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第6章 魔の森の奥で 1 まずは出発の準備を

宿屋に戻ったのは、夜遅くだった。

隼人を連れて、リシャールの家で魔法の説明を受けた。俺は二回目だけど、一応一緒に聞いていた。そのせいで、かなり遅くなってしまったので、朝もすっきりと目覚められなかった。


まどろんでいると、そうっと掛け布団が外された感触がした。誰かがふわりと俺の上にまたがってくる。


薄っすらを目を開けると、ティナちゃんが真面目な顔をして俺を覗き込んでいた。


「メンデス先輩、おはようございます。」

「おはよう。」無難に答えてみた。何をしているんだろう。まだ寝惚けていて判断ができない。


「先輩、おとといの夕方、私にキスしようとしましたよね。」

ああそうだった。六郎さんが飛び込んできたからそのままになってた。

次の日は朝早くからチーム流星のアンドロポフのところにお金を受け取りに行ったりしてて、全然時間がなくてティナちゃんと顔をあわせることもなかった。

かなり色々なことがあったので、すっかり忘れてしまっていた。


「先輩、私、遊びでもいいです。」

俺の経験上、「遊びでもいいです」っていう女ほど重い女はいない。

いや、前世ではそんなこと言われたことなんてないけどね。この異世界に来てから、俺も多少は女の子というものに慣れてきた。その俺の経験上、ティナちゃんは、今、とてつもなく重い。いや、体重の話じゃないよ。とりあえず困った。


「俺にとって、一番はおしのさんだ。それは揺るがない。二番目はティナちゃんかもしれないけど、その他に、ターニャとかキアナちゃんとかナーナ(エルフの人妻ね。)とかピーコちゃん(キャバ嬢ね。)とか屋台のお姉さんや法務局の窓口ちゃんとか、色々気になっている人はたくさんいる。他にも誰か忘れているかもしれない。要するにたくさんいるんだ。それを受け入れられないのなら、今日を限りに出て行ってくれ。」


なんか、ずいぶんたくさんの名前を並べ上げた。ティナちゃんもドン引きしている。ちょっとフォローしようか。


「しかし、おとといティナちゃんにキスしようとしたのは後悔してない。」


ティナちゃんの肩を軽く抱いた。

「ちょっと目をつぶってろ。」優しく言った。


ティナちゃんは、混乱している。しかし、ここは勢いで押し切るのが正解だと俺の本能が告げた。

抱き寄せた。ティナちゃんは目を閉じた。そして俺はキスした。

ティナちゃんは最初は身体を固くしていたが、だんだん力を抜いて俺に体重を掛けてきた。全然重くない。俺も目をつぶってティナちゃんの身体を全身で感じていた。

生涯で二回目のキスだ。エルフの人妻のナーナとが一回目だったけど、やっぱり自分が好きな女の子とするキスは全然違う。ティナちゃんの気持ちもしっかりと伝わってきた。


しばらくして、口を離した。なんだか気恥ずかしい。

「長い間冷たくして悪かった。」

「あ、いいえ。私が悪かったんです。」

それから二人で黙っていた。ティナちゃんはベッドの上で俺のとなりに降りて、俺の方を向いて身体を寄せてきた。


「あ、私、お仕事始めますね!」

「あ、うん。」

「なんだか元気がでちゃいました!」

いい子だな。


なんか、俺、他の女も気になっているとか、結構非道なことを言ったような気がするが、それはとりあえず構わないらしい。

ま、異世界だもんね。


俺も起き上がって、服を着替えた。

ノックの音がして、隼人が入ってきた。


「おはよう。」隼人がいった。

「おう。昨日は休めたか。」答えた。それから、

「ティナちゃん、こちらは亀道隼人だ。お茶お願い。」と指示した。

亀道隼人は、呪いのせいで、初対面の人間に好印象を持たれることが絶対にない。ティナちゃんも、かろうじて不快感を表に出さずに、「はい」とだけ言って、厨房に降りていった。


俺は金の袋を出した。大金貨5枚が入っている。


「装備を買うのは午後にしよう。午前中は、隼人は食料品などを買い込んでおいてくれ。俺は図書館でコミカルベアーとやらを調べてくる。」

「分かった。」

それから少しその他の打ち合わせをした。主に魔法を戦闘にどう役立てるかとかを相談した。


ティナちゃんの入れてくれたお茶を飲んで、隼人と俺はそれぞれ出発した。


途中で朝ご飯を食べて、それから図書館についた。コミカルベアーを調べる。


「魔獣大図鑑」というのをとって席について読み始めた。

コミカルベアーというという項目はなくて、必死になって探していたら、

「ケミカルベアー」の項目に、

「別名コミカルベアーともいう。誰かが言い間違えたため、現在はコミカルベアーと呼ばれることも多い。警告。コミカルなところは一切ない。」と書いてあった。


説明を読む。

ケミカルベアーは、ものすごく堅い毛皮をしている。槍を刺しても通らない。

毛皮の毛はそれぞれがものすごく細いストロー状になっていて、興奮するとじわっと液体を染み出させる。筆ペンみたいな感じだな。その液が物質を溶かす性質があるため、剣を何度か叩き付けたりしているうちに、剣がぼろぼろになって折れてしまうらしい。なんだよ、それ。恐ろしすぎるだろ。

ちなみにじわっと液体が染み出たら、体毛が赤く染まるのだそうだ。あんたリトマス試験紙か。

それから、ケミカルベアーは、身体のあちこちから噴水のように、その液体をぴゅぴゅって出すそうだ。それにうっかり当たってしまうと、身体の表皮が溶けるのだそうだ。

なんか、地味に対応に困りそうだな。


実際にケミカルベアーを討伐するためには、長い棒の先に火をつけて大勢で囲むらしい。それでも、反撃されて死亡する者もいるが、今のところそれ以外にまともな方法がない。魔法とかがない世界だもんな。そう考えると、コミカルベアーが超危険種だとされるのも分かるわ。


宿屋に戻った。隼人はそんなに金がないだろうから、お昼ご飯を二人分買っておいた。ティナちゃんはいつも自分のお弁当を持ってきている。


隼人は俺の宿屋の端っこに、買い揃えた消耗品をどすんと置いた。食料、水袋、テント、毛布、カンテラ、薬、包帯などだ。俺はそのあたり素人なので隼人の判断に任せる。


それからコミカルベアーについて俺が調べたことを説明した。


「それなら俺の槍と盾だな。」と隼人がいう。

「槍っていうのは投げるのか突くのかどっちだ。」聞いた。

「どっちもだ。投げる用の槍というのがある。それは少し軽くて短い。そして返しがついているから抜けにくいようになっている。」

なるほど。

「じゃあ、投槍を数本と持って使う槍を予備入れて2本だな。それから盾か。」

「自分のがあるぞ。」

「俺は素人だから分からないが、高級品の方がよくないか。」

「そうだな。」


ということで、大金貨50枚を渡した。多分それで足りるという。隼人の防具も込みだ。俺も刀と防具を新調しようかと思ったけど、あのドワーフのオヤジに会いに行くのが億劫だったので、今の刀と防刃チョッキでなんとかすませることにする。


それで隼人が出かけて行ってから、あとのことをティナちゃんに指示した。


あとのことといっても、今のところ動いている仕事はそれほど多くない。

西島組の月刊オンドレの方は、しばらくはアンケートが届かない。

マルチ商法の方はチーム流星のターニャとアンドロポフがやってくれている。

被害者の会については、エリカが被害者を募っているところだけど、これはしばらくは集まるのを待っていればいいだろう。一応、そういうことをはじめているということはティナちゃんに言っておいた。

あとは、新しい仕事の依頼が入ったら、受けられないかもしれないことを説明して、俺が帰るのを待つと答えておくように頼んでおいた。


それから夕方になったので、西島組に顔を出した。片桐組長は心配してくれたが、大丈夫ですとだけ答えておいた。

それと、マルチ商法被害者の会を結成したことを伝え、近いうちにこの件で町中が騒ぎになるだろうと言ったら、「じゃあ、四万十川騎士団長を弾劾する記事を書いておいてくれ。」と頼まれた。そうだよな。なんか、本物のジャーナリストになった気分がする。巨悪を撃つ!っていう感じの仕事だ。もっとも、その巨悪の後ろのもっと悪い奴は俺自身なんだが、その辺は都合よく忘れることにする。


これで準備は万全だな。


次の日は、夜明けに隼人と東の城門で待ち合わせだ。

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