第16話 王女マリーとは深い因縁がある(2)
「なんだ、まだそんなことを気にしていたのか」
「そんなことではありません! 私は――ずっと、そのことを――」
ガバッと起き上がると、俺に詰め寄ってきたので手首を掴む。
無理やり引っ張り上げて、椅子に座らせる。
「どうして?」
「どうしても何も、そのまましておけるわけないだろ?」
「どうしてですか‼ 私は、あなたにとんでもないことをしてしまって申し訳なく思っているんです」
「それは、いいって言っているだろ。マリーに異世界召喚されたのだって何年前の話なんだよ」
異世界召喚。
禁忌の魔術。
グランディール王家にしか伝わっていない秘術であり、今現在使えるのはマリーしかいないらしい。
俺にも原理は教えてもらってはいないが、そう何度も気軽に連発できるものではないらさいい。
この世界と俺のいた世界を繋ぎ、勇者を召喚、もしくは帰還させることのできる魔術。
空間どころか世界さえ飛び越えることができる魔術なのだ。
そうおいそれと使えるものじゃない。
しかも、俺の場合、何の予告もなしに召喚された。
メールであなたは異世界召喚しますか? と訊かれることもなかった。
死んでしまって異世界転移したわけでもない。
俺は普通に生きて生活していた。
そんな俺を無理やり連れてきたのだ。
魔王を倒す器があると言われ、スキルの修行やモンスターとの戦いを強要された。
普通ならば、全ての元凶であるマリーを恨んでもおかしくない。
この世界の敵が魔王だったのならば、俺にとっての敵はマリーだったのだ。
「私のせいで、あなたを戦いに巻き込んでしまった……。私達の都合で家族と離れ離れにしてしまった。ほんとうにごめんなさい……」
「いいって言っているだろ。俺は元いた世界じゃ居場所なんてなかった。だから、マリーにはむしろ感謝すらしているんだ」
「えっ?」
そう。
俺は元いた世界には未練なんてない。
戻りたいなんて思わない。
確かに辛い日々ばかりだった。
もしかしたら、元の世界よりもよっぽど辛い目に合っていたのかもしれない。
最初から才能があるわけじゃなかったから。
異世界にきてチートし放題。誰にも負けずに、無双しまくった。――なんてことはできずに、地道に俺は努力しまくった。
しんどかった。
だけど、それ以上にこの世界に来てよかったことがたくさんあった。
「それじゃあ、元いた世界に戻らないんですか? 魔王を倒してやっと自由になれるのに! やっと幸せになれるのに! 私のことを恨んでいないのですか!?」
「戻らないよ。それに、俺はもう十分自由だし、幸せなんだ」
目を瞑って思い出す。
俺がこの世界に来てからのこと。
辛かった修行の日々。
旅の道中で出会った人や、別れてしまった人。
もう、二度会えない人や、どこにいるか分からない人達のことを。
「アシュラや、マサムネや、セミラミスに、サリヴァン。それ以外にもたくさんの人と出会えた。大切な人も大切なものもできた。そんなの、元いた世界じゃ手に入らないものばかりだった。それから――」
それから、そうだ。
最も大切なことを言い忘れていた。
「そんな大切をくれたのは、マリーなんだよ」
どうして、今さになってマリーが土下座したのか分からない。
でも、謝るべきは俺の方なんだ。
恥ずかしくて言えなかったけど、俺は感謝の言葉をしっかりとマリーに伝えたことがなかった。
全ての元凶であるマリーがいてくれたからこそ、こんな楽しい日々を送れているんだ。
「マリーが俺を異世界召喚してくれたから、今の俺はここにいる。だから感謝することはあっても、恨みはしない。……ありがとう、マリー」
「うっ、うああああああああああ!」
「まさかの号泣! 頼むから止めてくれ!」
これ以上大声出したら、扉の外できっと聴き耳を立てているセミラミスが乗り込んでくる。
俺はマリーの泣き叫ぶ声が漏れないように、必死になって抱きしめた。
服で防音したのだ。
あまりにも不敬な行為なので突き飛ばされて文句は言えない。
だが、マリーは泣きながら腕を背中に回して抱き返してきた。
それから、泣き止むまでずっと、俺はマリーの体温を感じていた。