4 教会の病室で
伯爵のお城にお邪魔するのは二回目だ。一回目のときは、今は亡き四万十川騎士団長のインタビューをしに行った。今回は、城の奥の会議室のようなところに通された。
前回は、四万十川の執務室で椅子も与えられなかったけど、今回は、椅子もあったし、ちゃんとお茶も出して貰えた。
軽食を取りながら打ち合わせをした。伯爵が議論を主導していたが、すごくペースが速くて、あっという間に方針が決まった。俺の役割は、被害者を集めて被害額を集計すること。
そして、ゼット検察官と一緒に町に戻ってきた。ゼット検察官に同行してもらいたいところがある。
教会に入った。伯爵の城で水を使わせてもらって、着替えも借りたので、もう血まみれではない。
おしのさんの部屋に入った。
ゼット検察官は、
「この匂いは!」と驚いた顔をした。
「何の匂いだ。」聞いた。
「これは、麝香猫人族の匂いだ。」
そうだな。騎士団長と会っていたときに、いつも嗅いでいた匂いだ。今まで気付かなかったことが、今となっては不思議なくらいだ。ゼットにとっては上司に当たるから、すぐに分かったようだ。
「検察官、これは、ほとんど知られていない、麝香猫人族の麻痺毒だ。これで四万十川騎士団長の罪名がもう一つ追加になる。彼女に対する傷害罪だ。共犯者は南門前ホテルの亭主。逮捕して取り調べてくれ。それと俺に対する殺人未遂の疑いもある。」
「分かった。ただ、この匂いでは証拠は不十分だ。あとで君の知っていることを全部書面にして提出してくれ。」
「了解した。」
匂いは証拠に残せないから、検察官に実地で確認して貰ったのだ。
ゼット検察官が帰ってから、教会の庭を借りた。
誰も見ていないことを確認して、大きな葉で包んでいた肉塊を取り出す。血がほとんど抜けていて、いい匂いがした。
一部を小さく切り取って、残りの舌は、布で包んでポケットに入れた。
「我欲乾燥舌」切り取った肉塊を指差して唱えた。そして、
「我欲加工粉状乾燥舌」
このあたりの魔法は、隼人に教えてもらって、うまくいくことは検証済みだ。
掌の上に粉を乗せて、病室に戻った。
コップの水を捨て、コップを裏返しにして、その裏に粉の小さな山を作った。それに魔法で火を点けた。静かに煙が昇っていく。椅子に座って、その煙を見守る。煙が部屋に充満したころ、おしのさんが身動きした。
ベッドの傍に立つ。おしのさんの手をとって両手で握る。
「おしのさん」声を掛けた。
また少しおしのさんが動いた。
「おしの、俺だよ、池だよ。」
おしのさんの目が開いた。
「あれ、池君?どうしてここにいるの?私、さっき騎士団長さんがいて、えっと、あれ?」混乱している。俺は優しくおしのさんの手をしっかり握って顔を近づけた。
「何も心配はいらないから。事情はあとで説明する、おしの、安心してゆっくり休んで。」そういった。
おしのさんは、「あれ、どうしたんだろう。」といって、それから、「池君、顔が近いよ。」と言って少し笑った。そして、また寝てしまった。それでも今までの不自然な昏睡とは雰囲気が全く違う。普通に体力が落ちているだけな感じだ。
俺は、「また来るよ。」と言って、静かに病室をあとにした。




