第22話 女騎士セミラミスは好戦的である(2)
俺の城の地下には円形闘技場がある。
そこは戦いを行うための訓練場だ。
誰かのスキルによって防音、防護魔術が施されている。
ちょっとやそっとの衝撃では音が漏れないし、壊れないようにできている。
「武器はいいのか?」
「ああ、まあ、得意じゃないからな」
せっかくマサムネに刀を造ってもらったのだ。
試し切りぐらいしたいが、相手が悪すぎる。
多少腕に自信はあるが、相手は剣術において世界最高峰の使い手。
生半可な剣術は通用しないどころか、逆効果だろう。
武器を使うよりか、徒手空拳の方が俺は強い。
「寸止めじゃなくていいのだな?」
「もちろん。ただし、金的と目つぶしは禁止にしておくか」
「別に私はありでも構わないが。まあ、いいだろう」
「それ以外は実戦形式でいいだろ。勝利条件はどちらかが気絶するか、戦闘不能になるか、双方が納得するまででいいか?」
「いいだろう。もっとも、最後の勝利条件だけはありえないな。私はお前が気絶するまで戦うつもりなのだから」
「そうか」
さて、と。
最低限のルールは決まった。
金的と目つぶしは禁止といったが、心臓などの人体急所は禁止といっていない。
怪我どころの話じゃなくなるだろうが、今はとことんやりあいたい気分だ。
所詮は口約束だけどな。
なんたってここには審判、レフェリーがいない。
どうしてボクシングにレフェリーがいるのか。
判定のための点数をつけるだけなら、わざわざレフェリーがリング内にいる必要性などない。むしろ、試合の邪魔になる。
それなのにリング内にレフェリーがいるのは、ボクサーを止めるためだからだ。
止まらないのだ。
お互いが反則をするつもりなどなくても、手が止まらない時がある。
倒れてしまっている相手に殴りかかってしまうような試合だって実際に存在する。
それを止めるために、レフェリーはいるのだ。
だが、ここにはレフェリーも審判もいない。
いざとなれば反則をしてしまうかもしれないが、第三者の公平なジャッジはいない。
止める人間などいない。
それがこの戦いだ。
「さて、準備ができたら始めようか」
屈伸などの準備運動を始める。
こっちとしては本気なのだが、セミラミスはピキッと青筋を立てる。
「武術スキルを舐めるなよ」
そう言って怒ったのは、武術スキルを舐める人間が少なからずいるからだ。
三大スキル。
武術。
錬金術。
魔術。
その中で最も人気があるのは魔術スキルだろう。
一番使い手として多いのは武術スキルだろうが、人気のあるのは魔術スキルだ。一つのスキルで大規模な破壊をもたらすのは魔術スキル。
見た目が派手だし、才能のあるものしか使えないので特別なスキルだという認識の者が多い。
だから誰もが最初は魔術スキルを取得しようとする。
それを極めたのがマリーのような者だが、ほとんどの者が挫折して武術スキルや、錬金術スキルを選び取る。
だが、魔術スキルが絶対的なものではないことを俺は知っている。
「舐めていないさ。武術スキルだけを極めたヤバイ奴を俺は知っている。そいつの強さはある意味魔王よりも厄介だったよ」
「へえ。そんな奴がいたのか」
軽く流される。
まあ、信じていないだろうな。
だが、あいつはやばかった。
どんな鉄鋼も拳一つで貫き、どんな攻撃も肉体一つで受けきった。
化け物じみた強さを持っていた。
だから俺は武術スキルを極めた人間を下に見ることだけは絶対にない。
そもそも、どのスキルを選ぼうが同じだ。
例えば、身体能力向上のスキルを使うとする。
武術スキルならば、筋力などを増強して身体能力向上する。
錬金術スキルならば、薬品を生成して身体能力向上する。
魔術スキルならば、ステータス向上のスキルで身体能力向上する。
つまり、どのスキルを選ぼうが方法が違うだけで、最終的な結果は同じということだ。
だからどれだけ一つのスキルを極められるかということになる。
もちろん、武術スキルにしかできないスキルだってある。
だが、大事なのはどれだけ一つのスキルを鍛え上げたかということ。
その点において、俺は落第だろう。
「それじゃあ始めようか。剣持勇士、準備はいいか?」
「ああ、どう――」
全てを言いきる前に、セミラミスは剣を振るう。
不意打ちの一刀を避けた俺に、一瞬たじろぐ。
だがそれも一瞬だけのこと。
連続で斬りかかってくる。
高速の連続斬り。
並みの相手ならば今頃ズタズタに切り刻まれているだろう。
「――ちっ」
だが、俺はその全てをかわしていた。
確かに速い。
だが、逆に言えば速いだけだ。
狙いは正確で、人体急所を狙っている。
初速から速度が落ちないように、計算しつくされた剣の振りをしている。
だが、あまりにも王道過ぎる。
斬り方が直線的すぎるのだ。
フェイントの一つもない。
ただ速く正しい斬り方をしている。
だから、動きが予測できるのだ。
これなら、逆に素人の方がいい線をいっている。
どれだけ速く斬っても、次にどんな斬り方でくるか分かればまるで意味がない。
こんなの、目を瞑っていたとしても避けられる。
セミラミスは優秀だ。
だが、戦場での経験は少ないはず。
少なくとも魔王との最終決戦には参加していない。
その強さは、あくまでこの平和になった世界での強さ。
人間相手の剣術。
戦場で勝ち残るための泥臭さなどない。
ただの王宮剣術だ。
悪いが、戦争を経験した俺には止まって見えるぞ。
「速いが、経験不足だな」
剣術スキルの『トリプルクイックスラッシュ』を避けきる。
剣による高速の三連撃。
瞬時に三回連続での剣の乱れうちだが、避けきってしまえば大きな隙が生まれる。
俺に一太刀も浴びせることができずに焦ってスキルを使ったのだろうが、これで反撃ができる。
ズバッ!! と肩から出血する。
反撃しようとしたその刹那、俺は斬られていた。
なんだ。
何が起こった?
確かに俺は最後の一撃を避けたはずなのに。
「避けたはずなのに――そう思ったか?」
肩口の傷からボオオオ!! と炎が迸る。
ただの剣の一撃を喰らったわけではない。
「これ――は――」
「経験豊富な奴に限って、紙一重で敵の攻撃を避ける癖がある。だが、私の剣に決まった間合いなどない」
わざとか。
分かりやすいほど単調な動きをしていたのは、俺に学習させるため。
セミラミスの言うとおり、俺は無意識化でギリギリに攻撃を避けていた。
大きく避け続けていたら、いずれ剣戟についていけなくなる。
だから最小限の動きで躱し続けていた。
だが、それこそがセミラミスの狙いだった。
今なら分かる。
明らかに、セミラミスの剣の切っ先が伸びている。
鉄ではなく、炎の刃が伸びている。
そんなことできるスキルなんて俺は知らない。
見たことも聴いたこともない。
やはり、持っていたか。
セミラミスにしか持っていない武器を。
経験値の差なんて一足飛びにしてしまう、オリジナルのスキルを。
「『魔術剣』――それが私のパーソナルスキルだ」