ユリナ
ユリナ
とぼとぼと孤児院に向かって歩く。太陽は西へと沈んでいく。俺のテンションもフォーリンダウン。
あぁ、どうだったんだろ。嫌だったんだろうか。ドニー、めっちゃ笑ってたしなぁ。
孤児院に着くとまたもやアッシュが外に立っていた。
「兄ちゃん!」
こいつは声がでかい。手を振ってゆっくり歩く。
「なんか、朝より元気ねぇな?」
チビッ子に心配されちまったよ!
建物に入るとアッシュにリビングに案内された。テーブルのうえには夕飯の支度が出来ていた。小さな子供達が座って待っている。まさか俺を待っているとは思わず、空いてる席に慌てて座った。
アッシュは年長組だろうか。あとはアッシュより小さい子ばかりだ。低めの長テーブルに良い子に座っている。全員で20人ほど。
パンとスープ鍋、肉らしき物を焼いたものの三点だ。どれもシスターの手作りらしい。
「じゃあ食ってくれ!口に合うと良いんだけどよ?」
シスターが俺に向かって言った。
その後皆で『せーの』で食べ始めた瞬間。
怒号が飛び交う、これが子供の声か?大皿からどんどんパンが無くなり、大鍋のかさがどんどん下がっていく。肉らしき物はもう終わりかけている。
早!
「待ちな!今日はお代わりいくらでも出来るよ!ゆっくり食べな!」
シスターが声を出すが誰も聞いていない。
「ダメだぜ?兄ちゃん、早く取んなきゃ。生き残れねぇよ?」
そう言ってアッシュがパンとスープ鍋を取ってくれた。
「あぁあ」
スゲーな。元気で良いけど、ダメだなこりゃ。手なんか出せねぇよ。
シスターが次々にパンを持ってきては鍋にスープを足す。肉は売り切れみたいだ。
それからアッシュが取ってくれた料理をちびちび食べた。
パンは焼きたての良い香りがした、味も素朴だが柔らかくおいしい。スープ鍋は塩だけの味付けだが野菜から確りと旨味が出ている。
「へへ、どうだよ?パンも俺が焼いてるんだぜ?」
得意気なシスターが言った。
「すげぇんだよ。シスター、こう見えて家事全般は完璧なんだ」アッシュが言った。
「一言余計なんだよ!」
シスターはそう言ってアッシュをぶん殴った。
それからしばらくして落ち着くと自己紹介を迫られた。これから一緒に住むことと、名前と彫師だって事。俺のせいで彫師ギルドといざこざが有るだろうと。その代わりに皆に治癒力上昇のスキルを彫ることを約束した。
その後皆にもみくちゃにされた。嬉しいね。歓迎されちゃったよ。女の子が多いようだ。男の子は貰い手が直ぐ付くが女の子は少し難しいらしい。カナリアって子はまだ別室にいるが元気に食べているらしく後で顔を見に行きと言うとシスターに喜ばれた。
「今日からは俺もいるし、毎日お腹一杯食べよう」
そう皆に言うとまたもみくちゃにされた。
小さい子達が口々に話しかけてくる。好きな女の子はいるのか。何処から来たのか。何歳なのか。
「俺は19歳だよ」
「マジかよ!」シスターがめちゃめちゃ驚く。
「そうだよ」
「マジかぁ、俺より歳上かよ」
「えっ、マジで?」俺もビックリ。
「だって俺16だもん」
マジ?
「じゃあここを任せられたのは何歳のときなんだよ?」
「14」
思わず。ロダンの考えるポーズ。頭痛くなってきた。この世界の人間は何を考えてんだ?
しかし、16歳かよ。西洋の人は大人っぽく見えると言うが。シスターを見る。切れ目で青い目をしている。鼻は高く。唇は薄い。長い金色の髪は肩の所で一度まとめられている。
喋らなきゃ綺麗なんだけどね。
それからお片付けになったので、お片付けは子供達に任してカナリアの様子を見る事にした。同じ部屋だと言うので部屋まで行きノックする。
「どうぞ」中から女の子の声がする。
「入るね」
声をかけてからドアを開いた。
カナリアはベットに腰掛けていた。
「こんばんは、俺は秋人っていうんだけど」
「シスターから聞いてます。私を助けて下さったそうで、本当にありがとうございます」
「おっ、なんだ。しっかりしてんなぁ?」
「シスターがああなので」
小さな子供が恐縮している。
「今回は本当にありがとうございます」
「なぁに。俺は大した事してないさ」
そう言って近くの椅子に座る。
「でも『神癒』を使って下さったと聞いてますが」
「別に、出来ることをやることなんて大した事じゃ無いさ」
だろ?
と言うと、カナリアは何だか驚いたような顔をする。
外はもう暗くなっており、部屋は薄暗い。部屋の真ん中に吊るされたガラス玉は消えかかっている。ブラウンの髪の毛も、白い肌も、大きな瞳からも確りした力を感じる。カナリアのレベルを見ると。
2/99
HP8/19
MP4/10
朝はまだHPまでは見れなかったから違いが分からないが多分大丈夫なんだろう。
「よし、じゃあそろそろ寝な」そう言って立ち上がる。
「もう少し居てくれませんか?」
「ん?」
片付けやら何やらシスターを手伝おうと思っていたが。まぁ、いいか。
もう一度椅子に座る。カナリアは布団に潜り込んだ。
「もう私は死ぬんだと思ってました。ずっと寒くって、身体中が痛くって、食べる事が出来なくなって、手足の感覚が無くなってきて」
「頑張ったな」
「手を握って下さい。寝て起きたら元通りになっちゃうんじゃ無いかって不安で」
カナリアは横向きになると布団から手を出してきた。手を握って頭を撫でてやる。
「大丈夫だ。たとえ元通りになってもいくらでも治してやるさ」
部屋の明かりが消えるとまもなくカナリアは眠った。起こさないようにそっと部屋を出てさっきご飯を食べた部屋に行くとそこは戦場だった。
リビングの真ん中でエルザとシスターが睨み合っている。シスターは慣れたものだ立派なヤンキースタイル。しかし、エルザも負けてない、ギルドの受付嬢としての意地が有るのだろう。貫禄がある。
アッシュを見つけたので手招きして呼ぶ。
「どうしたの?」小声で聞いた。
「分かんないよ!」
忘れてたコイツ声が無駄にでかい。
エルザとシスターが俺に気付いた。二人がブルー○・リーのかかってこいポーズをとるのでやむええず近付く。
「どうしたの?」
て聞くと二人が同時に喋りだした。纏めるとお互いに
『なんなんだこの女は!』
って言っている。
はぁ。
「まず、シスター。その対応は駄目だ。孤児院として、冒険者ギルドには仕事の斡旋を受けたりお世話になっているんじゃあないのか?ギルドから仕事の斡旋が受けられなくなったらどうするんだ?」
俺がそう言うとシスターがはしょんぼりしてエルザが勝ち誇った顔をする。
「エルザもだ、ギルドの看板として今の対応はどうなんだ?喧嘩をしにきたのか?」
「違います」
エルザが小さい声で言った。
「まず、エルザは何しに来たの?」
「そのぅ。最近カナリアって子を見ないので心配で」
「ハッ!それならもう心配要らないよ」
シスターがデカイ声で答える。
「シスター!」俺はそう言ってシスターを睨む。「その言い方は良くない」
シスターはもう一回小さくなった。
「あと、心配で」
エルザが言った。
エルザは俺が彫師としてやっていける環境が有るか心配して来てくれたらしい。
「まぁ、大丈夫だからよ。帰ってくれ」シスターがにこやかに言う。「問題は有るかもしれねぇが、秋人と何とかやってくよ」
そう言って俺の肩を叩く。
エルザがぐぬぬぬぬ。って顔をしている。
「まぁ、そうだな」俺がそう言うとエルザが哀しそうな顔ををした。「まぁ、また明日ギルドには顔を出すから」
それから少ししてエルザはシスターを睨みながら帰ってく。それを見てアッシュが『良し!今すぐ彫ってくれ!』と言うので彫らないよ?と言うとメチャクチャ凹んでた。アッシュもガリガリだし。栄養が足りないせいか体が小さい。もう少し大きくなるまではちょっとね。
説明するとトボトボと部屋へ歩いていった。なかりショックだったみたい。しかし、方法が無いわけでな無いので後日何とかしてやろうと思う。
「今日は、わ、わ、わ、悪かったな」
シスターがそう言いながら料理の残りを持ってきてくれた。
「大した事はしてないよ」
「そ、そんな事はないぜ!」シスターの声が大きくなる。「そのぅ、なんだ。なかなか出来ることじゃあない」スープ鍋をお椀によそってくれた。「だからさ、そのぅ。まぁ、なんだ」
シスターはさっきから歯切れが悪い。
「どうした?」
「ん、ん。その、あ、あ、あり、ありが、、な」
噛みすぎだよシスター。
「シスターってさ、謝ったり、頼ったりするのが苦手だよな」
俺がそう言うとシスターは下唇を噛んで下をむいた。
「ありがとう、って言ったりも苦手でしょ?」
シスターは無言で頷く。
「まぁ、良いよ。ありがとうなんて言わなくてもさ、でもさ。助けて欲しい時は助けてって、苦しい時は苦しいって、言って良いんだよ」
それからシスターの作った料理をゆっくりと食べる。
「シスターは食れはべれてんの?」
シスターは顔を横に振る。
「じゃあ、一緒に食べよ?」
それからそれから二人でモソモソとご飯を食べる。
子供達もアッシュももう寝たのだろう、賑やかな孤児院は静まりかえっている。食べ終わるとシスターがお茶を出してくれた。
「子供の多い家に産まれたんだ」
シスターが手をお茶で暖めながら喋りだした。
「俺は長女でさ。下の子の面倒を良く見ていたんだけど、自然と親に甘える事が出来なくなった。
親に甘えたり、頼ったりすると『お姉ちゃんなんだから』ってさ。まぁ、両親とも一杯一杯だったんだろうけど。それから何だかそういう事ができなくなったんだよ。頼ったり、助けてって言ったり。あと、謝ったりもさ、俺はこんなに頑張ってるのに何で?って思う、俺は悪くないじゃん。一生懸命やってるもん、それが上手く行かなくったって何で謝んないといけないの?何もしてない奴に何で?」
「何もしなければ失敗も無いか」
「そう!本当にそう!弟も妹も、何もしないから怒られない。私ばっかり怒られて!何もしない奴に限って此処が悪い、あそこが悪いって。そうなる前に言えよ!それをさ、何もしないくせに。謝りたくなんて無い!俺は悪くないもん!一生懸命頑張ってるもん!一生懸命やってるのにぃ!」
シスターはお茶を一気に飲み干すと茶碗を『ダンッ』と机に叩きつけた。
「ギュってして!俺をギュってして!」
慌てて立ち上がるとシスターの後ろへ回り、背筋をピンと伸ばしたシスターを後ろから抱きしめる。
「じゃあ今日から俺が兄ちゃんになるか」
日本で16歳だとまだまだ甘えて良い頃だ。ここが異世界とはいえ。この細い体で孤児院を支えていると思うと。
「いいか?今日からは俺が兄ちゃん。何かあったらどんどん俺に言う事。おい!良いか?妹よ?」シスターの体を揺する。
「甘えて良いのか?」
「もちろんだ!」
それからシスターは泣き出した。子供みたいに。
プレッシャーも大きかったんだろう。自分の預かっている子供が、カナリアが死の瀬戸際にいたのも辛かったろう。ずっと助けてって言えないまま自分を責めていたんだろうな。
「悪くない。お前は悪くないよ」
抱きしめる力を強くした。
少しづつ泣く声が小さくなっていく。
「後ろからで良かった、今顔がきっとボロボロだよ」
すっきりしたのだろう、そっと手の力を緩める。
「そんな事言うなよ。兄ちゃんに隠しごとは無しだ」
「そうだね」シスターはそう言うと立ち上がって。「ごめんね」
と言いながらドアの手前まで小走りした。
「何が?」
「こんな痩せぎす抱きしめさせてさ。嫌だったろ?」ドアを開けて体を入れると。「あと、私の事はユリナって呼んで」
ドアの隙間からそう言ってドアを閉めていった。部屋が静寂に包まれる。
これがツンデレの破壊力か。
「兄ちゃん?ベットはこっちだよ」
アッシュの声がした。
「お前、起きてたの?」
「だって、シスター声でかいんだもん」
お前が言うとはな。それから寝床をおしえてもらい就寝した。




