第20話 王女マリーとは深い因縁がある(6)
ダンスが終わり、そして少しばかり一人の時間をもらった。
なんだかどっと疲れたのでひと眠りさせてもらった。
スッキリと覚醒して後に、ようやく会食となった。
避けられるものなら避けたかったが、ここまできたら逃げられない。
嫌な話題を振られるだろうが、なんとか誤魔化すしかないな。
「それじゃあ、召し上がりましょうか」
「ああ」
異世界の伝統料理を二人で食べる。
ナイフとかフォークばかり使う料理なので、少し手こずってはいるが、サリヴァンとの特訓のおかげでなんとかヘマせずに肉を切ることができている。
だが、まだ食べない。
美味しそうではあるが、やはり気が進まない。
なんで俺がマリーと食事しなくちゃいけないんだ。
「食べないのですか?」
「見られながら食べるのは慣れてないもので」
セミラミスとサリヴァンがずっと立ちながら観ているのだ。
マリーは注目されながら食べることに慣れているのだろうが、俺はそうもいかない。
まあ、それは本当だが、喰えないってことはない。
ほとんど嫌がらせに近い抵抗なんだけどな。
「セミラミス」
「はっ! 姫様! いかなる時も私は傍におります! どうされましたか? この無礼者を斬るご命令ですか!?」
「あなたも食事をしなさい」
「は、はあ!? そ、そんなこと私にできるはずがありません! 姫様と同じ席に座るなどと」
「セミラミス、どうやらユウシ様はあなたが立っているのが気になるらしいの。あなたがいることが邪魔に感じるらしいの。だから、できればサリヴァンさんもお願いできないかしら」
「承知いたしました」
サリヴァンはマリーの前じゃ大人しく従うだろうけど、セミラミスはそうはいかない。
あんないい方したらブチ切れるに決まっている。
「貴様ああああ」
ほらー、怒っているよー。
俺は悪くないのに。
「これで食べられますね?」
「ああ、はい、食べますよ! 食べればいいんでしょ?」
まったくいい性格しているよ。
確かに飯はうまいからいいんだけどさ。
「結婚をなさるつもりはないのですか?」
きた。
いきなり本題だ。
「私がここにきた最大の理由は、あなたに結婚の意志があるかどうかを聴きたかったのです」
「政略結婚なんてごめんだね。そっちだって嫌だろ?」
「私は相手が誰であるかが重要なだけで、結婚がしくまれたかどうかなんて関係ありません。恋愛結婚じゃない結婚なんてこの世界じゃ普通ですからね」
「へー。それじゃあ、政略結婚には賛成派なのか?」
「ええ。私はあなたに求婚しました。それは偽らざる私の意志でしました」
「なっ――」
いきなり何言いだすんだ。
セミラミスとかショックのあまり頭抱えているんだが。
「冗談も大概にしろよ」
「それはこちらの台詞です。あなた様は何故結婚しないのですか?」
「だから、それは、政略結婚みたいな、なんか卑怯な真似をしたくないんだよ!」
異世界の人間には分からないかもしれないが、現代日本じゃ政略結婚なんてありえないんだよ。
自由恋愛が普通なんだ。
自分が好きな人と恋人になって結婚する。
それが普通なのに、この異世界には付き合うっていう結婚の前段階さえあまり浸透していない。
好きになったら即結婚するのが普通みたいになっている。
まあ、モンスターのいる世界じゃいつ死んでもおかしくないから、子孫繁栄のためにもすぐに結婚しようっていう考えになっているのかもしれないけど、日本人の俺じゃそんなのついていけるはずもない。
「それが冗談だと言っているんです」
「はあ?」
「あなた様には本命がいるんじゃないですか? だから誰かと結婚したくないんじゃないんですか?」
「そ、そんなの――」
いるわけない。
本命なんていない。
ただ俺はいきなり誰かと結婚するのが嫌なだけだ。
……そんなことを言えばいいのに、言い返せなかった。
本命?
俺に?
俺には好きな人がいるなんて、そんなはずない。
そんな奴なんているわけないんだ。
ズキン、と頭が痛くなってきた。
なんだ、これ。
失ったものを思い出しそうな痛みだ。
「そしてその人は、私じゃない」
「マ、マリー…………」
マリーの瞳から涙がこぼれる。
そんなに悲しかったのか。
「その人はきっとここにはいない。だからこそ、あなたはずっとその人のことを想っている。そんなの、勝てるわけないじゃないですか。この世にいない方と勝負なんてできるはずがない」
「なんで、そんなこと、マリーに。俺はそんなことは――」
「分かりますよ。たまに、寂しげな表情でここじゃないどこかを見ているあなたのことを見ていたら絶対に分かります。だって、ずっと見ていましたから」
何も言えなくなった。
だって、何か言えばマリーを傷つけることになりそうだから。
「それに、あなたのことずっと好きだったから、分かり――ますよ……」
それからボタボタと涙を流し続けるマリーを、俺はただ眺めていることしかできなかった。




