冒険者のお仕事
冒険者のお仕事
アッシュに食べ物を押し付けるとギルドへと向かった。
ドアを開けると受付にはエルザがいる。手を上げるとエルザに近寄った。
「どう?」もちろん入れ墨の事だ。
「スッゴい良い感じだよ!」
エルザは笑顔になって言った。
「見せてもらってもいい?」
エルザは袖を捲って見せてくれる。
「まだ、吠えたりはしないんだけど。この子甘えてくるの。『クゥーン、クゥーン』って、それでね、頭をナデナデして上げるの」
「イヤイヤ、触らない、触らない。一週間ぐらいは清潔にしてクリームを塗ってガーゼを当てて欲しかったんだけど」
「え、大丈夫だよ?」
術後のケアをしっかりしないとアフターフォローしないと言っているのに。
でも、確かに赤みも無いし腫れも無い。大丈夫なのかな?
「あっ、お金どうしよ」
やべ、忘れてた。
「えっと、仕入れは結局幾らかかった?」
「結構掛かっちゃった。追加で発注もしたし多分ほぼチャラかな」
だよね。腐らないみたいだし出来るだけ欲しいって頼んでいた。本当は彫師ギルドに入らないと買えないらしく買える時に出来るだけ買おうと。
「じゃあ、追加分が届いたら精算で良い?」
「そだね。領収書だけ先に書いて貰ってもいい?」
あっ、忘れてた。
慌てて領収書を書く。売り上げと日付、俺のサインを書いて俺の控えにエルザのサインをもらう。
「じゃあ、税金分だけは先に払っておくね」
そう言ってエルザは銀貨一枚をカウンターの上に置いた。
この世界の税金は、消費税みたいな感じで、売り上げの10%を納める必要がある。税金は払えば払うほど、お金は使えば使うほど国から優遇されるらしく積極的に納税されている。ちなみに、お金を使わないで貯めていると追加で納税を求められるらしい。だからお金は積極的に宝石や貴金属に変えられるそうだ
じゃあね、と、手を振って買い取りカウンターを目指した。大体 バルザックはそこでウロウロしてる。
バルザックは案の定窓際で腕を組んで立っていた。コイツやっぱりカッコいい、ムカつくな。
「おい、コラ、バルザック!暇か?」
「あぁ、暇だぞ」
やっぱりな。コイツ暇じゃあ無いことが無い。
「この辺でレベルが上がりやすくって金になりやすい魔物でお薦めってある?」
バルザックは右手を額に当てて考えてますポーズを取るいちいちカッコ付けててイライラするがわざとじゃ無いんだよね。
「トロールかグランアレニェ」
トロールは何となく分かるけど。
「グランアレニェって何?」
「でっかい蜘蛛だ東の森の奥で目撃されて何度か討伐隊が向かったが返り討ちにあってる」
って事はレベルのそこそこある人間を殺してるって事だよな
「その蜘蛛の推定レベルは?」
「20は行っているだろうな」
「じゃあ、トロールだな」
「そうだなトロールだな」
「じゃあ、何でグランアレニェなんて言ったんだよ」
「トロールの生息地域の近くだ」
なるほどね、相変わらず説明下手くそだな。
オークやゴブリンは多産でどんどん産まれてくる。そうすると新しい個体はほとんどレベルは1になる。でもトロールやオーガやグランアレニェなど強い個体はなかなか子供を作らない。そういった魔物は大体、ゴブリンや、オークを狩ってレベルを上げている。レベルが1というとこはほぼ無い。4だったり、5だったり。ここから討伐の難易度が一気に上がるとの事だった。
その森へは東の橋を渡って行く、すっかり馴染みになった橋のおっちゃん達に手を振って森へと向かう。
俺の感知のスキルでゴブリンやオークとの戦闘を避けながら森の奥へと進んだ。いちいち戦えばお金にはなるけど、出来るだけトロールと戦った方が全然レベルも上がりやすいし。金になりやすい。
俺の装備、皮の鎧、皮の手甲、皮の兜これら一式は、トロールの皮で出来ている。他にも肉だとか、内臓だとかも高くは無いけど換金出来る。経験値もオークの十倍以上はある有るらしい。
もちろん討伐は難しい。鎧にもなるその皮が厄介だ。だけど、バルザックがお前の魔法で充分行けるだろうとの事だった。
トロールの気配は分かりやすかった。でかいしね。歩くだけで直ぐに分かった。出来るだけトロールにばれないように近付くと水魔法の第三階位を書き始める。
見つけたトロールは茶色い肌をした4メートルぐらいの身長がある。レベルは4だ。
トロールは俺達を見つけると持っていた棍棒を投げようとする!
あぶね!慌てて魔法を発動させる。
『水切り!』
指先から飛び出た水はトロールを袈裟斬りに切り裂く。
トロールはドン!と大きな音を立てて倒れる、何とか棍棒を投げられる事は無かったがこれでは失敗。
「失敗だな」
バルザックが言う。
うるせぇな!分かってるよ!
「ちょうど俺も反省していた所だよ!」
トロールの胸部は切らない方が高値が付く、そこをバッサリやってしまった。解体した時に皮が出来るだけ一枚で大きく取れるのが理想。首を狙ったんだけどね。こんな風に切っちゃうと鎧には使えないらしい。兜とか、脛当てとか、手甲とかにしか出来ないらしい。
それから二匹のトロールを狩ると体が軽くなった。
おっ、レベルが上がったかな?
「俺の存在忘れてないか?」
バルザックに聞かれる。
忘れてました。バルザックも水魔法のイメージを変えてから威力が上がったらしく実戦で試したいと言っていた。
それから時間をかけてトロールを見つけるとバルザックに譲った。
バルザックは左手で神字を書く。
あれ、右利きだよな?
バルザックは時間をかけて神字がを書き、『水切り』を発動させ、攻撃される前に何とか倒した。
俺と同じ袈裟斬りだけどな!
「ほらみろ!お前も失敗してんじゃねぇか!」
「す、すまん」
「それより、何で左手で神字を書いてんの?」
「右手で剣を持つからな一応両手で神字を書けるように訓練してる」
なるほどね。「早く俺にも教えろよ!」
そう言ってからバルザックの頭をひっぱたいた。
「い、いや、だからやって見せたんだが」
「口で言え!口で!」
説明が下手にも程がある。
でも納得、左手で文字を書くのって大変だよね。彫りも右手じゃあ彫りにくい所を左手で少し彫るけど難しい。
それからバルザックが一体倒して俺が二体倒して帰る事にした。バルザックの討伐数が少ないのはMPが尽きたからだ。剣で戦おうか相談したんだけど。試しに死んだトロールを剣で切ろうと刃を当ててやめた。結構固い。剣も刃が欠けたら買わなくてはいけない。剣は安くないしね。
もっと切れる剣を買ったら考える事にした。
バルザックはオークを狩りながら帰れば良いと言うのでサンドイッチを頬張りながら歩く。
「結構簡単だったな」
「そうだな」俺の言葉にバルザックが答える。
「オークにあの魔法使ってたのはオーバーキルだったかな?」
「そうかもしれない」
コイツとは会話が長く続かない。まったくイライラする奴だ。
「お前はどんな法印を今後彫っていくんだよ」
「俺か?」他に誰がいるんだよ?睨み付けてやった。「そ、そうだな。能力向上のスキルを手当たり次第といった所か」
まぁ、そんな所か。
「魔法の法印は彫らないのか?」
「そうだな。まぁ、重力魔法の第一階位は彫りたいかな?」
バルザックは悩んでいるようだ。
当然俺も悩んでいた。法印を彫るにあたって、能力上昇のスキルはチャクラの上に彫るとして、魔法用の法印、火とか水とかの魔法を手に彫るかどうするかだ。
例えば、水魔法の第三階位を彫りたいならば、通常手のひらに第一階位、前腕の手首側に第二階位、前腕の肘側に第三階位となる。
左手を遠距離用の法印にして、右手を接近戦用の法印にしようかな?バルザックも多分そんな感じだと思う。
遠距離はまぁ、適当に選ぶとして。右手か。
バルザックの検討している重力魔法だが、接近戦重視のスタイルなら結構人気がある。持っている物の重量を変える事が出来る。剣を振り下ろす瞬間に重くし、剣を引くときには軽くする。使い勝手は難しいが、魅力的だ。
あと、俺が魅力的に感じる理由がある。それは、この世界の人間が重力を理解していない事が上げられる。第二階位と、第三階位だが、法印を分かっているのにそれが何なのか分からない。イメージが出来ないから魔力を込めても何も起こらない。
それはもう一つ有る、光魔法だ。
この2つは俺にとって大きなアドバンテージになる。
「おっ、オークだ」
俺が指差すとその方向にバルザックが無言で歩き出す。
バルザックが走り出すと俺も後を追いかけた。多いな。
10体近くいるようだ。中にはレベルの高いオークもいる。
バルザックが手前の一体に斬りかかる。オークの腕がボトっと落ちて血が吹き出す。オーク達が色めき立つ、バルザックは体を赤く染めながら次の一体に襲いかかった。
「あぁあ、俺要らねぇじゃん」
心配して追いかけたんだけど、意味が無かった。
それでもバルザックの背後に回ろうとするオークがいたので、近付いてオークの心臓に剣を刺す。
バルザックは危なげ無くオークを全滅させると空間魔法で取り出したタオルで顔を拭いている。
血まみれのバルザックさんかっこい~!と言ったら切れるだろうか?
「何て事無かったな」
バルザックがぼそりと言った。
「ほんとだな、魔法なんか要らなかったな」
「まだ、貴族だった頃友人を連れて森に入った事がある。レベルを上げたいとせがまれてな。その時はまだ幼かったが、剣には自信が有った。何とかなると思ったんだよ。相手はゴブリンだ寝てても勝てる。何回か戦っているうちに急にオークが出て来た。お前は分かるだろ、俺は何が何だか分からなくなって体が動かなくなったんだ」
バルザックは死体から一つづつ耳を切り取っては土へ返していく。
「体が動きだしたのは友人が全員殺されてからだ。今も確りと覚えている友人が一人一人殺される中、それを傍観してた事を」
からかわなくって良かった。いきなり重い話をしやがって。
「本当に何て事無かったな」
バルザックはため息を吐きながらそう言った。
「確かにな、俺だってどんだけ強いのかと思ってた。この間ボコった奴が『俺はオークを殺った事がある!』って威張ってたけどさ」
「全然大した事無い」
「大体トロールだって拍子抜けだぞ?」
「その通りだ。俺でも実際に魔法で狩れた、剣が良ければ剣で倒す自信がある」
どういう事だ?
「トロールの討伐推奨レベルは?」
「10だ。レベルが10以上で2人以上のパーティー」
訳わからん。とりあえず帰る事にした。レベルも上がったし、トロールも良い金になりそうだ。子供達にもしばらくは良いもんを食べさせてやれるだろう。彫りの仕事がコンスタントに入れば良いけど多分しばらくは無理だろうし。
「そういえばグランアレニェの説明をしてなかったな」
バルザックが言い出す。
「いや、いいよ」
まだまだ蜘蛛の生息地域内だろう。
「いや、そんな事言うな。大切だぞ?」
「いや、いいから、余計なフラグ立てんじゃねぇよ!」
「なんだ?フラグって?」
「いいから説明をするなって事!グランアレニエが現れんだろうがよ!」
回りを見渡す。気配は感じないが俺の感知のスキルはいまいちみてぇだからな。
「なんの事だ?まぁ、すぐ終わる!アイツは恐ろしいぞ」
「まてまて!危険だ止めろ!」
「まず、意外だろうが知能が高い、罠の類いはほぼ効かない」
「止めろ!」
「そして固い!外骨格は頑丈でまず俺達の剣ではダメだろうな」
「止めてくれ!これ以上のフラグはダメだ!」
「まだあるぞ。顎だ!その顎はどんな装備も食い千切るだろう」
「止めてくれ!」
「なんと言っても恐ろしいのがその糸だ!」
「ダメだって言っているだろう!」
「秋人!グランアレニェが出たぁ!」
「てめぇ!ブッ殺す!!!」
グランアレニェは俺と同じぐらいの体躯をしていた。あしを伸ばせばもっと長いだろう。
ジリジリと蜘蛛が近付いてくる。それを見て俺らは少しずつ後退する。
「ダメだ秋人。多分後ろは糸が既に張り巡らされている」
「じゃあやるしかねぇな、てめぇが余計な事をするから」
蜘蛛のレベルは23だそうだ。
「秋人が大きい声を出すからだろう?」
「てめぇがフラグを立てるからだろ?」
「だからフラグってのは何なんだ!」
「いいから行け!」
バルザックの尻を蹴る。
どの道やることは一緒だ!
バルザックは俺に蹴られるとそれを勢いにして走り出した。俺は水魔法の第三階位を書き始める。
バルザックは果敢だった。蜘蛛に近付いて攻撃を捌き避ける!が、四本の前足がバルザックを追い立てる!
「バル!」
大声で叫んで 、
『水切り』
を発動させる!
『バシュン!』
慌てて屈むバルザックはの髪の毛をかすめながら水が蜘蛛に襲いかかる。
『ギャン!』
大きな音を立てて蜘蛛の前足が一本弾け飛ぶ。
一本かよ!感覚でだがMPを半分ほどつぎ込んでこれか?
「下がれ!」
俺はバルザックに向けて怒鳴りながら光魔法の第一から書き始める。
バルザックはジグザグにこっちに向かって後退してくる。
試運転は無し、ぶっつけ本番!
イメージは収束する光。
慣れない魔法に手間取るが、バルザックが時間を稼いでくれた。第三階位まで書ききる。
魔力の残りを全部つぎ込む!
『閃光!』
周りが一瞬暗闇になって、目の前に降り注ぐ一本の閃光!
光が蜘蛛の頭部を貫く!
『バシュン!』
辺りが明るくなり、静寂に包まれる。頭部を失った蜘蛛はゴトリ、ゴトリと。足が一本づつ折れ曲がり最後に沈黙した。
バルザックは剣を構えたまま固まっている。俺は本日二度目のMPの枯渇によろめいて倒れた。
静寂に包まれる中、鳥の『ピィ』という間抜けな声で現実に帰る。
「おっしゃぁ!」
俺が思いっきり叫ぶとバルザックも雄叫びを上げる。
「おおおお!」
蜘蛛は頭部を失い足を一本落とされているが状態も良い。きっと高値が付く。 手を握りしめると感触が違う。いくつか一気にレベルが上がったかもしれない。
少し休むと俺のMPが回復したので蜘蛛を空間魔法で回収して帰路についた。




