第23話 女騎士セミラミスは好戦的である(3)
パーソナルスキル。
スキルであっても物理法則を無視した力ではあるが、パーソナルスキルはさらに次元の違う力。
スキル自体は鍛錬を積み、この世界の人間であり、一定の条件が揃えば理論上は誰でも習得可能となる。
だが、パーソナルスキルは違う。
パーソナルスキルは世界でたった一人しか使えないスキルのことを言う。
過去に同じスキルを持っている人間が確認はされているが、同じ時代に同じパーソナルスキルを持つという記録は残っていない。
スキルの詳細をまとめた文献も数多く出版されているものの、新しいパーソナルスキルがどんどん生まれるため全てのパーソナルスキルを把握するのは実質不可能であるというのが世界の共通認識だ。
ただし、どのパーソナルスキルも習得が困難であるということは共通しており、何も持たずに一生を終える人間も少なくはない。
原則的にパーソナルスキルは一人に一つずつ。
その分強力なものばかりだ。
圧倒的経験値の差や実力差を埋めるほどのものもある。
そして、これがセミラミスのパーソナルスキル。
「『魔術剣』!? ……まさか、武術スキルと魔術スキルの混合スキルか?」
「そうだ。私の武術スキルレベルは90。そして魔術スキルレベルは10。総合スキルレベルは100――。恐らくそれが取得条件の一つだろうな」
この世界には、スキルレベルという概念はあってもレベルという概念がない。
RPGではレベルを上げていけば、力、素早さ、体力、かしこさなどが総合的に向上する。そんな親切設定などどこにもない。
それも冷静に考えると当たり前だ。
マラソンをして体力や筋力は向上するだろうが、知力が向上するわけではない。
そもそもレベルというシステムがこの世界にあったら世界を滅ぼせる人間がたくさんいることになるだろう。
仮に、ここにレベルカンスト状態の人間がいるとする。
きっと、くしゃみするだけでドレスブレイクするだろうし、ちょっと肩を叩いただけで人はピンボールのように飛んでいくだろう。
手に持っただけで箸は壊れるだろうし、寝ぼけてベッドをぶち壊すことだってしそうだ。
もしもレベルがあれば力の加減ができず、日常生活を送れない。
モンスターや亜人種などは生まれつき頑強な肉体を持っているが、この世界の人間の肉体は常人なのだ。
その代わり、スキルにレベルという概念がある。
スキルを使っていない間はこの世界の人間も、現代日本の人間もなんら変わらない。
モンスターを倒した経験値や修行で得た経験を自分の考えで、三大スキルのどれかに割り振ることができるのだ。
だが、気をつけなければならないのが、レベルが上がれば上がるほどに必要となる経験値が増大する。
レベルの上がる速度に個人差はあれど、普通の生活を送る人間はスキルレベル5もあれば事足りる。
だからスキルレベル90といったら、天才の中の天才が途方もない努力を何十年と積み重ねてようやく到達できるかどうかというレベル。凡人の俺ごときがたかだが数年普通に努力したところで、そのレベルに到達できないだろう。
これが、セミラミスの実力か。
だが、スキルを使えるのはそっちだけじゃないことを教えてやる。
「『スプラッシュ』!!」
相手が使ってくるのは魔術と武術の混合スキル。それが炎の剣ならば、こっちは水のスキルで対抗すればいい。
どんな相手にもマルチに対応できるスキル取得を俺はしている。
だから、俺は鉄砲水のようなスキルで剣の炎を消しにかかった。
だが、
「『アイススラッシュ』」
今度はパキパキと凍り付いた剣を振ると、氷の斬撃が走る。
距離に比例して肥大化する氷の斬撃が俺の『スプラッシュ』に当たると、一瞬で凍りついた。
それどころか勢いを殺さずに俺に向かってくる。
「うおっ!」
腰を落としてなんとか避けた――と安堵していると、がくん、と膝が折れる。
なんだ? と足元を見ると、
「こ、凍りついている」
地面に当たった『アイススラッシュ』のせいで氷山のような氷ができていて、俺の足まで凍りついている。斬撃を当てるのが目的じゃなかった。俺が躱すことも計算した上で、氷の斬撃を放ったんだ。力を込めても剥がれそうにない。
「貴様にこれをどうにかできるか?」
「くっ――今度はなんだ!?」
身動きができないのなら、防御するしかない。俺は腕を交差して、肉体を鋼レベルの硬化にして物理防御する『メタル』を使う。
セミラミスが地面に突き立てると衝撃が迸った。
ただの斬撃ならば威力を半減できたはずだった。
「『ショックスラッシュ』」
だが、セミラミスが使ってきたのは雷撃と斬撃を併せ持つスキルだった。
地面に張っていた氷を伝導して走った雷撃は俺を直撃した。
「アアアアアアアアアアアアッ!!」
耐衝撃用のスキルを使ったせいで、そのままの威力を受けてしまう。
氷は砕け散って動けるようにはなったが、肉体的ダメージを受け過ぎた。
俺は両膝をつく。
「つ、強い……」
「当たり前だ。貴様のこと姫様から少しだけ聴いたぞ。三大スキル全てに手を出したらしいな? 馬鹿にもほどがあるぞ。一つのスキルを極めなければ、器用貧乏で終わるというのに、常識がないにもほどがある。私ですら二つ目のスキルはレベル10で留めているのだからな」
そう、この世界の誰もが一つのスキルだけを極める。
他のスキルを鍛えるのが、明らかに時間の無駄だからだ。
セミラミスの場合、魔術スキルが10なのだから上げるのは簡単そうに見えるがそうではない。もっと上げればいいのにと一見すると思うが、上げようと思っても上げられないのだ。
総合スキルの限界値というシステムが存在している。
限界値とは、人間が一生で上げられるレベルの限界を意味する。
どれだけ才能があろうが、努力しようが関係ない。
ゲームのシステムのように壁が存在する。
総合スキルの限界値は100。
そう決まっている。
セミラミスがレベルの低い魔術スキルだけを上げようと思っても、総合スキルレベルが100あるのでもうどうしようもない。スキルレベルを上げることはもうできない。
だから、経験値の配分が大切なのだ。
スキルレベルが低ければ低いほど、最強のスキルは使えない。
だからバランスよくスキルレベルを上げていると、高度な専門スキルを未収得のまま一生を終える。
現代日本で転職ばかりしていて何のスキルも身に着けず出世できないのと同じように、移り気な奴は強くなれない。
それがこの世界の常識なのだ。
学校で教えるし、親も子どもに教えるほどの一般教養だ。
それを知らずにスキルレベルを均等に上げていた俺は、ある意味この世界じゃ最弱の存在なのかもしれない。なにせ、最上級のスキルを取得できるチャンスを棒に振ったのだから。
「貴様が勇者だと? 貴様が世界を救った救世主だと? 貴様のような中途半端な人間がか? 大方、他の仲間に隠れて、たまたま最後の一撃を魔王に浴びせただけじゃないのか? この私にすら勝てない程度の貴様の実力で、一体何ができる?」
「ああ、勝てないな。今のままの俺じゃ……」
着ている服は雷撃のせいで黒焦げだし、傷からは血が流れている。貧血気味でくらくらする。立ち上がることさえできていない。
想像以上の強さだ。
流石はマリーの護衛としてずっと一緒にいただけのことはある。
これほどまで強い奴は、俺が旅していた中でもそんなにいなかったよ。
「その言い回し、不快だな。まるでまだ真の力を出し惜しみしているように聴こえるぞ。まるで貴様にもパーソナルスキルが使える様な口ぶりだな」
「使えるって言ったらどうする?」
「なに?」
グググ、と力を込めて立ち上がる。
ぼちぼち反撃させてもらおうか。
「そろそろ見せてやるよ。俺のパーソナルスキルをな」




