第17話 王女マリーとは深い因縁がある(3)
それからしばらくして、マリーはようやく落ち着いてくれた。
瞳は真っ赤になっていたが、セミラミスなどが見ても気がつかないだろう。
「すいません、みっともないところを見せてしまいましたね……」
「いいものみせてもらったよ」
「…………っ!」
「冗談! 冗談だって!」
可愛く拳を掲げるマリーから慌てて逃げる。
「それにしても、なんでいまさら。もっと早く言ってくれてもよかったんじゃないのか?」
「そうはいきません。あなたは確かにこの世界を救った英傑です。ですが、救う前は平民。いや、異世界からの来訪者。身分が天地ほどもありました。そして、今は英傑であると同時に王になられた。ようやく私も胸の内を曝け出すことができました」
「そういうものか?」
「はい。仮に私の土下座が他人に知られた場合、私の権威だけでなく、私の国の民まで危険になるのです。王族は決して隙を見せてはいけない。国民を守るために、常に表情を崩してはならない。涙を流すことなど言語道断なのです。ですが、今のあなたは私と同格、いやそれ以上の地位になりましたのでできるようになったんですよ」
確かにな。
王族の人達を見たことがあるけど、みんな笑顔だった。
嫌なことだってたくさんあるはずなのに、常に微笑していて――痛々しかった。
造り物のように思えたから。
異世界の人達は、多分日本よりも他人の眼を気にしてなくてはならない。
身分差がはっきりしているから。
「貴族と平民の溝は深いからな」
「あなた様の生まれ育ったところには、貴族と平民の垣根はないのですね」
「ああ、奴隷もいないな」
ぶっちゃけ、この世界の奴隷よりも、日本の社畜の方が勤勉な気がするけどな。
「まあ、そういう身分制度はないな。一応平等っていう建前はあるよ。差別はなくならないけどな」
「それでも、素晴らしいと思いますよ。貴族と平民の身分差がない。それどころか王のいない国で人々から代表者を選別するというのは、あまり想像できませんが」
「まあ、王みたいな人はいるんだけど、あくまで象徴だからな……」
「お話を聴いた時は素晴らしいものだと思いました。世界を変えるのですか? 差別のない世界に……」
「世界はそんな簡単なものじゃない。そのぐらい分かっているよ。それとも、わざと言っているのか?」
マリーは嘘臭い笑みを溢す。
「いいえ、そんなことは」
民主主義で国の代表を決めるにしても、問題がある。
それは、すぐに代表者が変わってしまうことだ。
何度も国のトップがすげ変わってしまったら、国が混乱する。
他国からも舐められる。
そして逆に、貴族が一方的に実権を握る社会では、独裁政治に発展しかねない。
だが、国のトップは常に一緒のため、変化が乏しく混乱が起こらない。
二つの利点だけを生かして、国の代表者と国の象徴のいる日本はかなり完成されていると思う。
日本に生まれてきた身としては、そうした方がいいと思うことは思うのだが、そう簡単に提案はできない。
国の体制を一気に変えることなどできるはずがない。
国民が大きな変化についていくはずがない。
長い時間をかけて、彼ら自身で築き上げるべきものだ。
本来部外者である俺がそこまで口出しなんてできない。
するにしても、世界からではなく、俺の国からだろう。
「王とは無縁の世界から来たあなたが、よく王になる決意ができましたね」
「まあ、な」
ほとんど成り行きでした、とは言いにくいな。
どうしよう。
あんまり王としての覚悟なんてしていないんですけど。
なんだか恥ずかしくなってきたんですけど。
「こほん。あの、ユウシ様」
「どうした? いきなり改まって」
「夕食まで時間があります。それまで少しお時間をいただけませんか?」
「ま、まあいいけど」
本当だったら自分の部屋に引きこもっていたんだけどなあ。
長時間ずっと他人と話していると疲れるし。
同じ人といると会話の種が切れて気まずくなるのも嫌だしな。
一人オセロでもやっておきたいんだけど。
「それでは、あなた様の国の言葉で誘わせていただきますね」
マリーが優雅に手をさし伸ばす。
「Shall We Dance?」
ダンスに誘ってくれたけど、それ、英語ですね。
土下座といい、変な文化を覚えていくな、このお姫様。




