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19 君がやってるその勧誘、俺が始めた詐欺商法だぞ

ドアを開けて女が入ってくるのは人生の楽しみの一つだ。しかし、せめて名乗って欲しい。名乗らない相手は大抵は面倒ごとを持ち込んでくる。


「怪我はもう大丈夫?」

入ってきた女の人が心配そうに俺の顔を見ていった。あれ、誰だっけ?

「ほら、あなた道端で突然切りつけられたでしょ。左腕から血を出して座り込んでたから・・・。あのときの傷の方は、もう大丈夫なの?」

その人は、俺の左腕を軽く触った。


あっ、あのときの人か。この世界に来て二日目くらいに突然知らない二人組に切りかかられたんだった。それで女の人が包帯を巻いて身体まで拭いて、次の日の食べ物まで置いて帰っていった。そういえば、バタバタしているうちにお礼をいうのをすっかり忘れていた。そもそもどこの誰かも分からなかったんだよね。


いや、しかしあの人は、今日来た女の人となんか雰囲気が違う。

なんていうか、「いえいえ、お礼なんていいんですよ。」っていう感じだった。そうはいいつつ、いろいろと拭いてくれたりしたけど。一方で、今日の人はなんとなく押し付けがましい感じがする。左腕を触るときの感じも、全然手つきが違う。


そもそもあの人は俺が立ち上がるときに支えてくれたけど、俺よりもかなり背が低かった。今日の人は、結構背が高い。俺よりちょっと低いくらい。


「俺のこと助けてくれた人ですか。」

端的に尋ねてみた。


さすがにそこを嘘つく勇気はなかったらしい。なんとなくうやむやのまま勢いで進めようとしていたみたい。

「えっと、そういうわけではなかったのかも。うーん、それって、私の言い方、そんな風にとれた?」


おっ、なんか俺が勝手に誤解しそうになったような言い方したぞ。かなりいらっとくる。そうやって、自分がやってもいないことで恩に着せて、この女は何をしに来たんだろうか。


「若い男の子が昼間っからこんなところにくすぶってたら駄目よ!」

ものすごくわけのわからない理屈で、強引に連れ出された。

ベッドから出て初めて気がついたが、筋肉痛は完全に治まっていた。


女の人は、エリカと名乗った。近くの喫茶店に入って、飲み物を頼んだ。本当は俺はお昼ご飯が食べたいのだが、エリカは奢ってくれなさそうだし、エリカが飲み物だけのところで俺だけ食事っていうのも気まずい。とりあえず飲み物だけで我慢する。


「あのね、君みたいに若い男の子が将来の夢を見つけられないで苦しんでいるのが見ていられないの。」

「その前に、俺が斬られたっていう話、誰から聞きました?」

「えっ、近所の友達。うーん、友達っていうか、知り合い程度だけどね。南区の八百屋のメアリーちゃんよ。」

「メアリーちゃんですね。その人が俺を助けてくれた人なの?」

「うん、それっぽい言い方だった。」

あとでお礼言いに行こう。

「それより、君が将来の夢を、」


いや、俺、将来の夢ありますから。いや、なんだっけ。あ、そうだ。たくさん金を稼いで、おしのさんを亭主から奪い取るんだった。ほら、ちゃんと将来の夢ありますよ。


「お金をたくさん稼ぐことですかね。」


「そうね。それは素敵な夢だわ。でもあなたの場合、方法が見つからずに苦しんでいる。」

決め付けられた。

いや、方法はちゃんとある。現に少しずつではあるけど、お金は貯まってきている。今回のマルチ商法が当たれば、莫大な額が手に入るし。


「一応仕事あります。」

答えたが、簡単に無視された。


「そんなあなただけに、秘密の方法を教えてあげる。」

エリカという女は、かばんから貝殻を取り出した。変な形をしている。


「これ、なんだと思う?」

「いや、何かと思うかっていうと、興味ないです。」

「これ、すごいものなのよ!」

「うーん、すごいかもしれないですけど興味ないです。」

「これで、大金を儲けられるわ。」


この下手糞ちゃんめ。そんなやり方だと誰も引っかからないぞ。私は影のトップとして実に嘆かわしいよ。


「いやあ、俺、今の生活が気に入っているんです。」

「今の生活を変える必要なんて全然ないわ。ちょっとした副業としてやってみるのがいいのよ。まずあなたには夢がある。私が見たところ、あなたは他の人とは目つきが全然違うわ。将来出世する人だと思う。でも、その手段がない。」

いや、仕事あるって言ったじゃないか。まあいいか。もう少し様子を見てみよう。


「どんなに立派な人も最初は無一文に近かったわ。大切なのは、チャンスを目にしたら、それをすぐに実行に移すこと。うん、そりゃあ、最初は無謀に見えるかもしれない。最初の投資は高すぎると思うかもしれない。でも、一週間もしてみなさい。最初の投資額が馬鹿馬鹿しいくらいに安いものだったと思うようになるわ。」


「投資って、何かお金がいるんですか?」

金の話は最後にしろよ。客が食いついて、その気になってからじゃないとすぐに逃げられちゃうぞ。


「この貝殻を買うのよ。この貝殻はね、」

「この貝殻はいくらですか?」

話をさえぎった。

「えーとっ、金貨15枚。全然高くないの。その理由を今から教えてあげる。」


もう15枚まであがっているのか。最初に買う奴が金貨10枚。それから下に行くほどに1枚ずつ上がっていく。このお姉さん、既に末端にいるんだな。びっくりするくらい短い期間に、相当広まっていることが分かった。


「エリカさん、この貝殻、今までに何人売りました?」

聞いてみてやった。

「えっ?いや、別に私はこれを売りつけて回っているとかそういうのじゃなくて。」


「エリカさんは金貨14枚で買ったんでしょう?いつ買いました?今日までの間に7人新規のお客さん見つけられました?」

ぐいぐい質問してやった。


「あ・・・。君もこれやってるの?」

「いや、聞いた話ですけどね。エリカさん、元が取れなくて焦ってませんか?」

「え、ううん、そんなことないよ、大丈夫だよ。本当に儲かる話なんだから。」

「本当に儲かる話だって言われて買ったんでしょう?それで本当に儲かっているか実感もないし、これからの自信もないけど、そう信じないと怖いから信じているんでしょう?」

「・・・」


エリカは黙ってしまった。


「あの。助けて欲しい?」

助けてやることにした。

「え、買ってくれるの?」

「俺が買っても、ほとんど意味ないですよ。エリカさんが、今までに払ったお金が回収できないことは、おそらく間違いないから。」


「それじゃまずいわよ!」

エリカが叫んだ。

「私ね、貝殻二枚買ったの。そうすると二倍で早く儲けられるって思って。そうすると金貨28枚でしょう?そんなお金用意できないって思っていたら、勧誘してくれた人が貸してくれるって言ったの。北区で売春宿を経営している人なんだけどね。だから、返せなかったら、そこで働けっていうことになっちゃうわ。」


北区の売春宿か。エルフヤクザのチーム流星が面倒を見ている売春宿は、北区ではなかったから別のところだろう。ちょっとほっとした。

便乗して利用している業者がいるんだな。そうなると、組織の全容も背景も更に分かりにくくなる。だから、それは好ましい情報だ。


「借金までして貝殻買ったんですか?」呆れた。まあ、美味しい話だし早い者勝ちだと思って焦ったんだろう。

「そうよ。でもまだ誰にも売れていないの。親しい友達はみんな買っていて、私が誘おうと思って呼び出したら、逆に勧誘されることもあるわ。」

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