リド
リド
つまらねぇ、くだらねぇ。
ヘンリエッタ様も、サーシャさんも秋人とかいう彫師にご執心だし。
フェタさんも一緒になって王都に連れて帰る算段をしてるし。
つまらねぇ。
レベックの野郎は相変わらず黙りで、会話も続かねぇ。
まだ昼間だけど一人で酒でも呑もうか?
大体、ヘンリエッタ様は秋人とイリスさんをくっつけて王都に連れ帰る!
なんて言ってたけど多分、あいつ、女が居るんじゃあないか?
はっきり言って、あの男は村の人間にかなり人気がある。
「なあ、マスター?」カウンターの向こうにいる男に話し掛ける。「あの、秋人さんって、奥さんいるの?」
この村で秋人を呼び捨てにするのはあまり良くない。
何故か不信感を買うのだ。
「あぁ、いるぜ。三人もな」
やっぱりな。
「へぇ、やっぱり良い男は女の方が放っておかねぇんだな。羨ましいぜ」
「そうだな。でも、そうでもないぞ」
マスターがほくそ笑んでいる。
「どの女もキツいんだよ、性格が。顔は良い、スタイル抜群!ただし、尻には確実に敷かれてるな」
「そうなのかい?」
「あぁ、そうさ、連れ込み宿の店主が毎朝げっそりして宿を出ていくって心配してたぞ」
「なるほどな、嫁さん三人なんて、羨ましいけど、体は持たねぇか」
「そうさ。嫁なんて一人で十分だ」
そりゃそうだ。
なんて言いながら目の前のコップに注がれた黒いお茶を飲んだ。砂糖なんて気の利いたものはこの田舎には無かった。
苦い黒いお茶にミルクを少し垂らす。
「しかし、秋人さんは本当にこの村の人間に好かれてるよな。何でなの?」
マスターに聞いた。
マスターは眉を少し寄せて、
「まぁな、色々有ったんだよ」
と言った。
「色々って?」
俺はそう言いながら、懐から銀貨を出して、マスターの方へと滑らした。
「まぁ、お前さんならいいか。誰にも、いや、憲兵と領主代理には絶対に言うなよ?」
俺は小さく、だけと確り頷いた。
「この村には以前『ギリー』って彫師が居たんだよ。その彫師はろくでもない男でな、この村の人間は皆煮え湯を飲まされてきたんだよ。強姦された娘とかいた、あと店の商品を勝手に持ってったりな。入れ墨も相場の5倍だった」
「なるほどな、憲兵に賄賂でも払ってたのか?」
「そうだ、領主代理にもな。だからギリーは何をしても捕まる事が無かった。皆諦めていたんだよ、でもある日な、ギリーが秋人の女に手を出したんだ、そのままギリーの奴は行方不明。皆、秋人が殺してくれたって思ってる」
「なるほどな、皆感謝するわけだ」
「まあな」
と、マスターは言いながらお釣の代わりにだろうか、俺のコップにお茶のおかわりを注ぐ。
「でも、何でそれを皆黙ってんの?そのギリーを本当に殺ったのが秋人さんなら、秋人さんはこの村にとって英雄じゃん」
「わからん、でも秋人さんが内緒にしておきたいみたいなんだよ。最近、憲兵の奴等はギリーは殺されたって思ってるらしくってな、その殺した奴を探してるんだよ」
「へぇ、何でだろ?」
「わからん」
マスターは手をさらに左右に振る。
秋人とそのギリーって男の間で何か有ったのかもな。
だからギリーを殺ったことを隠してる。
「ありがとよ!」
俺はそう言って店を出た。
良いねぇ。
つまらねぇ、くだらねぇ、なんて思っていたが、こっから面白くしてみようじゃないか。




