀に満ちた顔をしたから。

「いいえ、お墓です」

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