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実熟れ時  作者: 皇 凪沙
14/30

13.晒


 朝の涼しさが、照りつける日差しに次第に温められていく。

 晒し場には、日中にはまだ強く照りつける陽射しを遮る為の、小屋掛けがされていた。

 野次馬の騒めきを聞いて、えんは足を止める。

 役人に先導され、下人に縄を取られた僧が引かれて来るのが見えた。衆目に晒されたその僧の、あまりの若さにえんは顔を(しか)める。まだ子供の様なその僧は、野次馬の声に怯える様に身を縮め、じっと項垂れていた。

 小屋掛けの中で待つ非人等に渡され、罪人であるその僧は晒し柱に括られる。柱の前に敷かれた筵の上で、その僧は連れてこられた時のまま、じっと項垂れ身を縮めている。項垂れ俯いた顔は、涙に濡れているようだった。

 人殺しの罪人とはいえ、哀れな様を見兼ねて目を逸らし、えんは傍らの捨札に目を遣る。

 其処には三日の晒しの後、僧衣のまま磔とする旨が、残酷な程に黒々と書き付けられていた。京で得度しこの地の寺に預けられたこの僧は、預けられて幾日もせずに師僧を殺して捕らえられたものらしい。僧として新たに得たのだろう名と共に預けられる前の寺の名が、在所の代わりに書き連ねてあった。

 捨札から項垂れる僧へと目を向けて、えんは小さくため息をつく。

 案じた通りの磔刑、しかも僧衣のままとされたのは、昨今の寺社の乱れに対する戒めなのだろう。寺社の取締りの厳しくない時節であったなら、せめて生きて衆目に晒されること無く静かに死んで往けたかも知れないと、えんは項垂れ身を縮めるその僧の不運を哀れに思う。

 陽射しの強くなってきた辻に、人影が多くなる。

 この夏中、口さがない者達の噂の的だった悪僧が大路に晒された事を知り、小屋掛けを囲んで張られた縄囲いの外に、多くの野次馬達が集まりだしていた。無遠慮な声が飛び、罵り嘲る言葉が投げられる度、項垂れた僧の肩が震える。

 遣り切れない思いでえんがその場を離れかけた時、役人がひとり罪人の側に寄るのが見えた。辻の一角を指差し、何かを囁く。指差す先には、見覚えのある旅装の僧がひっそりと立っていた。

 項垂れていた僧が顔を上げ、その目が師の姿を捉える。

 何かを振り払うような仕草の後で、不意に若い僧は凛とした顔で前を向いた。野次馬達に向けられた目は、先程までの有様が嘘のように静かに落ち着いている。

 野次馬達が静かになった。

 僧には惜しい程の端正な顔を惜しげも無く晒して端然と座る僧を、野次馬達が魅入られたように見つめる───

 僅かな間に其処に見える風景が変わるのを、えんはその目に見た。

 やがて我に返った野次馬達が、再び声を上げ始める。次第に高くなるそれはしかし、先程までとは違って幾つもの驚嘆の声が混じり始めていた。

「惜しいねえ───」

 小さくそう呟いて、えんは唇の端に悲しげな笑みを浮かべる。

 三日の後にはあの若い僧に閻魔堂で会う事になる。

 それがなんとも言えず哀しくて、えんはその場をそっと離れた───


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