12.沙汰
やがて夏も過ぎ、盆会が近づいた頃、彼の沙汰は決まった。
京の寺社方とどうした協議が成されたのか、一介の役人である男には分からなかったが、下げられた沙汰状には、所属寺が元寺のままの彼の名と、預かり寺にて罪を犯し、その地にて仕置く旨が綴られていた。
間も無く言い渡しがある事を伝えると、若い僧は固い表情で頷いた。
「寺社方の立会いは、私が務める。」
そう言うと、彼は少し青褪めた顔に安堵の表情を浮かべ、
「───お見届け下さいますか。」
とそう言った。
明日の晩には、翌朝刑死人の呼出しがある印の切り縄が、牢格子の隅に掛かる事になるだろう。覚悟はとうに出来ているにせよ、眠れぬ夜を過ごす事になるかも知れない。
掛ける言葉とて無く、その日男は言葉少なに牢屋敷を出た。
牢舎の板戸が開け放たれ、初秋の朝の涼風が牢格子の中まで流れ込んでくる。牢役人が数人の手下を従えて、彼の牢の前に止まった。
彼は静かに目を上げる。
昨夜の内に、既に今日の呼出しは伝えられていた。
言い渡しの前に身支度を許され、剃髪し軽く清めた肌に、差し入れられた新しい白衣をつけ、しばらく袖を通していなかった墨染めを着る。左手に掛かる数珠を丁寧に懐に入れ、彼は小さな牢を出た。
これ迄とは違い、彼の身体に厳しい本縄が掛けられる。
牢舎を引き出される間際、彼はふた月程を暮らした狭い牢を振り返った。死罪が言い渡されれば、そのまま刑場に向かい、二度と戻る事はない筈だった。
暫くぶりに外へ出て、彼は眩しさに目を細める。名残の夏の匂いがして、秋の初めの爽やかな風が吹き過ぎる。見上げると頭上にはまだ青の濃い綺麗な空が広がっていた。
程なく牢屋敷の白洲に引き出され、彼は検使の役人の前に据えられる。横手に、見慣れた寺社の役人の姿を見て、彼は小さく安堵の息をついた。
「───相違無いか。」
彼の名、所属寺、年齢を読み上げて検使の役人が問う。名は僧の名のまま、所属寺は元寺の名だった。
「御座いません。」
そう答えると役人は頷き、次に罪状を読み聞かされる。己の犯した罪を、彼はじっと項垂れて聞いた。
「───以上の事、重々不届至極につき───」
いよいよ、沙汰が言い渡される。覚悟していたにも関わらず、死への恐怖で膝が震えた。身の内から湧き上がる恐怖を抑えるように、彼は目を閉じ唇を結んで、縛められた両手を握る。
俯き身を震わせる彼の上に、役人の声が響いた───
───僧衣のままの磔。
それが、彼に言い渡された沙汰だった。
磔には、三日の晒しが加えられ、四日目に刑場まで引廻されて、お仕置きになる。今直ぐに命を取られる事は無いと知った安堵で脱力する間も無く、彼は晒し場へと引き立てられた。
本縄を掛けられたまま、牢屋敷を引き出される。役人等が前後に立ち、下人等に囲まれて町家に差し掛かると、彼は忽ち物見高い者たちの好奇の目に曝された。
捨札さえないものの、僧衣の上に鷹の羽返しの本縄を掛けられた彼の姿は、噂の師僧殺しの罪人と直ぐに知れてしまうのだろう。囁き交わす声と、向けられる悪意の込もった眼差しに、彼は為す術も無く俯いた。事情はどうあれ既に仕置きを言い渡された身には、向けられる悪意に返す言葉もない。
罪を犯した身とは言え、次第に増える見物人の前を見世物の様に引き立てられる惨めさに、やがて彼は身を縮め、じっと項垂れたままで晒し場までの道のりを進んだ。晒し場のある辻には、既に、晒される罪人を待って人垣が出来ている。その人垣を割って縄囲いの内に入れられ、彼は晒し場の非人等に渡された。
小屋掛けの中央に敷かれた筵の上に座らされ、後手に柱に括られる。
そうして項垂れたまま、彼は衆目に晒された───