第26話 女騎士セミラミスは好戦的である(6)
セミラミスの連撃剣が、感情の昂ぶりに比例して苛烈になっていく。
避け切れなくなって、切り傷が増えていくのはセミラミスの剣速が加速しているからではない。俺の動きが鈍くなっているせいだ。
「なんで平然としていられるかって?」
「そうだ! お前は姫様のご厚意に甘えて、何をしているんだ!? 何もしていないじゃないないか!! 姫様の気持ちを受け取るのだっていい! 拒絶するのだって! だが、卑怯にもお前は何もしなかった!! 何故だ!!」
マリーと一緒に旅を続けていた日々を思い出す。
お互いに命を助け、助けられてきた。
段々打ち解けるようになって、自分の過去のことも話せるようになった。
優しくて、頭が良くて、魔術スキルは世界最高レベルだった。
沢山の人に慕われていて俺にとっては高嶺の花のような存在だ。
一国の王女なのに、俺のために土下座までしてくれた。
大切なことをたくさんくれた。
この世界での始まりマリーで、この世界の全てはマリーだった。
「貴様にとって姫様はどうでもいい存在なのか!? だから何もしないのか!? そんなのあまりにも残酷すぎる!! お前にとって姫様は何だ!!」
「俺は……」
マリーは俺のことが好きらしい。
俺だって好きだ。
思春期にあんな美人で性格がいいのだ。返し切れない恩だってある。それで嫌いになるはずがない。
むしろ大好きだ。
今まであった異性の中でも指折りなぐらい大好きだ。
だけど、セミラミスが訊いているのはそういうことじゃない。
どうして恋人にしないのか。
結婚しないのか。
異性の中で一番好きじゃないのか。
愛せないのか。
そういうことなのだろう。
「そんなの……」
そんなの決まっているよなあ。
ああ、そうだ。
言ってやろう。
そんなの、そんなの――
「そんなの分かるわけないだろ!!」
「なっ――!?」
剣と拳をぶつけあうと、ギィンッ!! という太刀音がする。
俺が『メタル』で鋼鉄化した拳でラッシュを繰り出すと、合わせるようにセミラミスが剣を振るってくる。だが、今度はセミラミスの方が圧されている。
「マリーに泣かれて悲しいわけないだろ!! 俺だって気持ちに応えたいって思ったよ!! だけど、だけど!! それって何か違うって思ったんだ!! だって今もしも告白を受け入れたら――同情で恋しているみたいだろ!!」
どんな形であれ、結ばれたら幸せになるなんて俺は思えない。
お互いの心が通い合った時に恋人になるんじゃないのか。
少なくとも、涙を流したから交際しようだなんて思えるはずがない。だけど、嫌いでもないし、ちゃんと告白されたわけでもない。自分からマリーの心の傷に塩を擦り付けるような真似をしろって言うのか? それこそ俺には無理だ。
「恋なんてしたことないんだよ! バレンタイデーでクラス全員に義理チョコを配る女子に、唯一配られない男子の気持ちがお前に分かるか!! モテないどころか、男子とさえ認識されない奴が、恋なんてできるわけないだろ!!」
「ばれん、たいん?」
セミラミスはバレンタインの存在を知らないらしく、いまいちピンときていないみたいが知ったことではない。
セミラミスに懇切丁寧に説明したところで、俺の気持ちが理解できるはずがないのだ。
彼女は異性との関わりは皆無と言っていい。
だが、それは自らの意志でだ。
姫様大好きすぎて他の男子が有象無象にしか見えない。
だから相手をしないだけ。
もしもセミラミスがその気になれば、逆ハーレムを築けるだろう。
それぐらい異性からモテモテなのだ。
本人には自覚がないだろうけど。
所詮はリア充で陽キャ。
だが、陰キャな俺は異性と関ろうと思っても関われなかった。
無視されるだけならまだいい。
酷い時には、女子からいじめに近いいじり方だってされた。
えー、なになにー。あの人、チョコもらってないのー。うけるー。誰だったけ? あの人? あっそうだ、剣持くーん。なんでチョコもらってないのー? 彼女とかいないの? あっ、いるわけないかー。あははは、ださー。ごめんねぇ、ひどいこと訊いて。わたしぃ、反省しているからーゆるしてねぇー。ぷはははは。
男子にも色々言われたことはあったけど、女子のいじり方の方が格段にエグかった。
やり方が、陰湿で陰険だった。
言い返そうと思っても言い返せない低いレベルの悪口を、チクチクと言ってきた。
彼女達はやり返されないと高をくくっている。
それに、赤信号みんなで渡れば怖くない精神で、女子は集団を作ってからたった一人の敵を追いつめることが多い。
罪の意識なんて微塵もなかった。自分のストレスの発散のために、クラスカースト最下位の俺を自殺したいと思わせるぐらい迫ってきたのだ。
彼女達は毎日ひたすら攻撃してきた。
こちらがやり返したら、すぐに泣く。
泣けば、嘘泣きであろうと男女関係なく俺を敵とみなした。
誰かに相談しても、男は我慢しなきゃいけない。だって男は女を守る生き物だから。決して傷つけてはいけない。それぐらいで死にたいって、馬鹿じゃないの? そうやって小馬鹿にされるだけだった。むしろ俺が相談したのを女子たちに密告する奴だっていた。
どんな理由であれ、やり返したら負けるのだ。
もっと酷くなる。
だから、俺は女性と関わるということから逃げてきた。
俺にとって女性は恋愛対象ではなく恐怖の対象だった。
そんなこと繰り返されていたら、トラウマになるに決まっている。
きっと大勢の人が恋していた時期に、俺はそんな連中ばかりとしか出会わなかった。
だから、恋愛感情というものを知らないまま、この異世界に召喚されたのだ。
「俺には本命がいるとかマリーが言っていたけど、そんなの分かるわけないだろ!! 本当に心当たりがないんだ!! 俺の好きな奴を、マリーに教えて欲しいぐらいだよ!! 誰なんだよ!! 恋ってなんだよ!! 人を好きになるってなんだよ!!」
俺が思っていることは、モテない奴の僻みだってことぐらい自覚はある。
だけど、どうすればいいんだ。
そんな過去を引きずったまま、誰かを好きになることができるのか。
このままマリーと一緒にいたら、きっと昔のトラウマは霧散する。
心が穏やかになる。
もっと傍にいれたらいいなって。
もっと笑顔がみたいって考えられるようになる。
でも、それが恋心なのか?
友情と一緒じゃないのか。
そもそも、元の世界じゃ『本当の友達』さえできなかったんだ。
友情がどんなものか分かっているのかも怪しい。
自分の気持ちさえ分からないのに、誰かと一緒になれるわけがない。
俺が恋なんてできるわけがない。
「そうか……」
ギィン!! と一際大きな太刀音を響かせると、セミラミスは飛び退く。
「そういえば、貴様がここに来たのはまだ子どもの頃だったな……」
「だからなんだ!?」
「いいや、どうやら私は誤解していたようだ。お前は純白の――まだ子どもだ」
「どういうことだよ!!」
セミラミスの涙は止まっていた。
それどころか、どこかふっきれたかのように笑っている。子ども相手に剥きになってしまったのを恥じるかのような笑みだった。
「お前は勇者で世界を救った。そして今では一国一城の主だ。人生の成功者だ。その年齢にしては落ち着いているし、どんなことでもできるって思っていた。……だが、違うんだな。お前はまるで自分の色を忘れてしまった、ただの子どものようだ」
「……馬鹿にしているのか」
「いいや、そうじゃない。謝っているんだ。私なりにだが」
そう言って、セミラミスは腰を落とす。
剣を背中にくっついてしまうぐらい、後方へと下げた。
野球選手が速球を投げるために腕をしならせるのと同じで、威力を出すためにやっているのだ。
明らかに戦闘スタイルを変えてきた。
速度重視ではなく、威力重視で。
だがこれは、愚策中の愚策だ。
大振りな攻撃は、その分隙が生まれる。
実践向けじゃない。
複数人味方がいて、誰かが前衛で敵の動きを止めて、後衛が威力のあるスキルの準備をするなら分かる。
だが、これはタイマンなのだ。
その基本戦術が使えるような状況下ではない。
威力は幾分か捨てて、速度を調整する。
その配分をどうするかは、自分と相手の力量によって変えていく。その配分によって、勝敗が決することだってあるはずだ。
だが、それを止めた。
どうして今更?
「悪かったな、剣持勇士。だが、私はお前を赦せない。中途半端に剣を戻すほどできた人間でもない。私も子どもなんだ。だから、まだ少しばかり付き合ってもらうぞ」
その刹那。
ドッ!! とセミラミスから発せられるプレッシャーが跳ね上がる。
さっきまでのセミラミスとは別人だ。
「これ――は――」
あと一太刀で終わらせるつもりだ。
剣全体が凄まじいまでに赤く発光している。
「『バーンブレイド』」
燃え上がる剣から、破裂する寸前の風船のような危うさを感じる。
あれをまともに喰らったら人間の肉体どころか、この闘技場が豆腐のように切断されてしまうだろう。
ビリビリと、総身立つ気当たりだ。
「さあ、世界最強の勇者。貴様に覚悟がないならば、逃げてもいいぞ」
「はっ、安い挑発だな。だけど、こんなの受けて立つに決まっているだろ!!」
倒そうと思えば今倒せる。
例え俺じゃなくとも、セミラミスよりも格下の相手だろうが倒せるほどに無防備だった。
その辺のザコモンスター相手だったら平気で不意打ちしていただろう。
だが、全霊を懸けて戦う人間相手に、そんな卑怯な真似はできない。何より、俺が勝負を受けると思って先に構えたのだ。その信頼を裏切ることなんて俺にはできない。
俺も構えを取って、力を溜め込む。
数秒立った。
止めようとしても、もう間に合わない。
今、半端な攻撃をすれば暴発し、この闘技場が破壊され生き埋めになってしまうだろう。
俺が今から繰り出そうとするセミラミスのスキルを相殺できるだけの力を持って迎撃しなければ、この城がどうなるか分からない。それでも身動き一つ取らずにいる俺を見て、セミラミスは眼を眇める。
「ふ……。そういうところだけは嫌いじゃないかもな」
「え?」
「なんでもない。いくぞ」
「――ああ」
面の攻撃ではどうしようもない。
あちらが一点に力を集中させているのなら、こちらも一点に集中したスキルを使わなければ勝てない。
だから、こっちも最強の一撃で持って応えよう。
「『魔術拳・バーンブレイク』」
合成した即席のスキル。
使い物になるか分からないが、実践向きではない威力重視のスキルなど反復練習なんてしていない。だったら、こちらも賭けに出なければ勝つことはできない。そう判断してセミラミスのパーソナルスキルを参考にしてオリジナルのパーソナルスキルを作らせてもらった。
こんなことになるなら刀を持ってくれば良かった。なるべくセミラミスと条件を同じにした方が成功率は上がっただろうに。
今はもうこの拳をぶつけることしかできない。
「「あああああああああああああああああああっ!!」」
二人のパーソナルスキルの衝撃がぶつかり合い、闘技場全体が揺れた。




