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12 試練の日

重要な日は、お腹が痛くなるよね。今日もそんな感じだ。


森の中の、広い空き地で待っていた。

木で仮設の台場が作られていた。その上に立ったのは、伯爵、伯爵令嬢、侍従、法務官、四万十川騎士団長、ゼット検事、俺、ギルド組合長だ。台の下には、隼人とクリスチャンがいる。騎士団も来ていた。台の周辺を固めている。


ちょっと挨拶に回った。四万十川騎士団長とも話した。

「こんなくだらない試練は時間の無駄であるな。あの自称勇者が偽者であることはあきらかじゃ。そもそも平民が武装すること自体、百害あって一利なしというものだわ。」と、嫌味を言ってきた。


「ま、わしも、K小学校時代の遠足を思い出して懐かしいとは思うがの。」

くだらん話を聞かされた。小学校は王都の私立に通っていたそうだ。だからどうなんだよ。オンドレの町の名士たちとも、ほとんどが同窓なのだと自慢された。ふわりといい匂いが漂う。それも含めて嫌味な奴だ。


心底くだらないと思ったが、心の中で、「今頃オンドレの町はお前の記事で大騒ぎだぞ。」と考えると少し溜飲が下がった。


それからギルド組合長に言って、戦車に載せてある陳情書と署名について頼んでおいた。試練が失敗したら、それは組合長に処理を頼むことになっている。


ゼットとも話した。

「なんで伯爵の令嬢が来ているんだ。」

「伝統というものだ。保険でもある。つまり、勇者の試練が成功して、勇者であることが明らかになったときには、姫がいなければ格好がつかないだろ。のちのちまで語り継がれることになるのに、そのとき伯爵の令嬢はどこでなにをしていたんだって言われると困るじゃないか。伯爵領では、彼女が唯一、姫と呼べる人物だから一応来ているんだよ。」

そういうものか。形式美というやつだな。


そうこうしているうちに、遠くから角笛の音がした。コミカルベアーを発見して、挑発した合図だ。それが近づいてくる。


木の間から、数名の冒険者たちが走って空き地に入ってきた。全力疾走だ。


法務官が宣言する。

「これより、勇者の試練を開始するにゃ。亀道隼人、準備は良いか。」

「おう。」隼人が答える。少し迷ったが、俺も決心した。本当は、離れたところから魔法で支援する予定だったけど、やっぱりそれはちょっと見苦しい感じがした。台場から飛び降りて、騎士団の陣列をすり抜け、隼人の隣に立ってやった。


「助太刀いたす」「かたじけない」と言葉を交わした。顔を合わせて、お互いにやっと笑った。よし。大丈夫だ。


「池殿、そこは危ないぞ。」法務官が心配してくれた。

「依頼人と共に立って闘うのが弁護士の使命であります。冒険者法第627条の規定に基づき、勇者の試練を補助します。」最後だと思って大見得を切ってやった。整列していた騎士たちのうち一人が進み出て、兜を脱いで俺に貸してくれた。どうやら俺の勇気に感服したらしい。無謀すぎて同情されたのかもしれないけど。騎士さん兜なしで大丈夫かと心配したが、予備があるらしい。後ろに走って取りにいっている。


しばらく全員で、走る冒険者たちを黙ってみていた。突然、空き地の端の木々が大きく揺れ、コミカルベアーの巨体が現れた。コミカルベアーは、空き地に一歩踏み入れてから立ち止まった。躊躇っている。この前と同じだ。本能的にこの場所は危険だと理解しているのだろう。体毛は黒い。冒険者たちは逃げる一方だったから、まだ怒ってはいないみたいだ。


隼人が前に出た。槍を盾に叩きつけて大きな音を出す。

「俺が勇者だ!コミカルベアーよ、今日こそはお前と勝負を決める日だ!」そうだね。前回は俺たち走って逃げたからね。

俺も一応名乗りを上げておこうか。

「勇者を補助する者だ!コミカルベアーよ、お前の命はこれで亡きものと知れ!」


コミカルベアーが隼人を見た。この前追い掛けた相手だということが分かったのだろうか。それとも単純に大きな音を聞いて苛立ったのだろうか。最初はゆっくりと慎重に、それから徐々に早く走り出す。走りながら、体毛がみるみるうちに真っ赤になった。立会人たちや騎士団から、「おお」と声が漏れる。コミカルベアーを実際に見たことのある人間の方が少ないのだ。


俺たちとの距離が200メートルくらいになった。足場は悪いが、それでも30秒もしないうちに、隼人に牙が届くだろう。

200メートルなら俺の魔法がぎりぎり届く距離だ。


「我欲熊帯電!!」なんという呪文だろうか。全然ありがたみを感じない。身も蓋もないじゃないか。


それでも、コミカルベアーに静電気が発生したようだ。冒険者たちが走るときに巻きたてた灰が落ちてきて、獣の身体にぴたっとまとわり付いた。それと同時に隼人も魔法を唱える。盾を叩きながらなので、その音に紛れて他の人間には俺たちが呪文を小さな声で唱えていることは分からない。隼人の魔法は、細かい霧を発生させるものだ。「我欲霧発生!」とか唱えているのだろうか。かなり濃い霧が発生した。コミカルベアーの身体はずぶぬれになった。灰を溶かした水に包まれることになる。アルカリ性だ。コミカルベアーの身体が、みるみるうちに赤から青に変わった。リトマス試験紙だからな。

俺は、刀を抜いた。もうあと50メートルくらいしかない。


隼人が、盾を投げ捨てる。槍を構えたかと思うと、次の瞬間にはコミカルベアーの目の前まで槍が飛んでいた。時間を止める魔法を使ったのだろう。

投槍は隼人がもっとも実力を発揮できる技の一つだ。勇者の素質があって、しかも軍隊で、槍だけを使っていた。ここしばらくもずっと練習をしていた。だからこの距離で、しかもコミカルベアーがほぼ静止状態だとすると、間違いなく命中する。


その槍はまっすぐ青い色をしたコミカルベアーの首の下あたりを直撃した。ずぶりと深く突き刺さる。


台場の上では嘆声が漏れた。コミカルベアーの身体が槍を通さないというのは、軍人や冒険者には常識らしい。それが刺さったのだから、驚きも激しい。


隼人がもう一本、槍を投げる。これは肩に突き刺さった。コミカルベアーが怒りの声を上げ、走ってくる。刺さった槍が地面にひっかかって、更に深く入った。それでスピードが落ちたが、それでも迫力がものすごい。


隼人は傍に突き刺して立ててあった長槍を持った。両手で掴んで走り出す。コミカルベアーは、吼え声を上げて、後足で立ち上がった。腕をあげる。隼人が走る。隼人が気合の入った声をあげた。


長槍は、コミカルベアーの左胸に深く刺さった。急所だとは思うが、コミカルベアーはそのまま隼人に近づいて噛み付こうともがいている。今にも振り切られそうだ。


俺も走って近づいて、一秒だけ時間を止めて左胸に刀を思い切り突き刺した。俺の刀は安物だったから、5センチほど入ったかと思うと、すぐに折れた。そしてコミカルベアーの振るった腕が当たって、俺は3メートルほど吹き飛ばされた。刀の残りは、どこか遠くに飛んでいった。


くらっと来たがすぐに立ち上がった。隼人とコミカルベアーは、まだ押し合いをしている。コミカルベアーが大きく身体を揺すったので、隼人の身体は地面に擦り付けられた。それでも長槍を手から話さない。俺の刀の先もまだ突き刺さったままだ。


俺は、急いで腰につけていた刀の鞘を外し、隼人の捨てた盾を持って、もう一度コミカルベアーに向かった。今までの修行やらを全部忘れて、盾で身をかばいながら、コミカルベアーの腕をがんがん叩きまくった。


コミカルベアーは、それがうっとおしかったらしい。俺を殴ろうと、隼人を押すのをやめていったん身体を起こした。


その瞬間、隼人は咄嗟の判断で、槍を思い切り引き抜いた。この判断の良さは、さすがに勇者の素質があるということかもしれないな。コミカルベアーの胸から血潮が吹き出す。そして、次の瞬間、隼人はもう一度体重を掛けて、コミカルベアーの胸に槍を突きこんだ。コミカルベアーが怒りを込めて咆哮する。


隼人は、すぐに槍を捨て、距離をとる。腰の剣を抜いた。俺も限界に近かったから、少し離れた。立っているのがやっとだ。盾も鞘もいつのまにか落としてしまっていて、完全に丸腰だ。震える拳を握る。あとはこれしかない。


俺たちには、ほとんど力が残っていない。コミカルベアーがあと少し持ち堪えたら、もうなすすべもないだろう。

ほとんど死を覚悟して見ていた。コミカルベアーは、槍を身体に突き立てたまま、しばらく立っていたが、やがて、どうと崩れ落ち、びくびく身体を痙攣させ、死んだ。


俺たちは、試練を通過した。

読んで頂いてありがとうございました。これで第5章が終わりになります。

一番思いいれのあるシーンですが、なんとか読むに耐えるだけのものになっていればと思います。

次からは終章になります。あといくつか波乱がありますので、引き続きお読みいただきますようお願いします。

おそらく明日の夕方か夜に投稿予定です。

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