11 検察官
「ゼット検事!」声を掛けた。
ゼットはびくっとしてこっちを見た。法廷以外のところで顔を合わせるのは、ゼットが夜の居酒屋でナンパしてたとき以来だ。それからは、仕事上の関係しかなかったから、ちょっと身構えている。
ちょっと話があるといって、人気のない喫茶店に連れ込んだ。カウンターから一番遠い席を選び、座って飲み物を注文した。
「なんだ、どうしたんだ。この前のナンパの話か。誰にも言っていないだろうな。」
動揺してるぞ。やっぱり現役の検察官がナンパというのは、若干外聞が悪いのだろう。
「いやいや、全くの別件なんだが、その後ゼットのところは給料は払われたかね?」
時間がないから単刀直入に本題に入った。
「うーん、それはお前には関係ないだろ。」
「四万十川騎士団長っていうのは、どういう人間なんだ?」
こっちの手札を開いて見せた。ゼットは俺を睨んでいる。小さな声で答えた。
「立派な上司だ。ところで、お前はどこまで掴んでいるんだ?」
「証拠はないが、立派な公金横領事件として捜査されるべきだろうと思っている。」
ゼットは顔色を変えた。
「悪いが、俺は何も聞かなかったことにする。その方がお互いのためだ。」
「いや、そういうわけにはいかない。ここで話を聞いてくれないとなると、正式に告発状を提出することにする。」
ゼットは立ち上がった。
「証拠もなく告発状を出せば、誣告罪になるぞ。」
そこで、不動産登記簿謄本を出した。四万十川騎士団長所有の不動産が全てマクミランとかいうよく分からない企業の抵当に入っていることが明らかなものだ。
ゼットは座って、登記簿を見始めた。法律家にとって登記簿は情報の宝庫だ。登記簿を目の前に置かれたら、それを見なければならない強迫観念のようなものを感じるが、それは検察官も同じらしい。
「この抵当はどういうものだ。」ゼットが乗ってきた。
「王都で博打をやっているらしい。」
「登記簿だけでは動けない。」そうだろうな。自分の上司であり、伯爵領における軍事を任されている相手だ。軽率に動くわけにはいかないだろう。
「そのほかにも色々問題があると聞いている。こちらももう少し材料を集めたりしようと思っている。俺はゼットが、騎士団長に対して強制捜査をすべきだとか、して欲しいとか、そういうことをいうつもりはないんだ。それが極めて困難だということは分かっている。ただ、俺はもう少し情報を集めて動いてみるつもりだ。そのときは、お前のできる範囲で支援して欲しいんだ。」
ゼットは考え込んだ。
「俺は何も約束しない。しかしな、池、お前死ぬぞ。」
脅された。
通常なら、検察官に脅迫されて大人しくしているように圧力を掛けられたと受け止めるべきだろう。しかし、ゼットがそういう人間ではないことは分かっている。単純に忠告してくれたということだろう。
「一応、俺の方でも公金横領については、探りを入れておく。そっちのXデーはいつだ。」
「そんなにすぐじゃない。まだ準備に時間がかかる。」
本当は数日後なんだが、そこはぼやかしておいた。
もうあたりは暗くなっていたが、それから南区の八百屋を探した。閉店していたがノックをする。
「すみません、こちらにメアリーさんはおられますか?」
「はーい、メアリー!お友達よ!」
メアリーさんが奥から出てきた。
「あらっ、あのときの男の子なのね」
俺は記憶にない人だったけど、向こうは覚えていてくれたらしい。俺が見知らぬ二人組に襲撃されたときに手当てをしてくれた人だ。
二人で外をゆっくり歩きながら、公園に向かった。
「メアリーさん、命の恩人です。」
「ううん、そんなことないよ。私はちょっと手当てをしただけ。」
「それから、身体も拭いてくれました。」
「あ・・・意識があったんだ。」
覚えているぞ。メアリーさんは、俺の身体をものすごく隅々まで拭いてくれていたんだ。全身がふわっとなったのを覚えている。
「へへへ。ありがとうございました。」
「んもぅ。恥ずかしかったんだからね!そのことは忘れて。」
公園のベンチに座って、ちょっとお互いのことを話した。それから、
「あのときのお礼です。」って言って、
メアリーさんの方を向いて、頬を両手で挟んで覗き込んだ。
「ん」メアリーさんは目を閉じる。
そして俺はメアリーさんにキスした。
そのあと、メアリーさんは、もじもじしながら言った。
「良かったら、君の宿屋のお部屋、見せて欲しいな。なんか雰囲気のいい宿屋で綺麗な部屋だったよね。あのときは、そこまでじろじろ見るような状況でもなかったから。」
おっとまずい。ティナちゃんいるじゃないか。
「すみません。秘書ちゃんがいるので。」女の子だということもさりげなく言っておいた。
「そうなんだ・・・。メンデス君、もてもてなんだろうね。」
開き直ることにした。
「そうです。でもメアリーさんのことも好きですよ。今のキスは遊びじゃない。」
「ふふ。じゃあ、今度、秘書ちゃんがお留守のときにね。」
ま、イケメンなんて、そんなものですよ。異世界だしね。
後日の約束をして、宿屋に戻った。ティナちゃんはもう家に帰っていていなかった。
そんな感じで数日間を宿屋で過ごした。
7月30日に隼人が森から戻ってきた。その日は美味しい晩御飯を食べ、宿屋の俺の部屋の隣に泊まらせた。亭主には何も言っていない。宿屋の管理は、もう目茶苦茶になっていたから、隣に人が勝手に入っても分からない状態になっていた。
次の日、まだ暗いうちに東の城門に行った。片桐組長とターニャがそれぞれ見送りに来ていた。
片桐組長は、新しい月刊誌を俺に渡した。
「先生できたよ。現場で活用してくれ。こっちは今から撒く。ところで、これには広告を載せてない。迷惑がかかるからな。了解してくれ。」
「もちろんです。」答えた。
ターニャも俺に書類を渡した。
「みんなの署名。」被害者の会の全員から陳情書への署名を集めてくれていた。陳情書は俺がもう作ってある。
「では、行ってきます。ありがとうございました。吉報を待っていて下さい。」
組長とターニャにお礼を言った。頭を下げた。組長は俺と堅く握手をしてくれた。ターニャは優しく俺を抱きしめて、「祈ってる」といってくれた。
そして俺と隼人はグレイの牽く戦車にのって、試練の場に向かった。




