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8 イケメン勇者、駆ける

イケメンになった勇者は、のびのびと闘っている。やっぱりあの顔があいつを卑屈な気持ちにさせていたのかもしれないな。普通に美醜を越えた不快な雰囲気だったから、本当に辛かったのだろう。


それから数日は、その周辺で過ごした。狸、猪、ゴブリンという感じ。隼人は、「次はオークだ。」と言っていたけど、そういう段階は、俺良く分からんから、完全にお任せ。


何度か町に帰った。魔物の肉や毛皮は、それなりの値段で売れた。その間は、隼人は広場に残って投槍の練習をしていた。こっちの方もそれなりにうまくなったみたい。


「もう少し奥に行くか。」

どちらともなく言い出して、数日間を過ごした広場を撤収した。


戦車を牽いて進むのはもう無理だ。断腸の思いで、その場に置いてきた。魔物は手を出さないだろうけど、他の冒険者が来たら、何かされるかもしれない。盗まれても文句をいうのは難しいし、面白半分で壊されるかもしれない。


更に森の奥に入っていくと、空気が重くなってきた。全体的に湿っているし、足元もぐちゅぐちゅしているところがある。木の枝や葉も厚くなっていて、昼間でも薄暗いし、見通しが利かない。木の根が至る所にむき出しになっていて、小さな川とかもあるし、全力疾走が難しそうな地形だ。


「これはなんか危ない感じだな。」隼人が呟く。俺は返事をしない。荷物を持っているからだ。グレイは戦士待遇で来てもらっている以上、荷物を持たせるわけにはいかない。隼人はレベル上げしないといけないし、何かあったときに戦闘力が期待できるから手ぶらだ。俺はサポート役に徹すると決めたから、これは当初の予定どおりではあるんだが、いずれにしても返事をする余裕がない。自分から言い出したこととはいえ、少し不満に思わないでもない。


もっとも戦闘は全て隼人とグレイ任せだ。

魔犬とか魔蛇、魔トカゲとか、やったら危険そうな魔物をどんどん倒していく。群れになっているのもいたけど、よほどまずい雰囲気でない限り、俺にはお呼びが掛からない。その間俺は荷物を降ろして、その辺に座って休んでいるんだが、ちょっと寂しい。

なんか、友達の家にお呼ばれしたのはいいけど、知らないゲームで他の奴らとレベルが合わないから放置されている気分だ。


それでもぐりぐり歩いていくと、突然隼人が立ち止まった。俺は下ばっかり見ていたから、全然気付かず、隼人の背中にぶち当たってしまった。

「っと。」といいつつお互い体勢を立て直す。「なんだよ!」って言わなかったのは、俺なりに魔の森に慣れてきたということだろう。警戒した方がよさそうだ。


隼人とグレイの視線を追う。遠くに豆粒くらいの黒いものが動いているのが見えた。

「何かね。」小声で聞いた。

「分からん。」小声で返ってきた。

じっと見ていると、それが動きを止めた。そうかと思うと、グォー!!とものすごい雄叫びを上げた。以前聞いたグレイの吠え声よりも迫力は上だ。


「なんかやばい感じがするぞ。退避しよう。」建言した。

「うむ。そうだな。」隼人が重々しくうなずく。

そうっと後ずさりしながら退路を確認する。どこまで逃げるべきか分からないけど、向こうが諦めるまでだ。


こっちが下がる。あっちが進む。そうやってお互いの距離が詰まっていくにつれて、緊張が高まってきた。


「悪いが、緊急事態だと思う。荷物を捨てるぞ。」そう断って、荷物を捨てた。中にはテントや鍋、保存食が入っている。あと醤油とか。その代わり、隼人から投槍を預かった。これでどちらも少し身軽になった。

「よしっ!」二人と一頭でくるりと回れ右をすると、懸命に走り出した。あいつは、とにかくやばそうだよ。絶対にまずいと思った。


グワァアア!と辺りを響かせるくらいに吠えながら、その黒い塊も走り出した。四本足でもりもりと筋肉を動かしながら走ってくる。かなり早い。

「熊だな。」息を切らしながら言った。


「逃げ切るのは難しいかもしれん。」隼人がいう。

「よし、手分けしよう。」


まず俺が残ることになった。その間、隼人とグレイが走って距離を稼ぐ。

「怖いぞ!俺は怖い人なんだぞ!」と脅した。挑発するやり方は隼人のを見よう見まねで覚えたけど、脅すのはやり方がよく分からない。ちなみに、脅すのは脅迫罪ね。


熊は全然脅されなかった。俺に近づいてきて、3メートルくらいのところで止まった。その瞬間に、俺は思い切り槍を投げた。

熊は、ごくごく簡単にその槍を振り払った。そりゃそうだよね。俺の投げる槍なんて、まっすぐ飛べばラッキーくらいの威力しかない。


それでも熊は怒ったらしい。後足で立ち上がって、再度吠えた。すごくでかい。四本足のときでも最大事のグレイよりも大きいくらいだけど、後足で立ったら、高さは4メートルくらいはありそうだ。

熊が吠えた瞬間、驚くべきことが起きた。


熊の全身が真っ赤に染まった。

これは、あれだ。コミカルベアーだ。魔獣大図鑑を思い出す。「警告。コミカルなところは一切ない。」と書いてあった。

そうだよな。こいつを目の前にして、面白い感じはしないだろう。


熊の全身の何箇所かが、膨らむのが見えた。

「我欲止時間!」唱え終わったのと、その熊からぴゅっと液体が出るのとが同時だった。俺の肩の少し手前で液体が静止している。これが武器や人を溶かすというものだろうか。


本当ならこの隙に反撃すべきなのだろうが、この熊には刃物が立たない。

貴重な1秒を使って、距離をとった。


振り返ると、びちゃっていう音がして液体が地面に落ちた。じゅわわっ!という音を立てて煙を出した。


間髪をいれずにもう一度時間を止める。

また走った。


この世界の魔法のいい点は、連発ができるということだ。時間を止めている間に呪文を唱え始めて、時間静止が終了してからすぐくらいに唱え終わる。そうすると、1,2秒ごとに時間を止められるくらいになる。それでコミカルベアーからかなりの距離をとった。


それから、完全に背を向けて、全力疾走した。息の続くたびに呪文を唱えて時間を稼ぐ。


グレイが待っていた。巨大化している。巨大化っていっても、これがグレイの本当の大きさだ。


「グレイ!こいつの出す液体に触れるな!近寄らずに威嚇して、時間を稼いだら逃げて来い!」

そう叫んで、そのまま走りぬいた。


グレイもコミカルベアーというのがどういうものかは知っているらしい。かなり腰が引けている。獰猛な唸り声を上げているが、少しずつ後じさりしていた。


しばらく走っていると、グレイがものすごいスピードで俺を追い抜いて逃げていった。

ふと思い出したように俺のところに戻ってきて、背中を貸してくれた。グレイの背中に乗って、更に距離を稼ぐ。


隼人が待っていた。投槍を構えている。

「無駄だっ!コミカルベアーだ!」叫んだが、隼人もあいつの色を見て悟ったらしい。

「時間を稼ぐ!そのまま走れ!」

そう叫んで盾を構えた。


更に走り続けると、隼人も走ってくる音が聞こえてきた。こっちの方が早いけど、隼人も必死に走っている。少しは時間が稼げたらしい。たまに隼人が10メートルほど瞬間移動しているように見えるのは、おそらく時間を止めているからだろう。


そうやって走っているうちに、不意に明るい場所に出た。広い空き地だ。

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