第19話 王女マリーとは深い因縁がある(5)
「行きました。でも、みんな遠巻きに私を見るばかりで、誰も誘ってくれませんでした……。私から誘えればよかったのに」
「ああー」
その様子が安易に想像できてしまう。
みんな、本当は仲良くしたいはずだ。
そりゃあ、こんだけ美人だったら、男だろうが女だろうがお近づきになりたいに決まっている。
でも、相手はミステリアスな高貴なお方。
何を喋っていいのか分からない。
粗相をしでかして顰蹙を買ってしまったらと思うと、怖くて話しかけられるはずがない。
遠巻きに眺めて、お前声かけろよ、いやいや、お前がしろって、無理だって、うわー、やっぱり美人だよねー。ほんとうに可愛い、どうしたら仲良くなれるんだろうー、とか彼らにとってはいい印象しかないんだろうけど、そういう風にされるとマリーは嫌だろう。
何せ自分をのけ者にして話しているんだから。
それに、そういう内緒話は微妙に聴こえてしまう。
聴こえない部分もあるから、悪口かもしれないと考えてしまう。
でも、そんなこと分からないのだ。
特別な人間ににしか分からない。
集団から孤立してしまう人間にしか、その辛さを共有なんてできない。
だから、俺は凄く気持ちが分かる。
日本では、ボッチだったからなあ!
違うベクトルでみんなに遠巻きに見られてたよ!
ねえ、あの人、なにしているのー? いっつも一人だよね? ほら、見てよ。なんか本を読んでニヤニヤしているよ。なに、それ? もしかしてエッチな本だろ? あれ? 引くわー、学校でそんなもの読んでいるとか、引くわー。
ふざけんな!
友達いないから一人でいるのはしょうがないだろ!
ボッチじゃなかったら、俺だって友達と仲良く話しているわ!
スマホが学校禁止だから、ラノベ読んで昼休み時間を潰すしかないじゃん! ちょっと挿絵にエッチな描写がある時だってあるけど、読み応えのある重厚なストーリーのラノベだってちゃんと存在しているんだよ!
お前らが泣いたーとかいうライト文芸よりよっぽど濃密なストーリーだってあるんだ!
なんの伏線もなしにいきなり人殺しただけで感動するか、普通!
ペラペラッなストーリーだな!!
とか、言い返したかったけど、そんなことできなかった。
うんうん、分かる分かる。
俺とお姫様はきっと同じような境遇だったんだろうなあ……。
「学校では友達もできませんでしたから、当たり前ですよね。私とダンスパーティーで踊ってくれなかったのなんて……」
なんだ。
俺と踊りたかったわけじゃないのか。
誰かと踊りたかっただけか。
ちょっと期待していたけど、そういう理由だったんだ。
ショックだな。
でもこれで思い切りやれるな。
「ちょ、ちょっと」
「なんだ? ついてこれないのかな? お姫様」
強めに引っ張る。
さっきまでとは違ってゆったりとしたテンポではなく、速めのステップを踏む。
湿った空気を吹っ飛ばしてやりたい。
「よく言うわね」
「おっと」
いきなりターンを決める。
思わず手を放しそうになる。
お互いがにやっと笑い合う。
決して嫌なわけじゃない。
俺の気遣いにマリーが気づいて、そしてマリーが気がついたことに俺が気がついたのだ。
言葉で交わさなくともいい。
むしろ、今は邪魔だ。
喋らずとも、気持ちが理解できることが嬉しい。
優しさが心に染みる。
今のままじゃ、マリーにとってダンスは嫌な思い出でしかない。
そんなことはさせない。
そんな辛い記憶、俺が忘れさせてやる。
アップテンポな音楽に変わる。
ピアノを演奏しているサリヴァンが、粋な計らいをしてくれた。
情熱的なダンスに切り替わって、俺達は踊る。
広い空間を使う。
隅から隅までくまなく踊る。
ぐるぐる空間が回る。
嫌なこと全てを忘れてしまうように、身体を動かす。
肩関節が外れそうになるけど関係ない。
いつまでも踊っていたい。
だけど、いつかは終わりが来る。
「はあ……」
踊り終わった。
ピアノの演奏も同時に終わる。
お互いに息が切れている。
充足感に包まれているせいで、何も話せない。
静寂だけが空間に存在している。
だが、どこからともなく、パチパチと火花のような音が聴こえる。
俺が首を回すと、サリヴァンが立ち上がって拍手していた。
渋面を造りながらセミラミスも追従する。
マサムネやアシュラだってそこにいて拍手していた。
いや、それだけじゃない。
厨房のコックや、他のメイドなどの使用人。
あらゆる城内の人間がそこにいた。
ピアノの音楽につられてみんなここにきたんだろう。
お世辞にも、俺達のダンスはうまいとはいえなかった。
だけど、必死に踊っていた踊りは、見ている人達に何かが伝わったんだろう。
割れんばかりの拍手がダンスホールを反響する。
今、最高に気分がいい。
「ありがとうございます」
照れながらマリーはお礼を言う。
「こちらこそ、楽しかったよ」
本当はもっと踊っていたかった。
でも、どれだけ楽しいことだって終わりがある。
だから名残惜しみながら俺達は密着していた身体を離した。