外道彫師
外道彫師
私は取り柄の無い男だとよく妻に言われた。
たしかに不器用で、正直言って仕事でもミスが多い。
自分でもよく分からない失敗をしては上司に怒られた。
それは家でも同じだった。
頼まれた簡単なお使いすらままならなかった。そんな俺はよく妻に怒られた。
職場でも、家でもいまいち居場所が無かった。
でも、息子がいる。
それだけで幸せだった。
息子は俺に似て少しアンポンタンな所がまた可愛かった。でもまだまだ小さいし確り躾れば大丈夫だろうと妻は意気込んでいた。
可愛い息子と、元気でよく怒る妻と、怒られてばかりの仕事。
上手くいかない事の方がどちらかというと多くて、嫁には『なんの取り柄もない』と言われていた。なんの取り柄も無い男。いつも謝ってばっかりでうだつの上がらない男。
だけど実は一つだけ得意な事があったようだ。
それは、『殺し』である。
でも、そんな事が、こんな事が得意だとは知りたくなかった。
家族と一緒に小さな幸せに包まれていたかった。
しかしそれはある出来事によって激変してしまった。
汗で濡れたシャツを脱ぐ。
部屋に置かれた洗面器に水を張り顔を洗う。
「くそ!」
最悪な目覚めだった。
目の前で息子を殺された夢を見た。夢はあの日の出来事を寸分も違わずに再現した。
体の動きを封じられ動けなくなった俺の目の前で息子の体は切り裂かれ、俺は絶望に包まれる。
それを見て笑う外道彫師
『イャン ヴェン』
それが俺の討つべき敵の名前で、その男は世界最強と呼ばれている。見たら死ぬとすら噂されているその強さは化け物と呼ぶのが相応しい。
隣の国の国王がドラゴンを殺してレベル99になったがそれをお膳立てしたのがイャンだ。
たぐいまれな戦闘のセンス。いくらでも魂を吸収できるのではないかという『器』を持ち、竜すらも圧倒する。
そして、そのイャンを追ううちに自分まで外道彫師と呼ばれるようになってしまっていた。
あの頃の自分にはもう戻れない。
うだつの上がらない男として職場で、家で怒られてばかりの毎日。
傷付く事も多かったが幸せな毎日。
もう戻れない。
たが後悔は無い。必ず息子の仇を取る。
必ずイャンを殺す。
そう決めて家を出た。
今までの仕事を辞めて次に就いた職業は冒険者だった。
冒険者として働き始めるとこれが天職だったのだと驚いた。
どう動いたら効率的に殺せるか、考えなくても分かった。
効率的に経験値を稼げる魔物を重点的に狙いレベルを上げる。イャンを殺すにはレベルはいくら上げても足りない。
単独撃破は不可能と言われたグランアレニェを一人で狩った事もある。金を貯め、力を蓄えた。
そして、冒険者として強くなる上でとっても大事なことがある。
『彫師』だ。
腕の悪い彫師の彫った入れ墨は魔力の通りが悪くMPの消費コストも悪い。
しかし中々腕の良い彫師は少い上に貴族相手の商売しかしない。
そこで俺は自分で自分の体に入れ墨を彫る事にした。
そして、彫師になる上で一番大事なのが『神木の樹液』だ。これがないと彫師になれない。しかしこれは彫師ギルドに入らないと買うことが出来ない。だが、彫師ギルドに入るためには彫師ギルドの会員三人以上の推薦が必要だった。
いくら頼んで推薦してもらおうとしても誰も推薦してくれなかった。
彫師というのは結局世襲制になっていた。
だが、これは大金を積む事でなんとかなった。
金はどんどん溜まるが使い道はない。自分の老後のために貯める意味も無い。
金を積んで『神木の樹液』を買い。
自分の体に何度も彫った。
彫りが上手くいかなかった時は剣で皮膚を切り落とし神殿で『神癒』をかけてもらった。
そうやって入れた入れ墨は最高のパフォーマンスを発揮してくれた。
少い魔力で魔法は発動し、より微細なコントロールをする事が出来た。
これで入れ墨の問題が解決したかというとそうではない。
自分の背中だ。
ここばかりは自分で彫る訳にはいかない。
自分の背中を任せられる彫師をここ何年も探していた。
そこで、このカロイラ村の彫師だ。
気位が高くなく腕が良く。丁寧な仕事をしっかりやってくれるらしい。デザインにも定評があった。
デザインなど実用性と関係無いと思っている奴もいるがそれは間違いだ。
変な話だが彫った入れ墨が、気に入ったか、気に入らないかで発動する魔法のパフォーマンスが違った。
魔力の通りが違うし、MPのコストも違う。
しかし、田舎の彫師に期待出来ない。
大体、人の多い場所の方が競争する力が働き、自然と良い鍛冶屋、良い薬師、良い彫師が揃うものである。
彫師はゆっくり探すものとして。
まずは、ドラゴンだ。
この村に飛ぶドラゴンが卵を産む可能性がある。
成体のドラゴンを殺す事は出来ないだろうが、幼体のドラゴンなら殺せる。
そして、その血で体にドラゴンを召喚する法印を彫る。
あの男を殺すため、手段を選ぶ余裕は俺には無かった。




