17 嵐の前
あとから考えると、これからの数日は、俺にとって貴重な平穏な日々だったといえるだろう。その後、俺は怒涛のように押し寄せる、ありとあらゆる出来事に完全にもみくちゃにされたのだから。
出勤してきたティナちゃんに留守番を頼んで、貸し馬屋に馬を借りに行った。それから馬と一緒に宿屋に戻って戦車に繋ぐ。これは微妙に面倒だけど、俺が戦車を引っ張っていくと、ものすごく格好悪い。戦車重いし。だから、こういうことになる。それから更に今度は戦車で南の城門に行く。
門番さんに声を掛ける。
「ちょっと行ってきます!」
「はーい、気をつけてな。」
にこにこしながら見送られる。
おもちゃを手にして公園に走り出す子供を見るような心境かもしれない。
まあ、俺だって、おもちゃを手にして公園に走り出す子供の心境だから、門番さんの対応は間違ってはいない。
戦車を牽く馬に話しかけて、しっかり頑張るようにお願いしてから、荒野をぽこぽこと走らせる。このあたりはほとんど魔物はいないはずだけど、一応回りだけは警戒しておく。
走りながらティナちゃんのことを少し考える。この前、ティナちゃんに詰め寄られたときに、咄嗟に誤魔化そうと思って、「戦車に乗せてやる」って言ったのだった。本当は、今日も連れて行こうかと思っていたんだが、ちょっと迷ってやめにした。今日は鍛錬の日だからね。
戦車の扱いにはかなり慣れてきた。地形を見て、でこぼこがあるところを避けたり、右や左に曲がったり。一番難しかったのが、停車。ブレーキがないんだよ。急に馬を止まらせたら、馬が後ろから戦車に押されてつんのってしまう。だから、少しずつスピードを緩めていかないといけない。ところが、その少しずつスピードを緩めるというのを馬に理解させるためにどう指示していいか分からない。更には、その按配を間違えると、本来とまろうと思っていたところから10メートルくらい先までだらだら進んでしまったりしてた。
街中で乗っていたときは、目的地が近づくと、スピードを少し緩めて、それから俺が飛び降りて、馬の横に走っていって、ゆっくり一緒にスピードを調節していた。でも、それはかなりみっともないし、ものすごく不便だ。
色々と試行錯誤をしているうちに、ちゃんと思ったところに停車できるようになった。
坂道発進とか車庫いれとかも練習するべきだろうかと迷ったけど、坂道も車庫も見当たらないのでしなかった。
そんな感じで、あれこれ戦車を動かしていると、ほぼ車両感覚が掴めるようになった。
うろうろ走り回って遊んでいると、スライムを発見した!
俺の夢だった戦車戦の始まりだ。
と、思ったら、馬が渋って進まない。
「いや頼むよ。近くまででいいから!」拝み倒したら、ゆっくりそっちに向かってくれた。
俺の理想では、走りぬけざまにスパーン!と刀で切るというものだったんだけど、戦車の端っこからスライムまでは刀が届かないことが分かった。そこで戦車を降りて歩いて近づいていって、斬りかかった。ずったんばったん切りまくって、汗だくになって、やっと勝った。そういえば道場に通っていたことを思い出して、次に見つけた奴は、それをイメージしながら闘ってみた。なんとなくコツが掴めた感じ。みたまえ、これが英雄の第一歩だよ。
ちょっと腰を押さえながら戦車に戻った。
次は魔法の練習だ。魔法って、どういうのに使えばいいんだろう。そもそも俺は普段の生活で魔法を使いたいと思う場面がほとんどない。しかし、とりあえず護身用に何かしておきたい。
「我欲防護我」
これでいいのかな。敵の攻撃を防ぐつもりなんだが。
デコピンされた。文法的に間違っているのか、魔力が足りないのかどっちかだろう。国語の授業で、防護のための漢文が教えられていないことについて考察しながら別のことを試してみた。
「我欲我池面男児」
更にイケメンになるようにしてみた。
これもデコピンだった。
よし、とことんやってやろうじゃないか。
「我欲我透明人間」
デコピン。
無理か。透明人間というのは漢文ではなんて言ったらいいのだろうか。教えてくれよ。泣きたい。だって透明人間だぞ。更衣室とか銭湯とか、行ってみたいじゃないか。まあいい、他にもやりたいことはあるんだ。
「我欲止時間」
デコピンがなかった。
あれ。
時間が止まったという実感がなかった。効果があったのかなかったのか分からない。
地面に落ちていた葉っぱを拾って、背の高さからふわりと落とした。
「我欲止時間」
落ちていく葉っぱは、1秒ほど静止してそれから地面に落ちていった。
おおっ。これは使えそうだ。
他にも使える魔法はありそうだけど、とりあえずこれで思いついたことがあったので、急いで町の中に戻った。
道場に行った。キアナと勝負して俺が勝てたら、生のおっぱいを見せてもらう約束だった。
まだお昼だから駄目だというキアナを説得して立ち合って貰った。
キアナは木刀を構えて、すり足で近づいてくる。おそらく一瞬後には、思いっ切り当てられて倒れている俺がいるはずだ。魔法を使わなければ、だけど。
「我欲止時間」
キアナが止まった。一秒だけだから、大急ぎで踏み込む。
「えいっ!」キアナの首筋に木刀をつけた。
「ええっ!」キアナが驚愕している。
「さっき、私、全然見えませんでした。何をしたんですか?」
「えーっと、いや、必死になったんです。」
魔法使いましたとはいえないよね。
「そんなに私の身体を見たかったんですか。すっごく気持ち悪いです。」
「そうですか。でも、気持ちよくても悪くても約束は約束ですので。すぐに脱いでください。」
そうだよ。勝負とは非情なものだ。
「そうですか。もちろん約束は約束なので守りますよ。でも、私のおじいちゃんが池さんのことをどう思うか・・・。」
おじいちゃんが物陰からこっち見てた。すごい目で睨んでいる。なんか、生命の危険を感じた。
「あ、そうそう、池さん、キックボクシングもしてみませんか?女子コースなんですけど、池さんの素振りがすっごく格好いいって、女の子たちに好評なんです。あ、そっちの方の講師にしますので、ちょっと夜に来て女の子たちを指導してあげて頂けるとありがたいなって。それだったら、刀の方、無料にしますよ!それにそこで女の子たちと仲良くなったら、私のなんて見ても見なくてもどっちでもいいやっていう気分になりますよ!」
おお。キックボクシングか。別にキックボクシングをしたいとかはないけど、講師として手取り足取り指導するっていうのはやってみたい。それにおじいちゃんが睨んでいるから、ここは引き下がるのが賢明だろう。しかし、それだとキアナちゃんの胸が見られない。
悩んでいると、キアナが、
「ちょっとだけ指でつっつくのならいいですよ。」
とおじいちゃんに聞こえないような声で言った。
「い、いいんですか?」声が掠れた。やった!目の前にぶら下げられた餌に食いついた感じもしたが、それならおじいちゃんに殺されないと思う。
「分かりました。それで手を打ちましょう。」
キアナはおじいちゃんに背中を向けた。それで、なんか姿勢がどうだとか説明を始めた。カモフラージュらしい。
俺は右手の人差し指を突き出して、キアナちゃんの胸の頂点を制覇した。ぷくっていう感触だった。今日一日の労苦が流されるようだった。いや、別に今日はたいしたこと何もしてないんだけどね。
そのあと、ジュースの屋台だとか法務局だとかを巡回して、それから教会でおしのさんをお見舞いしてから宿屋に帰った。いい一日だった。
それからしばらくは、そういう日が続いた。魔法は地味ながらも色々と使い道はありそうだ。でも、時間を停める奴以外は、新しい発見は今のところなかった。
読んで頂いてありがとうございました。総合ポイントが100になりました。まだまだ全然つたない文章ですが、それでも気に入って下さった方がおられると思うと本当に嬉しいです。ありがとうございます。
引き続き、よろしくお願い致します。
次の投稿は、明日の予定です。
それでは皆様、よい週末を。




