孤児院
孤児院
(名もなきカロイア村の彫り師視点)
この村での彫師としての生活はそれほど楽なものではない。
そもそも賄賂として払っているお金が多すぎるのだ。憲兵に、領主代理に払わなければいけない。
二年前に魔物の大発生があったときこの村の二人の彫師は、村を守るため命を落とした。その穴埋めで、大都より派遣されてきた俺は、経験も浅かったため一緒に派遣された先輩の彫師の言う通りにしていたのだが、それがいけなかった。
高い金を客に要求して、憲兵と領主代理に口止め料を払う。
これではまるで、憲兵と領主代理のために働いているようなものだ。
しかも先輩彫師の二人が無銭飲食やゆすり、たかり、なんかしたもんだから村の人達から嫌われていまった。先輩は気にしてないみたいだけど俺は違う。
あぁ、大都に戻りたい。
大都は違う、彫師といえば憧れの職業だ。モテまくりのウハウハなのだ。
それなのに、金は無い。モテない(それどころか嫌われている)。ときている。他にも文句を付けとようとしたらきりがない。娯楽も無いし、大都までは遠いし、食物はたいしたもんが無いし、いい女は少ないし。いても大体は御手付き、下手に手を出したらただじゃすまない。
どっかにいい女はいないものだろうか、冒険者ギルドのエルザは最近お眼鏡にかなう男を見付けて御執心らしいし。まぁ、これはその男が御愁傷様といった所か。あの女は性格がきついのだ男を敬う事が無い。
あとは、あの宿の女、その女も性格はきついが良い体をしている。確か、ドニーといったか。
(秋人視点)
俺は美味しい物を取っておくタイプだ。嫌いな食べ物先に食べる事にしている。例えば、入れ墨を彫った後も、ダメだった所を先に上げてから良かった所を上げるようにしている。最後にポジィテイブに終わりたいのだ。ポジィテイブに終われるというのは次回に繋がる、やる気が違うのだ。
では悪かった所を上げよう。ドニーに『えっ、もう』と言われた事だ。
日本には三こす◯半劇場というマンガが有るが、俺は半こすり。たったそれだけで十分だったのである。三こすりなど不要。一こすりすら不要。たったの半こすり。これにて終了。これで十分だった。ドニーは散々笑ったあと、『流してくるね』と言って部屋を出ていった。その後多分セリアさんが帰って来たんだと思う。この部屋には戻って来なかった。帰って来ても俺は合わせる顔が無かったけど、、、。
あんなに笑わなくてもいいのに。
さて、良かった所だ!それはもちろんチェリーでは無い。という事だ!早い奴は中学校で、高校ではかなりの奴がチェリーではなくなった。『波に乗らない奴がマヌケなのさ』これは誰の言葉だったろうか。多くの友達が青春という波に乗りチェリーではなくなっていった。俺はその波に乗れなかった。
しかし、今の俺は違う!もうチェリーでは無い!そうだ!俺は男の子では無い!男なのだ!
『ハァ』ため息しか出ない。
朝目が覚めると、ドニーにも、セリアさんにもわからないようにそっと宿を出た。宿代は枕元に置いといた。
これを機会に王都に行くのも良いかもしれない。なんだか凄くこの村から出たくなった。
でも孤児院に行く約束をしていた、約束を無視したいがなんとか孤児院に向かって歩いた。
孤児院に着くとアッシュが木剣を持って立っていた。
「兄ちゃん!」
アッシュが大きい声をだす。
テンションの低い今の俺にはきつい。手だけ上げて答えるとゆっくりと近寄った。
孤児院の建物は畑の真ん中にポツンとあった。レンガと木を使った作りでかなり年期が入っていて、その建物には色々な植物が絡み合いながら覆っている。廃屋と言われても納得。
「シスター!兄ちゃんが来たよ!」
アッシュが廃屋に向けて叫ぶと、なかから女性が出てきた。
「アッシュ!テメーは声がでけぇんだよ!」
あんたもな。
中から出てきた女性は残念ながら、薄幸そうでない。巨乳でない。シスターだった。Aカップだな。
俺のテンションはただ下がり。確か人間はテンションが下がりすぎると死ぬんじゃなかったっけ?あぁ、そろそろ死にそうだ。
シスターは、白いローブを着ている。身長は高めで俺と同じぐらい。スラッとしたモデル体型。微乳。あぁ、死にそう。
「チッ!」
シスターは盛大な舌打ちをした。それはもう、スッゴい盛大、もう舌打ちとは呼べないほど。もう喋ってる感じ。
「テメェ!」金髪に青い瞳をしている「条件はなんだ!」
キレイな顔をしてる(ただしヤンキー)。
あぁ、またテンションが下がる。もうダメだよ、異世界。致死量に達してしまった。僕はこの世界を飛び立つよ。
死んでしまいたくなる気持ちを何とか抑えシスターに付いていく。シスターの開けたドアから漂う臭いに眉をひそめた。
死んだじいちゃんと同じ臭いがする。
部屋の中に入るとその臭いは部屋のベットに横たわる少女から発せられているのがわかった。
自分の頭に血が上るのが分かる。
「アッシュ、お前はバカだ、次からは殺しててでも奪え」
飯を食わしてどうにかなるレベルじゃあない。布団からはみ出る足の先が黒くなっている。壊死している。
「ごめんな、ちょっと布団をはぐよ?」
そう言って、少し布団を避けると細い腕が露になった。
「飯は?」
「最近は食べれてない」シスターが答えた。
『神癒』をダメ元でやってみる事にする。やり方はギルドの書庫で調べてある。空間魔法で紙と筆、神木の樹液、墨。あと財布も出す。財布はアッシュに放った。
「飯をありったけ買ってこい、バランス良くな、肉ばっか買うんじゃ無いぞ」
「うぅん。じゃあ行ってくる」
「いや、待て。ドアの外で待ってろ」
「何で?買ってくるよ?野菜もちゃんと取れって事だろ?」
「いや、お前が金をそんなに持ってたら不自然だろ。盗んだと思われたら困る」
「そっか」
樹液で墨をする。空中に神字を書いて魔法を発動する場合、第三階位が限界だ、それ以上は最初に書いた所から消えていく。
だが通常は困ることは無い。第三階位以上の法印は確認出来ていないから。ただし、合成魔法など、四つ以上の魔法を合成する場合空中に書く分けにはいかない。そういう時は、数人で同時に神字を書き始めるか、こうやって紙に書くかだ。
墨を磨り終わると紙に神字を書く。地水火風と輪、魂の六つだ。天地を創造した神様が人間を創る時に使った魔法にあたるらしい。
神字を書き終わると、紙を持ち上げて火魔法の第一階位を使って乾かす。
「何をするんだ?」シスターが聞いてくる。
「ダメ元で『神癒』やる」
「ダメ元って、そりゃダメだ。成功する訳がない、『神癒』は神殿の人間が3人がかりでなんとか唱えるものだよ?」
紙が乾くと、女の子にかかっている布団を剥いだ。中には背中を丸めて眠る女の子がいた。シャツの上からでも骨が浮き出ているのが分かる。
紙を女の子の背中に両手を押し付けるとゆっくりと神字に魔力を込める。ようはイメージだろ?治すさ。
神字がうっすらと光り、薄暗い部屋を照らす。全ての神字が光るとMPを一気につぎ込んだ!
女の子の体が光る。
「うそだろ!」
シスターが叫んだ。
光が収まって女の子を見ると足の指先の壊死していた部分がボロボロと剥がれ中にはキレイな色をした肌が見えた。呼吸も大きくしっかりとしたものになっている。
「うそだろ」
シスターの声が今度は小さくなった。
シスター語彙が少ないぞ。
「じゃあ買い出しに行くか」
立ち上がると目眩がしてよろける。MPの使いすぎか?おっとっと、とやってるとシスターが支えてくれた。すまんね。
ん、シスターが俺の左腕を持って支えてくれたのだが、女の子特有の柔らかさが無い。シスターの二の腕つかむ、シスターが驚いた顔をするが、「チッ」思わず舌打ちが出た。ゆったりとしたローブを着ていたので気が付かなかった。
「お前もか」
こいつモデルどころの話じゃない。ガリガリだ。
まぁ、そりゃそうか、子供に食わせないで自分が食ってる訳けが無いか。
「よし!今日はパーティーだ」
気の強そうに見えていた顔は今にも泣き出しそうな女の子に見えた。
「飯の心配はしなくて良いし、全員に法印を必ず彫る、もう大丈夫だ」
シスターは俯いて頷いている。すっかりしおらしくなっていた。
シスターの髪を撫でながら言う。
「それにあいつはら俺がボコボコにしてやるよ」あいつらとは、もちろん彫師ギルドと憲兵と領主代理の事だ。
「お願い、あいつらは皆殺しにして」シスターが言った。
しおらしくなった様に見えたが気のせいだったようだ。
・
(ユリナ視点スタートです)
ふざけた男だ、人の体を舐め回すように見てくる。気に入らない。男って奴はいつもこうだ、女を自分の性欲を満たす対象としてしか見ていない。偉そうにして、ふんぞり返って、でも。困ってる奴には手を決して差し伸べようとしない。
その男は、なよっとした風体で。ヘラヘラと薄っぺらい笑顔を浮かべている。男はそれでこの世を渡っていけるんだろう。良い気なもんだ。
アッシュが新しい彫師だって、治癒能力上昇の法印を彫ってくれるかもしれないって、期待度しているようだがつまらない男ならブッ殺す!
「条件はなんだ!」
俺がそう言って怒鳴ってから、その男の上げた条件は気味の良いものだった。
「孤児院の子供達に治癒能力上昇の法印を無料で彫っても良い。ただし、これからここで彫師として活動させて欲しい」
「いいよ、この村の彫師からここが狙われるかもしれない。そういう事だね?」
「そう」
俺らに、孤児院の人間に無料で入れ墨を彫るって事は、彫師ギルドに敵対するって事になる。
「いいよ」俺らは元から奴らに嫌われている。「望むところさ」ブッ殺してやる!
「じゃあ早速見ようか、誰か先に見て欲しい人はいる?」
気合いの足りないその男はだるそうに言った。
「こっちだよ」
カナリアの居る部屋にその男を連れていく事にした。カナリアはアッシュと同じ歳で今年で10歳になる。二人は俺と同じ二年前にここに来た、理由は俺と違うけど。
それから二人は文句を言うことも無く、両親を亡くした悲しみに浸るだけじゃ無く。ここの下の子供達の面倒を良く見てくれていた。カナリアはとくに下の子供達をしっかりとまとめ、畑やギルドの仕事へと動き回ってくれた。それが風邪をひいて寝込んでからどんどん体調が悪くなっていった。
カナリアの部屋に着くとドアを開けた。部屋の中からすえた臭いがする。カナリアは先月に体調を崩してからずっと寝込んだままだった。
男が部屋に入るとその男の雰囲気が急に変わった。体から魔力が溢れていて努気に包まれているのが分かる。
「アッシュ、お前はバカだ、次からは殺しててでも奪え」
その男の声に背筋が凍る。横を見るとアッシュも固まっていた。
その後、その男が出した声は慈愛に満ちたものだった。
「ごめんな、ちょっと布団をはぐよ?」
カナリアの細くなった腕が露になる。元気だった頃から見違える様に細くなってしまった。
「飯は?」さっきまでと違う男らしい鋭い目をしている。
「最近は食べれてない」
それからその男はその男は『神癒』を唱えると言い出した。しかもダメ元でだという。そりゃあ、ダメだろう。できる訳けがない。
『神癒』は神殿の中の司祭クラスにならないと使うことが出来ない。しかもMPをかなり消費する。一人で何とか出来る量では無いはずだ。
それがその男が神字に魔力を込め始めるとカナリアの体が光りだした。何度か見たことがある司祭達が『神癒』を、神の奇跡を起こす瞬間をその時と同じ光景が目の前に起こった。
「うそだろ」
思わず口からこぼれる。カナリアの青白くなっていた肌に赤みが差していく、黒くなっていた足の指先も黒くなっていた所がポロポロと取れていく。呼吸も穏やかだが落ち着いたものになる。
それから立ち上がった男はMPを使いはたしたのだろう。ふらふらとよろめいた、やっぱりな、無理をするからだ。慌てて支えると、逆に心配されてしまった。
あぁあ、ガリガリだってばれちまったよ。せっかく着込んで分からないようにしてたのに。
神殿から弾き出されてこいつらの面倒を見るようになって二年がたった。
俺は前にいたシスターの代わりとしてここに来た。前のシスターは二年前の魔物の大発生で死んでしまった。死んでしまってから送り込まれたので当然引き継ぎも何も無い。どうしたら良いか神殿の人に聞いても誰も分からないうえに俺達に対して無関心だつた。
俺の態度も悪かったんだと思う。昔から誰かに頼る事が苦手だった。お願いしたり、頼る事が出来ない。あと、謝る事も。
自分の非を認める事が出来ない。上手くいかなかったり、失敗したときに頭を下げて教えを乞うことが出来ない。分からないままにして、誤魔化して。でも、それでも何とかやっていけた。やっていると思い込んでいた。
畑を見よう見まねで始めて、ギルドの仕事をこなして。何とかなるじゃん。って、でもそれは小さい子供に支えられていたからだった。
カナリアが倒れてから徐々に生活が崩れていった。食費がかさむようになり。それに対してどんどん収入が減っていく。
このままじゃあいけない。何とかしなくちゃいけない。でも、どうしたら良いか分からなかった。
カナリアの状態がどんどん悪くなっていった、目の前に死がちらつき始める。
どうしよう。誰か教えて!お願い助けて!そんな言葉が心の中に溢れるけれど、口から吐き出される事はなかった。
何て愚かなんだと思うと思う。何て情けないんだと思うと思う。
馬鹿で滑稽で、なさけなくって。でも、一生懸命頑張っているんだ。朝早く起きて、子供のご飯を作って、起こして、食べさせて、洗濯をして、畑をやって、小さい子の面倒を見て、ご飯をまた作って食べさせて、カナリアの看病だってある。掃除だってしなくちゃ。
もう、これ以上は無理だ。精一杯やっている!それを下唇を噛んで、くいしばって頑張っているんだ!
子供達の手前気丈な振りをしてたけど。夜は一人で良く泣いていた。
その男はふらりと現れてカナリアを治しめ、『大丈夫だ』って、言ってくれた。泣いて抱きつきたかったけど出来なかった。ありがとう。って言いたいんだけど、その言葉は口からこぼれなかった。
でも、分かってくれたと思う。俺の髪の毛を撫でてくれた。
あぁあ、惚れちまったよ。もう、濡れるね。いや、むしろすでに濡れてるね。ヤバイよ。
俺を嫁に貰ってくれねぇかな?
でも、ダメだろうな。俺は二人目でも三人目でも全然良いんだけどさ。
まてよ?彫師ギルドの連中をブッ殺すだろ。そんで、神殿の連中をブッ殺す。そんで、代わりに彫師と神殿の仕事仕事をすりゃあ、スッゲー儲かるんじゃね?
ヤベーな。
アイツなら嫁の20人とか30人とか楽勝じゃん!
どうだろ?胸はぺっちゃんこだけど、アイツはチラチラ見てたし、胸が小さくないとダメだって男がいるって聞いたことが有る。いけるかな?
でも、ダメだろうな。左手を右の脇の下に添えると、ゴツゴツとしたあばら骨に手が当たる。こんな痩せぎす、嫌だろうな。
私は触ると直ぐに骨に当たる貧しい胸を、
『ギリ』
と、掴んだ。




