ありがとよ神さま
流行り物に乗っかるしかない
宇宙最強の男になる!単純な男の夢だ。それを追い求め続け、がむしゃらに喧嘩を繰り返していった。ただひたすらに追い求めた男は宇宙最強と比べれば小さいが、ある一つの頂へと至る。
*
「ッオラァァ!」
「っぬぉ!」
夕暮れの校庭、赤く焼けた太陽を背に2人の男は殴り合う。両者は既に満身創痍、それでも殴り続ける彼らに傍観者は息を呑む。体力の限界を超えた彼らを支えるは男の維持と執念。
「テメェごときに負けるわにはいかねぇんだよ!」
「なめてんじゃねぇよ!俺にも矜持ってもんがあるんだよ!」
「そうかよ!だったら歯ぁくいしばりやがれぇ!」
全身全霊の拳が頬を穿つ。その強烈な一撃に男の体躯は崩れ、その隙を逃さぬよう男の身体に飛び乗った。膝で男の関節を抑え込み、腕を振り上げ全力で顔を殴打する。抑えられた男は反撃の余地もなく無慈悲なまでに顔をやられ、失神した。その光景を眺めていた野次馬達は一瞬の静寂の後に歓声をあげた。勝者の男は拳を天にかざし、喜びの雄叫びをあげた。
男、天堂幹人は東京最強の不良の座を手に入れたのであった。
*
真っ赤な夕暮れの帰り道。勝利を掴んだ幹人は意気揚々とした足取りで歩みを進める。
「やっぱ喧嘩に勝った後は気分が良いな、オレが強くなっている事が実感できるぜ」
気分の高揚が抑えられず、独り言を言ってしまう。そんな中、なんの気もなく道路に目を向けると中央で遊んでいる子供がいたのだ。
(ガキが道路で遊んでやがる、車が来たらあぶねーじゃねーか。歩道に引っ張り出すか)
っち。と舌打ちをしながらも子供を連れ出そうかと思い立ったその時、最も恐れていた車が現れたのだ。次の瞬間には考えるよりも速く身体を動かしている幹人がいた。
(っちぃ!あの調子じゃ車も気づいちゃいねぇ、一か八か、間に合うか!?)
ボロボロの身を奮い立たせ、アスファルトの地面を駆け抜ける。車は子供に気づいている様子はなく、スピードを緩めずに直進している。
(気づかねーのかよ!!っくそ!?間に合うのか?)
車の眼前に飛び出し、子供の手を掴む。しかし、
(っ!足が。ちくしょう、今更になってガタが来やがったがなら...)
「ガキィ!テメェだけでも逃げやがれぇ!」
「うわぁ!」
かなり危ないが轢かれるよりはマシと考え子供を歩道に向けて投げ飛ばす。幸運にも、遮蔽物もなくその身はアスファルトの上を転がるだけで済んだ。そして、視界は真っ赤に染められた。
*
あぁ、全身がいてぇ。そしてうるせぇ。
耳元でカギがギャーギャーと泣いてやがる。
意識が朦朧として何を言ってるのか上手く聴き取ることができねぇ。黙らせてやらねぇとな。
「...大丈夫だ、クソガキィ..こんなもん寝れば治るんだよ...泣くんじゃねぇ。これに懲りたら道路で遊ぶんじゃねぇ」
真っ赤な視界の先、ガキが頷いてるのがギリギリだがわかった。
そいつは良かった。
わかりゃいいんだよ。
*
「...一体ここはどこなんだ?」
眼が覚めるとそこは青空の下。花々が風になびかれ、木々が生い茂ってる場所であった。
「天国か?あー!ちくしょう!ガキの所為で最強になる前に死んじまったじゃねぇか!」
花々の上で地団駄を踏んでる所、彼の前に一人の女性が現れた。白い清楚な布で身を包み、素足で花園を軽やかに歩み行く。顔は絶世の美女と言っても過言ではなく、その凛とした佇まいは高貴さを感じさせられた。
(天女ってやつか?マブイな)
天女と思わしき者は幹人の前にまで歩み寄り静かに口を開いた。
「天堂幹人さん。残念ながら貴方は死んでしまいました」
やっぱりか、と悔しさを地面にぶつけるように土を蹴飛ばした。
「ですが嘆く事はありません、ここは死者のくる世界ではありません」
「はぁ!?じゃあここはいったいどこなんだ?」
「ここは私達神の暮らす世界、天界。貴方は私の後継者として選びました、故にここにいるのです」
あまりの驚きに息を詰まらせた。それもそうであろう、神の後継者に選ばれたなどと聴かされたら誰でも衝撃を受けるはずだ。
「はぁ!?神だって?つまり、あれか?俺が神になるってか?」
余りの衝撃に脳がパンクしたのか語彙力0な質問を投げかける。
「その通りです。しかし、貴方は想定よりも早く死んでしまいました。本来なら貴方は現世において善行を積み、肉体を鍛えこの世界に来る予定でした」
しかし、そうなる事はなかった。彼は眼前の子供を助ける為に行動を起こし、未来を変えてしまったのだ。
「なるほどな、つまり俺がこのまま神になるってことか?」
「いいえ、違います。貴方はまだ未熟、この座を譲る事はまだできません。故に別世界に行き精神の成長と人を救い善行を積んでもらいます」
「つまり生き返れるって事か?」
女神はえぇこことは、とうなずき返す。
「そいつはラッキーだぜ!別世界っつ立って生き返れるなら儲けもんだ。だったら俺はその世界で最強を目指すぜ!」
「存分に目指してください。但し、悪い事はしてはいけません」
「悪いことなんざやらねぇよ。ところでよ、一つお願いがあるんだがいいか?」
「何でしょうか?叶えられる範囲でなら叶えてあげますよ」
「俺の髪の地毛を赤にしてくれ!男は赤だ!燃える魂の様な色にしてほしいぜ!」
拳を握り熱く語る幹人に対して女神はその程度なら。と真っ黒な髪に手を添えた瞬間、黒かった髪が一転真っ赤な色へと変色したのであった。
「おおこいつぁすげーな。ありがとよ神さま」
「この程度なら構いませんよ」
さて、と手を叩き幹人の元から女神が離れ口を開く。
「それでは幹人。貴方は間もなく修行の為別世界へと旅立ちます。心の準備はできていますか?」
ドン!と握った拳を胸に叩きつける。
「当たり前だ!いつでも準備バッチリだぜ!」
「それは心強いです、別世界には貴方の従者を先送りしております。まずはその子と話し今後の予定を決めてくださいね」
それに対し力強く頷く。辺りが光に包まれる。幻想的な景色の中、体が溶けるような感覚、そして他者から引っ張られるような感覚と今までに感じたことのない感覚をその身で味わう。
(別世界か、どんな奴がいるか楽しみでたまらねぇ)
やがて、意識すらも溶け込み...
「幹人、貴方が一回りも二回りも大きくなって戻って来ることに期待してますよ」