セロン・ニレトマ
セロン・ニレトマ
私は人ではない。
人として扱われた事がない。
獣人自体が差別によって人として扱われないというのでは無く。
獣人の文化として、人として扱われてこなかった。
それは、私の器に起因する。
どんな生き物にも器というものがある。
私の、その器が他の誰よりも一番大きいと分かった時から、物心付く時から私は人として扱われてこなかった。
どの様に扱われたかというと。
『物』だ。
不浄から遠ざけられ。建物の奥で一人で過ごした。朝起きたら冷たい水で体を洗い、白い布で体を纏う。いつも決まった食べ物を口に入れ、犬神様に食べ物をお持ちする。
私は指示のまま。やれと言われたことをやり、駄目だと言われたことはやらない。それだけの存在だ。
そうして私は一族の長として、祭事を取り計らった。長老達の指示の下で。
これは、まるで物だ。
私に意思は必要無い。
村でスレ違う人達は私を見ると頭を深く下げるが、私に頭を下げている訳では無い。
頭を下げている相手は長老か犬神様。
私の事なんて誰も見ていない。
私の体は透明なんじゃ無いだろうか?そんな事を思う。
寝て起きて、体から発せられる汗の匂い。それを毎朝体を冷たい水で洗い流す。その度に、自分という人間性が匂いと共に水で流されていく。
そんな錯覚を覚える。
村が急に慌ただしくなった。村に人族が向かっているとの事だった。
スヴェン王国の領内へ逃れてから奴隷狩りの被害は無くなっていたとはいえ。人族は危険だ。
ここはスヴェン王国の領内だとしても、私達の売買をこの国の外で行えば罪には問われない。
私は遠くからその人族を見ることにする、しかし、見た瞬間背筋が凍り付いた。
絶対に勝てない。私も器が大きく、巫女という立場もあり、そこそこ戦える。だからこそ分かる。絶対に勝てない。
人族の後ろに仲間の獣人がいるが、ハアハアと、息が切れている。しかし、追われていたはずの人族は呼吸が一斉乱れていなかった。
「何のようだ?!」
そうスレンは言う。
「行商だよ?」と人族。
「嘘を付け!」
力の差を感じることの出来ない長老がそう言ったあと、その人族から得体の知れない力が溢れてくるのが分かる。
危ないな。
野次馬の間を割って前へ進む。
野次馬達より一歩前に出るとその人族は私に気付いたのだろう。私を見てくる。ただし、私の体を舐め回すようにだ。
男の視線が私の体を這う度に、背筋に『ゾクゾク』としたものを感じた。
その男の視線は私の胸で止まった。
見られている。
胸を。
その時に子供が『姫様が穢れちゃう』と言った。
穢される?
私は今穢されているのか?私は今。
「あっ」
口から出たものは今まで出したことの無いものだった。
体が熱い、頬が火照っているのが分かる。
それを隠すように手で胸を押さえた。
(秋人視点)
小さな女の子の声で正気に戻った。
危ない、危ない。正気を失って襲う所だった。だって魅力的過ぎる!しかもエロい格好してるし!危なかった。額の汗を拭う。
「行商人と言っていましたが?」そのエロい人が言う。
「あっはい」
解放寸前だったリビドーを封印する。
「どんな物を持ってきたのです?」
「巫女様!」
ヒョウ柄の耳を持ったお祖父ちゃんがそう言って前にでてくるが、それをエロい人が手で下がらせた。
「甘い物とか?」
試食は出来るのか?と聞かれたので空間魔法で飴を出す。飴には味は付いておらずただの砂糖の塊。氷砂糖のような物だがこっちの世界では高価だった。
エロい人は、氷砂糖を口に含むと微笑んだ。
「気に入ったぞ、何と交換してもらえる?」
「えっと、何がある?」
行商人だと言った手前、手土産とは言いにくい。
「ゴブリンの肉かオークの肉だな。トレントは前に来た行商人に全部売ってしまったから無い、あとは虫の幼虫ぐらいか」
全然要らねえ。どうしよ。
「まぁいい。これから案内するところに泊まっていけ。ただし、其処から一晩絶対に出ないと約束するならだ」
「もちろんでごさいます」
深く頭を下げて答えた。
今から帰ったら、王都に着くの明日の朝、そんなのまっぴら御免だ。
案内された場所はまるで牢獄だった。鉄の格子で前後左右、しっり囲われている。ちょっと戸惑うがさっさと中に入った。最悪力任せに出れるだろう。
(セロン視点)
長老達に囲まれていた。
見た目は私に平伏しているが違う。私を巫女だと祭り上げている癖に。
「ではお前達でこれから殺しに行けば良い。きっと返り討ちにあうだろうがな」
私がそう言うと皆黙った。
「後ろからは自分を追ってきた獣人。正面には我々。あの人族を囲んでいたのは我々だが、あの状況を作ったのはあの人族だぞ!?あの状況になっても勝つ自信が有ったに決まっているだろうが!」
こんな事も分からないのか。
全員が下を向くと立ち上がった。
「どちらへ行かれるのですか?」一番若い長老が言う。
「あの人族の所へだ」
「止めてください!穢れます!」
その言葉は聞かなかった事にして
「お前らが居ると会話が進まなそうだ。付いてくるなよ」
そう言いながら歩いた。
暗くなった村を歩く。
あの男に体を見られた時不思議な感じがした。
胸が高鳴って、背中がゾクゾクして。恥ずかしいけれどもっと見られたいような。
あの男の真意を聞き出す。その為に牢へと向かっていたが、もっとあの男に見られたい。そんな気持ちも有った。
その男は牢の中で、多分自分で持ってきただろうパンをかじっていた。
手で合図して見張りの男を帰らせた。
「こんな所ですまないね」
そう言いながら手頃な石に腰掛ける。
「なぁに、屋根が有るだけ上等だ」
「私の名前は、セロン・ニレトマという。この村の巫女をしている」
「俺は新原秋人、家名が新原の方だ、秋人って呼んでくれ」
「さっきの透明な石は美味しかったな」
「食べるかい?」
秋人と名乗った男はそう言って透明な石を私に投げた。
「悪いな、でも高価なんじゃないか?」
「ちょっとね。でも実は手土産のつもりで持ってきたんだ」
「狙いは奴隷かい?」
「まあね」秋人は恥ずかしそうに頭を掻いた。
「何処で売るつもりだ?」
この国の中でも売ろうと思えば出来ない事は無いだろう。駄目だと言われるほどやりたくなる。そんな奴が絶対にいる。
「いや、そのう。俺の為に欲しいんだよね」
「労働か?戦闘か?」
「いや、えーと。エロい事目的です」
ん?エロい事とは?
「それはどういう事だろう?エロとは何だ?」
「え?そのぅ、大人の階段を昇る的な?」
「階段を一緒に昇れば良いのか?」
「いや、そうじゃあ無くて、大人になる儀式?」
「じゃあ秋人はまだ子供なのか?」
「いや、俺はもう大人でぇ、、、。あぁ!めんどくせえ!」
それから秋人のした説明は初めて聞くもので、私の胸をドキドキさせた。




