かかってきやがれ
光に誘われ、現れた場所は真っ青な空。それもかなりの高度なようで森の木々や街の家が小さく見える。しかし、そんな景色もゆったりと見ている暇などなかった。
「ぬぉぉぉあ!なんで空に俺を放り出すんだよ!また死ぬじゃねーか!」
全身に風をまとい高速で地に向かってダイブして行く。無論パラシュートなどない。次第に迫る地面に恐怖心が増大していたその時、淡く小さな光りが華麗に舞い踊りながら幹人の元へと近づいてきた。すると光は消え、小さな男がその身を露わにした。
「やあ、私の名前はヴェノム。君の従者となった天使。宜しく頼みますよ主」
サラサラな紫色の髪を靡かせ、ニコリと笑いその小さな手を差し伸べてくる。が、幹人にはそれに応える余裕などなかった。
「宜しく頼む。じゃねぇーよ!この状況どうにかしろ、死んじまう!」
あぁ、と手をポンと叩き饒舌な口を動かす。
「その事でしたらノンプロブレムです。主人は神になるお方。故に最低限ですが、神の権能を与えられ...」
直後、壮絶な着地音が辺りを鳴り響かせた。ヴェノムによる説明が終わるよりも速く幹人は地へと落ち、砂塵を巻き上げていた。相当な衝撃であったのか、若干クレーターの様な窪みが地面にできておりその中心に幹人は砂まみれで倒れていた。ヴェノムは恐る恐る近づき、頬を突いてみた。瞬間、素早い動きでヴェノムを掌で掌握し鬼の形相で顔を睨みつけた。
「ッヒィ!主?お怒りで?」
「これで怒ってなきゃ、なんなんだ!!あ゛ぁ゛?助けるとかしろってんだ馬鹿野郎!」
女神に怒鳴り散らす事ができず、ヴェノムに対し激昂する幹人。それに対し、なだめる様先ほどの説明をはじめる。
「いぇそれは大変申し訳無かったですが。理由があるんですよ。先程申しました通り主は神の権能の一端をその身に宿しております。その力を実際に体感してもらおうと思いまして...」
「なるほど、要は俺は強い力を身につけた。それを体感して欲しかったって事か?」
説明後は怒りのボルテージが下がった様に見えた。それに安堵して話を続けようとするが。
「YES!その通りですっがはぁ!」
鉄拳制裁。幹人全力の拳骨が脳天を突き刺す。
「痛い、とても痛い。何をするんですか主よ!」
「阿呆かテメーは!やり方ってもんがあるだろうが!それを考えろ!」
神の力を体感させるとはいえ空からのダイブは余りにもやり方が馬鹿げている。だがしかし、それなりの高度から落ちたのだが擦り傷程度で済んでいる。怒りを発散した後にそれに対して驚きを感じていた。
「でも、すげーなその神の何とかってやつは。あんな衝撃でも擦り傷だぜ?」
「神の権能です。それに主のいた世界ではすごい事かもしれませんがこの世界では当たり前です」
その言葉を聴き、幹人は眉をひそめ疑問を問いかける。
「そいつはどいう事だ?この世界の住民は全員頑丈なのか?」
「NO、この世界には魔法と呼ばれる事象が存在します。それにより身体を強化したり炎や水、果てには雷や光を放つ事ができるのです」
魔法、それは思春期の男子は一度は憧れる超常の事象。それをこの世界ではごく普通に扱い生活の一部になっていると言う。
「合点がいったぜ!つまり身体を強化できるからあんな高さから落ちても平気って事だな!」
「その通りでございます。さて、他にも説明する事があるのですが...招かれざる客の様ですよ」
「なんだそいつは?」
少々疑問に思いながらも辺りに目を配り、耳を傾ける。辺りは無音...天使を再び殴ろうとしたその時、木々の隙間を縫って一つの影が此方へと向かってくる。
「なんだ、狼かなんかか?」
「ご名答です。その通り狼ですがそちらの世界とは一味違いますよ」
ニヤリとほくそ笑むヴェノムに対し、幹人はこれまでにないほどの笑顔で応え、吠える。
「そいつは面白そうじゃねーか!かかってきやがれ!狼野郎!」