23 ここが勇者の旅路の果てだ
3話続けて投稿しました。最終話からご覧の方は、二つ戻ってお読み下さいますようお願いします。
折角気分良く一日を終えるはずだったのに、面倒なことになってしまった。
裁判が閉廷したので、俺は隼人に近づいていった。
「どうするんだ、コミカルベアーって、どんな奴なんだ。お前、やれるのか?」
一応聞いてみた。
「駄目だ。今の俺では勝てない。今から一月半で必死にレベル上げをするしかない。」
大丈夫かよ。いや大丈夫じゃなさそうだな。
「俺もできる限りの協力はする。装備品とかはなんとかする。今から少し相談しよう。」
「いや、すまない。俺は今日のうちにギルドに行って、以前やった仕事の報酬を受け取る予定になっていたんだ。精算が終わったときにあいつ、クリスチャンとかいう冒険者に絡まれたんだ。今日いかないとギルドとの関係が悪くなって、今後もっと辛い状況になる。」
「じゃあ、明日の夜に俺の宿屋に来てくれないか。俺は日中はちょっと用事がある。」
次の日、朝から夕方まで外にいた。ティナちゃんにはメモで指示している。日中に用事を済ませてから、宿屋に来た隼人と合流して西区にある居酒屋に行った。ちょっと静かで密談しやすい雰囲気だったから、気に入っていた。
俺の計画を話す。
「俺は仕事があるからずっと付き合うのは難しいが、これから新しく入ってくる仕事はできるだけ断ることにする。それで、戦車があるから、お前をレベル上げできる場所に送り迎えするとか食料品などの補給とかはできる。それから魔物と闘うのなら、俺もサポートする。もっとも俺の戦闘力は期待しないで欲しい。」
俺自身も追い詰められているから、最大限の協力をするべきだと考えた。
「助かる。装備品については武器屋に行きたいんだが、いくらくらいまでは大丈夫か?」
実は今日の昼間にアンドロポフと会っていた。マルチ商法の売り上げで相当な額が入っていたから、取り急ぎそのうち大金貨100枚を受け取ってきていた。1000万円相当だ。
「大金貨100枚だ。明日図書館でコミカルベアーっていうのがどういうものか調べて、それから一緒に装備の買出しに行こう。レベル上げはどこでするんだ?」
「東の城門を出てしばらくまっすぐ行く。そのままいくと伯爵の城になるんだが、その前に森に入る。あまり奥に行くとコミカルベアーに会ってしまうけど、まあ大丈夫だろう。歩いたら2時間くらいは掛かるが、戦車があるのなら20分くらいだ。」
「さっき言ってたレベル上げって奴だけど、身体が痙攣して動けなくなって、それから身体が軽くなる奴か。」
「そうだ。俺は軍で槍歩兵だったから、何度かレベル上げを感じたことがある。だから、槍と盾はそれなりに使える。もちろんそれなりに使えるっていう程度だと瞬殺されるだろうけど、それでも今考えられるのは、それ以外にはない。やっぱり、魔法が使えないのは、痛いな。」
「魔法?」
「ああ、すまん。ゲームとかの話だ。この世界には魔法がないからな。正直、魔法がない限り、コミカルベアーと闘って勝つのは絶望的だ。どんな奴かまだ調べてないけど、集団で囲んで闘っても相当な被害が出るときいている。」
「ん?魔法ないの?あ、そうか。そうだな、ないんだったな。」
忘れていた。俺、実は魔法使いだもんね。30歳まで何もなかったものですから。
・・・
そういえば、隼人もまだだったんじゃなかったっけ?これは、・・・いけるぞ!
「ふっふ。お前は覚えているか。前の世界の話だけど。30歳を過ぎたら、すごいことがおきるって。」
隼人は力なくこっちを見た。
「そういえば、そういう話もあったな。なんだったか。ああ、魔法使いになれるんだっけ。そこまでこじらせるつもりはなかったから、全然興味なかったけど。」こじらすって、あれをか。そうだな、隼人は、転移したときは15歳だった。そのときに、自分が30歳まで女に縁がないだなんて、普通は考えないよな。
「実はな。こっちの世界では、それが本当に起きるんだ。」小さな声で教えた。
「!!」
「こっちじゃあな、30歳過ぎて女性に縁がなかったら、本当に魔法使いになれるんだぜ!」
「って、いうことは、俺、30歳・・・。」隼人がつぶやく。
「そうだよ、お前、この前、捕虜生活も長かったし、まだ未経験だって言ってたよな。だから、魔法使いになれるんだよ。」
隼人の顔がさあっと青ざめた。どうしたんだ?
「俺、やけくそになって・・・昨日の夜、酒を飲みに行ったんだ。」
「うんうん、それで。」
「本当は俺だって、最初は普通の女の子がいいって思ってた。特に美人じゃなくてもいい。本当に普通の子と恋愛したかった。でも、俺、こんな顔だし、もうじき死ぬかもしれない。」
なんかまずい方向に行っている気がするぞ。
「昨日、冒険者ギルドで報酬を受け取ったから、それで、・・・それで、昨日、行ってしまったんだ。」
「え・・・。お前、まさか。」
「売春宿に初めて行った。」
頭の中が真っ白になった。まずいぞ。ひどくまずい。
「お前のお誕生日はいつだ!30歳のお誕生日はいつだ!」俺は立ち上がって大声を出した。こんなにうろたえたのは、人生で初めてかもしれない。転移したときは全然慌てなかったが、今はすごく焦っている。ちらほら入っている他の客がこっちを見てる。
隼人は、下を向いてテーブルをガツンと叩いて泣き出した。涙で汚れてひどい顔がもっとひどくなった。
「今日だよ!今日のこの日、俺は30歳になったんだ。30年前の今頃、日付が変わる少し前に俺は静岡県わくわく病院で産まれたんだよ!」と怒鳴った。
なんてことだ。こいつは、1日早く売春宿にいったがために、魔法使いになるチャンスを失ったのだ。俺はあまりのことに言葉を失った。
酒場は静まり返っていたが、少しずつ穏やかな拍手の音が聞こえ始めた。
おっさん、おめでとうよ。とか、これからが人生の勝負時だぜ、だとか、なにこれ、やらせ?とか、うわ、ぶっさ。とか。小声で他の客が話しているのが聞こえる。最後の誰だよ。
俺はもうなんて言ったらいいか分からなかった。とりあえず椅子にへたりこんでグラスを持ち上げる。
「30歳になったお前に。」
かちりと乾いた音を立てて、グラスとグラスが触れ合った。口をつける気にもなれず、頭を抱え込む。隼人も呆然としている。
そうすると、魔法なしで闘うしかない。でもそれだと絶望的だということだ。そうすると、隼人もそうだが、俺もおそらく破滅だ。
来月には、審査の日が来る。隼人は、コミカルベアーと闘って死ぬ。俺は信用を失って、世界中の誰からも相手にされなくなる。こいつを連れて、荒野にでも逃げるしかないか。
頭の中で音がした。念話通信だ。
(おおっ、池殿!リシャールでござる!)えっと、あいつだ、オンドレ町魔法使い連盟(自称)の人だ。
(忙しい。じゃあな。)
(待てっ!待てでござるよ。実は、いま、我らの新しい仲間が誕生したでござる。池殿は、今、西区にいるのでござろう。拙者が行こうと思ったら、池殿が近くにいたのですよ。ウヒャヒャ!そこに金の子犬亭という居酒屋がある。)
(俺そこにいるよ、いま。)
(なんと!やはりDTは惹かれあうのですな。お互い至高なる存在に選ばれし者としての何かが働くのでござろうよ。さすが池殿ですな!DTの中でもっともDTらしきDTの覇者ともいうべきですぞ!そこにハヤトという人間がいるでござる。イヤッホゥ!彼は今日、新しく魔法使いとしての人生の第一歩を踏み出すでござるよー。すぐ連れてきて下され。)言いたいだけ言って、通話が切れた。
何を言っているんだ。隼人は、こいつは、もう違うんだ。昨日の夜、大人の階段を登ったんだ。何かの間違いじゃないか。
「隼人、お前、昨日の夜、酒を飲んでたんだよな。」
「ああ、そうだよ。でも記憶は確かだ。多少は酔ってたけど、間違いなく行った。店の名前も覚えているぞ。『いいわけニャンニャン』だ。」
なんと、あそこか。チーム流星の傘下の店だ。エルフヤクザがバックについてる。おや、何かひっかかるものを感じた。重大なことを思い出さなければいけないようだ。前に何か不始末があった。あれか。あれだったら、隼人は魔法使いになれるかもしれない。
「なんていう女だった?」急き込むように尋ねた。
「え?」
「だから!なんていう女だったんだ!」
「ああ、ハナコちゃんだ。・・・いや、ちがうな、エリザベスだったかな。違う。お店のナンバースリーだって勧められた。かなり美人だった。えっと、サキだったかな。うん、そうだ、サキだ。間違いない。猫娘のサキだ。」
「サキか。サキちゃんか。あの羊使いのお咲か!」俺は記憶にある例の女のいまわしき二つ名を叫んだ。羊使いのお咲は、酔った客にはちゃんとした接客をしないという悪い癖がある。まだ治っていなかったのか。安堵のあまり力が抜けて、椅子の背もたれに体重をかけて天井を見上げた。笑い出した。
隼人はびっくりしてこっちを見ている。俺が突然上を向いて笑い出したので、少し不快そうだ。
「おめでとう。お前はまだ綺麗な身体だよ。昨日の夜、お前の相手をしてくれたのは、サキちゃんじゃない。サキちゃん秘蔵の羊の腸だ。」
隼人に笑いかける。
「そしてお前は今夜から魔法使いだ。」
読んで頂いてありがとうございました。かなり前に書き溜めていた部分でしたので、つじつまが合わなくなっているか心配です。
これでこの章は完了して、次回からは修行編に入っていく予定です。
書き溜め分が穴あき状態で、あちこち補充していく必要があるので、少しペースは落ちるかもしれませんが、引き続きよろしくお願い致します。
おそらく明日には投稿できると思います。




