第25話 女騎士セミラミスは好戦的である(5)
「そのパーソナルスキル……。よりにもよって貴様が……」
セミラミスが慄いている。
そう。
他の誰かがこのパーソナルスキルを持っていたならば、そこまで脅威じゃない。
世界を巡った勇者だからこそ、『スキル合成』は真価を発揮する。
パーソナルスキルは、その人間に適したスキルが発現すると言われている。
だが、俺はこのパーソナルスキルが発現した時、ハズレを引いたと思った。
なぜなら、まったく役立たなかったからだ。
この世界で生まれ育っていない俺は、この世界についての知識量が圧倒的に不足していた。
旅の中で敵と遭遇し『スキル合成』を使おうと思っても、知識がないせいでうまく活用できなかった。
『相手がどれだけ強力なスキルであってもスキル合成でコピーすれば敵に勝てる! だって、相手のスキルと、自分の知っているスキルを合成すれば、もっと強力なスキルができあがるから! だから、俺は異世界に来てからいきなりチート無双だぜ!』
と、とんとん拍子に事が進んだ訳ではない。
スキルは向き不向きがあるため、コピーしたスキルを発動できないことだってある。
それに、レベルの問題もる。
武術スキルレベル100の人間が長い鍛錬の末ようやく習得したスキルを、たかだがスキルレベル50の俺が使えるはずがない。
それに、失敗すればスキルを発動した自分自身がしっぺ返しを食らう時だってある。
それなりに、リスクを伴うスキルだ。
一番のリスクは、敵のスキルを合成するには、まず敵の攻撃を喰らわなければならないということだろう。
スキルを知らなければ合成もクソもないのだ。
だから、自然とカウンター型の戦い方をするようになった。
だが、そのせいで重傷を負うことだってある。
劣勢に立たされながらも、最後の最後に大逆転する。
その勝負の流れ自体は少年漫画の主人公のようでかっこいいが、現実ではそううまくはいかない。
ダメージが蓄積すれば、動きが鈍くなるし勝負には不利になる。
こっちがようやく逆転の一手を出そうとしたら、消耗しすぎて何もできない――なんていう事態だってありうるのだ。
だから俺はこのパーソナルスキルを手に入れたからといって、最強になれたわけではない。
弱点目白押しのパーソナルスキルだった。
だが、今は違う。
世界を巡り、常に最前線で戦い続けてきた俺は、世界でもトップクラスの経験を積んでいるといっていい。
何十年という戦闘経験はない。
だが、短くとも濃密な時を過ごしてきたという自負がある。
このパーソナルスキルが最強なんじゃない。
このパーソナルスキルを最強にしては俺だ。
だから、自信を持ってここに立つことができる!
「どうして……」
「?」
ボソッ、とセミラミスが呟く。
俯いていて顔色が見えない。
カタカタと震える剣に、ぽたりと水滴が落ちる。
それを合図に、セミラミスが剣を振るう。
突っ込んできた風の抵抗で、髪がめくれてしまう。
そのせいで、セミラミスが泣いていることが分かってしまった。
「どうしてそれだけの力がありながら! どうして世界を救う力を持ちながら! どうして! どうしてぇ!」
俺はハッとして『縮地』を使うことを忘れてしまう。
セミラミスも感情のまま剣を振るっている。
さっきまでは高等技術のオンパレードだった。
しっかりと研鑽された剣だった。
だが、今では見る影もない。
まるで、ただの駄々っ子のような剣の扱い方だった。
隙だらけで、今ならセミラミスを一撃で昏倒させることだってできるはずだ。
なのに、俺は避けるだけで何の反撃もできなかった。
ただただ圧倒されていた。
「たった一人の女の涙を止めることができないんだ!!」
セミラミスの言葉が、刃のように俺の胸に突き刺さる。
「俺……は……」
ザザザ、と砂嵐のように脳内にノイズが走る。
そこに浮かぶ女が、マリーとダブって見える。
救えなかった。
俺はまた泣かせてしまっていたのだ。
強くなりさえすれば、もう二度と涙を流させることはないと思っていたのに。
また、俺は繰り返してしまっていたのだ。
「私には何もできない。お前しかいなかったんだ。お前しか姫様の涙を止められる奴はいなかったんだ! それなのに、なんでぇ! なんでお前は平然としていられるんだ!! 答えろ勇者!! 答えろ剣持勇士!!」




