第15話 王女マリーとは深い因縁がある(1)
風呂場でセミラミスの襲撃を受けたさいに、ちょっとしたトラブルが起きた。
神に誓ってわざとではない。
だが、アシュラの大事な箇所を口に含んでしまったことは事実だ。
あれからひたすら謝罪して、なんとか赦してもらった。
というか、動揺していて心ここに非ずと言う感じで、俺の話はあんまり聴いていなかったような気がする。
セミラミスは怒り狂っていたが適当にあしらっておいた。
あっちが本気でスキルを使おうとしたが、第三者が仲裁に入った。
グランディール王国の王女。
マリー。
今日俺が会食する予定の相手であり、俺にとっては因縁のある相手だ。
傾国の美女と呼ばれるだけあって、とびきりの美人だ。
王族じゃなければ出せないような高貴なオーラも相まって近寄り難い。
純白のドレスに身を包みながら、豪奢な飾り物を至る所につけているせいで輝いて見える。
柔和な笑みを絶やさない綺麗な彼女は国民の人気がとんでもなく、現国王をも凌ぐらしい。
だが、俺は知っている。
彼女がただの綺麗なだけの女性ではない。
権謀術数に長けた女狐だ。
「随分と愉快なことをなさっていたみたいですね」
そう言うと、優雅に紅茶を飲む。
そんな所作ですら庶民とは違う。
彼女は、いつも食事を食べる長テーブルに座らせている。
「ただ娘と風呂に入っていただけだ。というか、見たか?」
「何をですか?」
「俺の裸だよ! どいつもこいつも勝手に風呂場に入ってきて! 変態か!」
「貴様、姫様になんという口を! やはりここで叩き斬る!」
セミラミスはマリーの後ろに立ったまま控えていた。
椅子に座るように言ったのだが、何があってもすぐに対応ができるように立っておきたいと固辞した。
どんだけ警戒しているんだ。
何もやるつもりはないし、あっちもそのことは分かっているはずだ。
少なくとも、姫様の命を殺めるとかそんな大それたことはしない。
彼女のまじめすぎる性格がそうさせているんだろう。
「……セミラミス。下がりなさい」
「はっ。し、しかし姫様、この不埒者と一緒にいるのはあまりにも――」
「あなたがいると話がすすまないの。――二度は言わないわよ」
「分かりました! それでは私は外で待機しています。ですが、何かあればすぐに及びください。姫様をお守りするのが私の使命ですので!」
そう元気よく言って扉を閉めた。
最後までうるさかったな。
「それから、サリヴァンさん。あなたもできれば退席して欲しいんですが」
「……はっ。失礼いたします」
実はサリヴァンも傍にいたのだが、こっちは何の反論もせずに出ていった。
しかし、どういうつもりだ?
ただの一般人が二人きりになるのとは話が違う。
二人とも今や国の代表者だ。
それが密室に二人という状況はいろいろ問題がある。
何か口論がおき、それが戦争に発展することだって一般的には考えられる。
その時にどんな話し合いがされたのか証人として、お互いの関係者を配置しておくことは絶対に必要なはずだ。
セミラミスの反応は決して過剰ではない。
むしろ、おとなしいぐらいだ。
リスクを負ってまで人払いするってことは、必ず相応の理由がある。
嫌な予感しかしない。
「……彼女は悪い人じゃないんだけどね。少しばかり私のことになるとムキになり過ぎるところがあるから」
「少し、ねえ。でも、それだけマリーのことを慕っているってことだろ。小さい時からずっと一緒にいたんだろ?」
「ええ。物心つく前からずっと一緒です」
幼なじみってことか。
お互いが思い合っているとは思っていたけど、そこまでの仲だったのか。
セミラミスがあれだけ暴走するのもしかたないな。
それだけマリーのことが好きなのだろう。
「……それで、話があるって何だよ。どうせ会食で話すだろ。まだ夕飯の時間じゃないだろ」
「確かにまだ時間には余裕があります。ですが、少しばかり長話になりそうですし、二人きりでお話しする機会も会食の時はないかもしれないので」
「へえ。何か内緒にしておきたい話でもあるのか?」
「ええ。国益に。いいえ、それ以上に私の尊厳に関わりることがあります」
マリーは立ち上がる。
そして、ゆっくりとこちらに向かってきた。
「え?」
それからガバッと勢いよく倒れこむ。
貧血か?
と思ったら、わざとらしい。
長いスカートのせいなのか、慣れていないのか、床に正座をし始める。
そしてジャパニーズ土下座をした。
「はあ!? お、おい! 何やっているんだよ!!」
「あなたの国ではこれを土下座といって、最大限の謝罪方法だと聴きました。あなたの国の文化に合わせることが、私の気持ちです」
「だからって、そんなことするな! お前だって一国の王女様だなんだろ!」
「そんなものは関係ありません」
マリーの瞳からは強い意志を感じた。
絶対に謝るという意思が。
そして、もう一度深く頭を垂れる。
「何度謝っても謝りきれません。あなたを召喚してしまったことを今でも申し訳なく思っています」