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実熟れ時  作者: 皇 凪沙
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6.夜談


 空を覆う雲を割って、太めの半月が顔を出している。

 幾日か降り続いた雨が止んで、十分な水気を蓄えた葉蔭に蛍が幾つも飛んでいた。

「───聞いたよ。」

 と、須弥壇(しゅみだん)の上を見上げて、えんはそう言った。

「そうか───」

 閻魔王が頷く。

 町では起きたばかりの、僧の師殺しの噂が飛び交っていた。

 この辺りでは大きな、由緒のある寺院の寺内で起きた事でもあり、噂はどれも曖昧だったが、寺内の僧が寺に来てまだ日の浅い弟子の僧に殺されたのは、間違いない様だった。

「噂じゃ、殺したのはまだ年若い僧らしいけど。」

 倶生神が肯いた。

「いずれ───お仕置きになるんだろうね。」

 次にはあのおとこを殺した者が此処に来るだろうと言った閻魔王の言葉を思い出し、えんは問う。

「いずれそう遠くはない先に、此処へ来る事になるだろう。」

 閻魔王が憂い顔で云う。

「殺された者にも非のある事だというのに、痛ましい事に御座います。」

 倶生神が、手元の鉄札(てっさつ)(おもて)に指を這わせながらそう言った。

 寺社への風当たりが強くなっている昨今、人がひとり死んでいるからには、仕置は重くなるだろう。弟子が師を殺したとなれば、磔になってもおかしくは無い。

 無残な処刑を思って、えんはため息を吐いた。

「いずれにせよ、犯した罪の報いが返るのだ。仕方があるまい。」

 そう言う閻魔王に、倶生神が頷く。

「せめて、自害に失敗したのが救いに御座います。もしそのままに此処へ来て居れば、その罪は更に重くなった事でしょう。」

 閻魔王が低く笑った。

「僅かに罪を減じたところで、僧の身で僧を、しかも師僧を殺したのだ。本来ならば無間地獄を免れはせぬ───」

───さて、どうしたものか。

 そう言って、閻魔王は憂い顔を上げた。

「まだ幾らか時はある。罰を与えたあのおとこも、今頃は己の所業に思いを巡らし、悔恨の涙を流しておろう。」

 ああ───

 と、えんは、報いを受けているおとこの事を思い出す。

 浄玻璃の鏡に映る責め苦の様は、苛烈で無情だった。苦痛を訴える相手さえなく、責められ続けるおとこの苦しみを思うと、空恐ろしい思いがする。

「あの坊主は、一体何をしたんだい。」

 ふと足元に目を遣ってそう問うえんに、答える声は無い。

 気がつけば閻魔堂は闇に沈んでいた。

───だんまりか。

 闇に沈んだ須弥壇を見上げ、えんは呟く。

 開けたままの扉から、ちらちらと青い光の筋を引いて蛍の飛び交うのがみえた。

 師弟となって僅か数日の二人に何があったのかは知らないが、意に染まぬ人殺しだったのなら、若い僧には気の毒な事だ。自害も叶わず牢屋敷に送られ、いずれ来る死を待ちながら、牢格子の中で何を思うのかと考えて、えんは重いため息をついた。


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