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22 勇者の試練

無罪判決の余韻に浸っていると、法廷の外が騒がしくなった。

かなり強そうな冒険者が男を引きずって入ってきた。

「法務官様、こいつは、自分のことをでたらめに勇者だなどと言っています。厳罰に処して下さい。」

「君は誰だにゃあ。」

「はっ、私はこの町の冒険者の第一人者、森でも荒野でも山でも谷でも、全ての魔物とあくなき戦いを続けてきた男、クリスチャンと申します。」

暑苦しい自己紹介だな。しかし、そのクリスチャンが引きずってきた男は、隼人じゃないか。一緒にこの世界に転移してきた隼人だ。

そうだ。あいつの職業は、神様の設定で勇者っていうことになっている。しかもこの世界では、詐称が絶対に許されないから、職業を聞かれたら、笑って誤魔化すか、正直に勇者だと答えるしかない。

そして、あいつは、神様の呪いのせいで、ひどく嫌われているし、30歳という年齢の割りには実力が低いから、周りから馬鹿にされている。

それで、冒険者の第一人者と自認する奴にいたぶられていて、どうしても勇者だと答えなければならない状況に追い込まれたのだろう。


法務官が尋ねる。

「そこの者。名前と職業を述べよ。にゅ!」

隼人が顔を上げた。

「亀道隼人、勇者です。」

傍聴席が爆笑した。だって、首根っこ掴まれて引きずられて法廷に入ってきた弱そうな男が勇者って言われると、そりゃ笑うよな。そして笑いが静まるとともに、代わりに怒りの気配が満ちてきた。身分詐称が明らかだから、これは社会秩序に対する重大な挑戦だ。


迷った。知らないフリをしようかとも思ったが、どうも寝覚めが悪い。俺は個人的に隼人が勇者であることが本当だと知っている。神様と話しているのを聞いたからだけど、ここでそんなことを言っても誰も信じないだろうし。

「法務官閣下、本人が勇者だというのであれば、勇者なのでしょう。私は彼がそう述べるのであれば信じてあげるべきだろうと思います。」

微妙に逃げ腰で言ってみた。


「池殿、この自称勇者をかばうおつもりかにゃ?勇者であることを保障したりすると、池殿の名声も地に堕ちるにょ。」

法務官が俺の方を見た。薄く笑っている。まずいぞ。追い詰められた。ここで逃げると、それはそれで評判が落ちる。かといって、俺も、隼人が勇者であることを保障するほどまで肩入れしたくない。

「法務官閣下、私が申しているのは、この者が勇者でないということは、証明できていないということです。」

俺には、屁理屈は通用しないぞ。証明責任は告発した側にあるのだから、勇者であるかどうかは不明であればこっちの勝ちのはずだ。片桐組長は、この理屈で誤魔化したらしいが、俺はそうはいかない。


クリスチャンがにやにやしながら言った。

「それなら簡単じゃねえか。試練を課して失敗したら勇者ではないことが明らかだ。そのときは勇者様は嘘吐きだ。池先生とやら、あんたも同じだよ。」

そういう問題じゃないだろう。勇者といっても、必ず戦って勝つというわけではないだろう。そう言いたかったが、そうはいっても勇者は強いというのが常識だ。いやしかし、隼人には特殊事情がある。実力がつく前に勇者という職業が与えられてしまったんだ。それを説明するのは難しい。しかもなんか俺まで巻き込まれてしまっている雰囲気になっている。


クリスチャンがいう。

「最近、森にコミカルベアーが出るという話だ。それをこいつが一人で退治できれば勇者様だな。」


コミカルベアーってなんだ?熊の一種か。正直、異世界に来て、魔物については、何も調べていなかった。全然興味なかったし。コミカルなベアー。面白い奴か?楽しく語り合うのだろうか?意表を突かれて、ちょっと反論が遅れた。


「分かったよ。殺ればいいんだろ、殺れば!」

隼人が爆発した。それはそうだろう。ここまでぼろくそに言われたらやけくそになるのもよく分かる。しかし俺を巻き込むのはやめてもらえないかな。お前、そのコミカルベアーとやらをちゃんと殺せるのかよ。怖かったらどうするんだ。なんか、でかそうだぞ。それに怒らせると危ない奴な感じがする。なあ、もっと穏当に行こうよ。


法務官が、すぐに反応した。いつも思うのだが、この法務官は、ものすごく反応が早い。頭の回転が速いんだな。実は少しだけ尊敬していないでもない。なお、性格は悪い。


「それなら話が早いにゃ。先日のドラゴンの空襲の際、火球が落ちて、森の奥のかなりの部分が焼けたため、荒地がいくつかできていると聞いたにゃ。そこならコミカルベアーをおびき出すことができるし、我々も立ち会って、勇者が闘う様子を検分できるにょ。それで、自称勇者がコミカルベアーと闘うとよいにゃ。おびき出すのは、冒険者ギルドに裁判所から発注する。勇者殿、これでよいかにゃ。」


慌てた。まさか明日とか言わないよな。割って入った。

「お待ち下さい閣下。準備期間を要します。」

「それはもちろんだにゃ。勇者の当然の権利だと思うにゅ。それでは、冒険者法第627条の規定を準用し、勇者の試練を行うこととする。日程は、来月末日。本日が6月18日なので、試練の日は7月31日にゃ。」


「了解した。」隼人が答えた。いいのか。もうどうなってもしらないぞ。

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