恋あ衣装
「はあ……」
突然ですが僕は恋をしました。相手の顔を見るたびに心がキュンと締まるような恋です。
その人のことを考えて緩んだ顔を浮かべていると、ひとりの女子生徒が話しかけてきます。
「あんたねぇ。いくら好きな人ができたからって腑抜け過ぎじゃない?」
僕の妄想タイムを邪魔したのは、僕が所属する料理研究会兼手芸部の部長さん。……無に還してあげようかな。
「いいじゃないですか、僕が楽しいんです。……もしゃもしゃ」
ああ、あの子の写真、美味しいなあ。
「うっわ、写真を物理的にモッシャリングするクソ変態野郎だわ……」
部長さんの言葉をスルーしながら咀嚼を続けます。んー、いい塩加減。
……今頃、どうしてるのかな。
「そういえば、その子の名前ってなんだったっけ?」
「僕のお嫁さんの名前は牧村結衣さんですよ。今時珍しい黒髪ロングヘアーの女の子で成績は優秀でいつも上位に食い込んでいます血液型はエー型で几帳面に見えますがときどき見せる抜けたところも可愛いですし趣味はピアノとか読書で料理もできますし基本的な家事は一通りできますねそれから―――」
「ああ、結構結構。大丈夫、牧村さんの魅力はよーく伝わりましたよー、はーい、クレイジーサイコパスワッショーイ」
本当かなあ。まだまだ全然伝えきれていないんだけどなー。
「あんたさあ、なんでそこまで知ってるの?」
「え? そんなのストーカーの毎日ですよ」
「おぅ……、イッツ、サイコパァス……」
部長さんの顔が引きつってるのは何でだろう? きっと僕が恋をするわけがないとおもっていたんだろうなー。ふふ、残念でしたー。僕だって立派な おとこのこ なんですよー。
「あんた、告白しないの?」
「えっ、告白なんて無理ですよ! 僕みたいな女の子みたいな顔じゃああれですし、結衣さんと話したことだって多くないですし、おすしおすし……」
「ああ! グダグダ言わない! 部室でいつまでも腑抜けていてもらってもこっちが困るの! いい? 今日告白しなさい!」
「ええっ!? そんな無茶ですよわっしょいわっしょい!」
「嫌なのか嬉しいのか、頭の中がお祭り騒ぎのハッピーセットなのかわからないわね……」
僕の頭の中は混乱していた。僕が結衣さんに告白? でも、うまくいったら……。
「というわけで、私が用意した服装に着替えて音楽室に行きなさい」
「え、あ。え!?」
「はーい、着替えましょうわっしょいわっしょい!」
「おぅ、イッツクレイジィィィィィィ!!」
数分後。僕は部長さんによってスクール水着の上に女子ブレザーという謎の組み合わせに着替えさせられました。
「……」
「な、なんですか……」
僕が半泣きで部長に抗議すると、
「無駄に様になってんじゃないわよ!」
「理不尽!!」
なぜか怒られた僕は部室から追い出されました。
このままでいるわけにもいかないので、とりあえずは音楽室に向かいます。
音楽室からは優しいピアノの音色が聞こえてきます。ドアを少しだけ開けて部屋の中を確認すると、そこには結衣さんがいました。
(わぁ……)
艶やかな黒髪は曲のテンポを刻むように揺れ、結衣さんの性格を表しているような優しくて柔らかい音色。つい見惚れていました。
やがて曲が終わり、目を瞑ってピアノを演奏していた結衣さんが僕のほうに気がつきました。
「……だれ?」
「え、ええ、えっと、夏花。櫛本夏花……」
「夏花ちゃん? 今日は誰もいないから入ってきてもいいよ」
「失礼します……」
こんなに面と向かい合って結衣さんと話したのは初めてです。
結衣さんと話していると、僕が知らない結衣さんのことをたくさん話してくれました。ストーカーだけでは知れないことも多いということが身に染みてわかります。でも、ひとつだけわからない、というより理解できないことが……
「夏花ちゃんは私のことをどう思う?」
「あの、可愛いと思う、よ……」
「そう、なら……」
「えっ?」
結衣さんは僕の肩をつかんで、言いました。
「私、女の子が好きなの」
オンナノコガスキ……?
「夏花ちゃんは私のこと可愛いと思ってくれるんだよね? 私は夏花ちゃんのこと食べてもいいんだよね? 美味しいよね?」
え、え、え、ええ。ええええええええええ!? 結衣さんってそっちの人だったの!? 僕はおとこですよー! ついてますよー!
「僕、実は男なんだ!」
僕がそう叫ぶと結衣さんは「えっ……」とたじろぐ。そして、しばらく考えた後、
「……イケる!!」
「何が!?」
僕がここにいることで何か危険を感じたので、結衣さんの隙を狙って一目散に教室から逃げ出した。
初恋というのは叶わないといいますが、よく言ったものです。まさか結衣さんが百合百合フィーバーだったとは……。
結衣さんは音楽室で未だに「ナツカチャン、ナツカチャン……」とつぶやきながらピアノを弾いているそうです。恐ろし恐ろし。