自称サポートキャラがサポートキャラだという私の恋をサポートするそうです
「ココア。貴女はサポートキャラなの。ここは『チョコレートに恋して~温和な王様と忠実な若者たち~』ってお話の中で、ミルクの恋愛を描いたものなの。――いい。これからが重要よ。ミルクはこれから貴女の婚約者を手に入れるルートに入ったの。嘘じゃないわ。私にはわかるの。ココア、貴女が婚約者のビター王子を慕っていることも知ってるわ。これから私が貴女の恋をサポートして、ビター王子を取り戻すのを手伝うわよ!」
「・・・」
初等科から親友だったモカのとんでもない発言に、私の頭の中はついていけません。
というか、何故、貴女が私が婚約者を愛していることを知っているの?!
どうして、その婚約者がビター様だって知っているの?!
そもそもどうやって、ビター様が王子だって知ったの?!
◆◇◇
モカと私が在籍している王立カカオマス学園は貴族を対象とした学校で、高等科からは入学金さえ支払えば貴族以外も入学できます。しかし、在籍しているのは主に貴族です。高位貴族は初等科から中等科卒業までの在籍が義務付けられており、それを満たしていなければ家が断絶しようが継承権を失います。中位以下の貴族は初等科から入る者もいれば、高等科から入る者もいます。私とモカは初等科からの在籍者で、モカが例え中位以下の貴族であっても私たちは親友です。
モカと私は王立カカオマス学園の中庭で、ミルクにビター様から手を引くようにもう20回目になる説得をしている最中です。
モカはビター様にも直接申し上げているそうですが、なしの礫だそうです。
そこで、元凶に身を引かせようと頑張っているのですが・・・彼女、「関係ないでしょ」とか「婚約していても家の都合じゃない」とか「結婚は好きな人とするもの」だとか「一緒にいたいんだから放っておいて」とか、・・・聞くに堪えません。
本当に貴族の令嬢なんでしょうか?
家の繁栄のために嫁ぐのは生まれてきた時からの宿命です。そのために多くの物を享受しているのです。庶民のように自由に好きな相手と結婚したいなら、庶民と同様に幼い頃から働かなくてはいけません。
貴族や商家の結婚では家の求める条件と合致していて、好意の持てる相手と結婚できれば幸せです。悪ければ一欠片の好意も持てない相手に嫁ぎ、殺されることだってあります。
商家の令嬢はそのあたりをシビアに見ています。自分の結婚相手の吟味は将来性重視。貴族のように家柄に縋れない彼らにとって、将来性のある人物であることは必須です。好きだからと将来性のない相手とは結婚しません。万が一結婚するなら、駆け落ちしてからの苦労まで考えてのことでしょう。
ミルクの発言では商家の令嬢ではあり得ません。
「いい加減になさい!! 政略上の婚約とはいえ、他人の婚約者を盗む泥棒猫だという自覚はないの?! 貴女、この婚約が壊れた時のことわかっていてやってるの? わかってないようなら、さっさと別れるほうが身のためよ!」
「モカ! ミルクに何をしている!!」
ビター様たちがやって来る。すごく怒ってらっしゃる。
私はモカのドレスの袖を引っ張る。
「モカ」
モカは手にしていた扇をゆっくり扇ぎます。
「モカ嬢にミルク嬢でしょう? ビター様。愚鈍なあまり、この学園での規則もお忘れになって? ああ、仕方ありませんわ。取り巻きに成り下がっているのがお似合いですもの。どなたがミルク様の本命かしら? 勿論、ビター様じゃないことは確かですわね?」
この学園では家名を隠し、殿方を呼ぶ時は様付、女性を呼ぶ時は嬢付(同性同士なら様付)が基本です。親しい間柄以外は呼び捨ては厳禁です。
「ミルクに言いがかりをつけた挙句、俺を愚鈍呼ばわりするのか、モカ!」
「殿方を侍らすことしか考えていない泥棒猫に躾をしているだけですわ。あと、同様のオツムしかない無責任な方々に現実を教えて差し上げているだけです」
「モカ。言い過ぎよ」
「本当のことですもの。この腑抜けどもは! 全員廃嫡されなければ国が滅ぶわ」
「国が滅ぶって・・・」
「この面子を見て・・・わかりませんわよね・・・今じゃ、影も形もない腑抜けですもの。ここにいるのは王に宰相に騎士団長、あと大臣級の重役、国を動かすほどの大商人の令息たちです。それに隣国の王族に天才。笑うしかない面子よ。それが本命も決めない泥棒猫に振り回されているのが滑稽すぎて泣けてくるわ」
モカの言葉でフォダン様がご自分の同類の顔に目を走らせているのが視界に入りますが、私はその言葉を理解するので精一杯です。
この国の将来を担う存在を軒並み侍らせているミルク。
私が友達だと思った、不慣れな学園生活に戸惑っていると思った彼女が、王国の乗っ取りをしているなんて。
王も宰相も大臣たちや騎士団長といった権力の中枢人物や大商人たちの動向は国のパワーバランスを変えます。そしてその婚約者たちの家の反発が加われば、この国は先代国王の時代のように大いに荒れることでしょう。今では平和なこの国も、先代国王の息子で現国王ダーク様の父親のせいで荒れに荒れていました。
王家に不信感を抱く貴族たちを先代の王様はダーク様の父親ではなく、孫のダーク様に王位を譲ることを表明して宥めたそうです。
それでも荒れていました。
現国王ダーク様は影で腰抜けと言われるほど穏やかな方で、温和な王様と親しみを込めて呼ばれるような方です。その方の治世でようやく貴族たちも王家に対する不信感を緩めてきたのですが・・・
「嘘ですよね? まさか・・・そんな・・・終わってる・・・。この方たちも婚約なさっているなら、その破棄の影響は測りしれないわ・・・」
「そうなの、ココア。私たち16の小娘でもわかることが、将来国を担う優秀な筈の方々にはわからないらしいの。あ、ビター様。馴れ馴れしく呼び捨てはしないで下さい。私は貴方の親友でも婚約者でもございませんので」
「猫をかぶるな、モカ! 俺ばかりかミルクまで愚弄するとはいい度胸だ。お望み通りにしてやる! この国から追放してやる! お前は追放だ、モカ! カカオマスの第一王子ビターの名においてお前を追放する、モカ・カカオマス!!」
ミルク嬢の取り巻きたちはビター様を注視します。
私はモカの顔から目が離せません。
「モカ・カカオマス・・・? モカは王族だったの?」
「お恥ずかしいことに、この暗愚の妹ですの」
「言うに事欠いて尚も言うか!!」
「婚約者がいるにも拘らず、他の女に入れあげて婚約破棄されるのは目に見えてるでしょう? それでも相手が自分だけを選んでくれているならまだしも、みんな仲良く共有させられている時点でこの方たちの器がわかるってものじゃない。ああ、ココア。婚約者の貴女がいるのに、挨拶もできない兄で御免なさいね」
モカの一言でフォダン様がはっきりと彼らから距離をおきました。どうやらモカの言ったことが完全に理解できたようです。
後から聞いた話ではフォダン様は宰相のご子息だそうで、ビター様が王子だとは知らなかったそうです。ただの貴族であれば許されることも王族では許されません。フォダン様がビター王子を見限った瞬間でした。
ビター様が私を見ます。
ようやく気付いたようです。
「ココア嬢、貴女までモカに加担してミルクを――」
「ほら、挨拶もできないでしょう? 可愛げのない馬鹿もここまで来ると滑稽だわ」
本当に滑稽です。
挨拶一つできない王子だなんて。
「婚約者の前で他の女を親しげに呼ぶほど愚かな方だとは思いもよりませんでした」
◇◆◇
モカは兄ビター王子によって国外追放されました。温和な王様も自分の娘が学園で引き起こした騒動の影響を鑑みて、その措置に同意されたそうです。
ところがモカは喜んで国外に行ってしまいました。と言いますのも、モカの恋人は外国人だったようで、彼の母国カフェに行くそうです。
私はあの場で婚約破棄されました。衆人環視でしたが、私もあれで良かったと思います。最早あの方は私のお慕いしていたビター様ではありません。
証人に事欠かない一方的な婚約破棄に私の親族は怒り狂いましたが、温和な王様が執り成して下さいました。何と執り成したかは教えて頂けませんでしたが、お祖父様もお祖母様もお父様もお母様も皆大喜びです。
モカが国外追放されて数カ月後、ビター王子が病に倒れました。ミルクとその取り巻きたちも病に倒れ、ミルクは命を落としました。
病が明けたビター王子の額には王家の焼き印が押され、取り巻きたちは憔悴しきっていました。
取り巻きたちの元婚約者たちの家は多少、溜飲が下がったようです。
私は国が荒れることを恐れていましたが、ミルクの取り巻きたちは彼らの家も納得の上で、温和な王様に扱き使われました。その扱いの酷さには元婚約者たちの家も執り成すほどです。国の荒れようがありません。
そして、温和な王様は乗馬用の鞭を持ち歩くようになりました。
何故でしょう?
時折、王宮では鞭の音と殿方の悲鳴が聞こえるという怖い噂を聞きました。
温和な王様は大丈夫でしょうか?
私たち貴族階級の者は温和な王様の身を案じています。
◇◇◆
青空――
【こうして、温和な王様と忠実な若者たちは国を支えていったのです】
FUZIWARAファクトリー『チョコレートに恋して~温和な王様と忠実な若者たち~』~fin~
ゲーム制作会社の公式発表
◆婚約者のいるルートに入ると、モブが悪役にジョブチェンジしてきて、糖度が控えめになります。
◆温和な王様ダーク「攻略は諦めて下さい」
ゲーム中、唯一の鬼畜属性(それも最凶最悪レベル)を持つ隠しキャラ。攻略しようとすると鬼畜属性に目覚めてしまい、ヒロインの虜になっている攻略対象者に調教フラグが立つ地雷。