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16 マルチ商法の始動と西島組

後ろ暗い仕事を始めると、表の顔と裏の顔の使い分けが自分でも分からなくなる。普通に道を歩いていても、自分が何者であるかを人に知られても構わないのか、それとも今はまずいのか、混乱してしまう。


マルチ商法で一番難しいのが商品と代金の受け渡しだ。ここで俺やチーム流星が絡んでいるということが誰かに知られてはならない。


結局、四万十川と同じような方法で、代理店を置くことで解決した。経営が傾きつつある店があったから、それにアンドロポフが覆面して接触し、商品を金貨10枚から12枚で売るように指示した。マニュアルを渡したので、あとは自動的にやっていってくれる。マニュアルを作ったのは俺だ。すっごい頭を使った。煙が出るくらい。それからターニャとアンドロポフと三人で、何度もシミュレーションして、マニュアルが完璧か確認した。これで、あとは自動的に進んでいくはず。俺たちが表に出る必要はなくなった。


代理店からは、アンドロポフが台帳を受け取り、俺のところに持ち込む。俺が台帳を見て、金の計算が間違っていないかを確認して、またアンドロポフを介して分配を代理店に指示する。


代理店は、ピラミッドの中間にいる紹介者に対する仲介料の支払いをした後、3%を代理店の取り分として、その残りの1割を四万十川騎士団長に渡す。その残りは俺とチーム流星の取り分ということになるが、これはアンドロポフが一括して管理してくれることになっている。


かなり綱渡りな感じだけど、細かく設定したので、うまく行くはずだと思う。


数日後、ふと思いついたので西島組のところに顔を出した。

この前月刊オンドレの第二弾の記事を書いてティナちゃんに持っていかせたから、そろそろ広告料が出るだろうと思ったのだ。

残念。今日はピーコちゃんはいなかった。


片桐組長は妙な顔をして俺の前に座った。

「実はな、池先生。」

なんか問題でもあったのだろうか。


「記事の評判がいいんだ。」

いいのか。いいんだったら、そんな微妙な表情しないで欲しい。もちろん意外だっていうのは分かるけど、こっちが不安になるじゃないか。


しかし不思議なものだ。正直、月刊オンドレには、情報価値もないし、文学的に優れているものでもない。著名人を褒め称えるだけの記事だけど、褒め言葉にも限りがあるから、「いまだかつてない斬新な発想」とか、「100年に一人」とか。最近は、いい言葉が思いつかないから、ティナちゃんに言って、一日に一つは、まだ使っていない褒め言葉を考えるように頼んでいる。最初にティナちゃんが考えたのは、「ふわふわの手編みセーターのような柔らかい風貌」だった。可愛い表現だね。そのまま使ったぞ。

ともあれ、そういうわけで、評判がいいというのは、片桐組長にとっても俺にとっても意外だった。


「別に圧力を掛けたりしなくても、普通に広告料を支払ってくれるんだ。毎月は無理だけど、1年に1,2回なら是非っていう企業が多い。それから記事になった偉い人たちは、雑誌を10部とか20部とか欲しいって言ってくるんだ。それはさすがに印刷代がかかるって言ったら、大抵は、いくらか金を包んでくれる。あえてヤクザのシノギって考えなくても、普通に良い商売になっている。」


おお。それは良かった。あまりに広告を拒むようだったら、猫の死骸を投げ込む予定だった。さすがにそれは心が痛みますわ。俺がやるんじゃないから別にいいけど。


「今回の先生の取り分は、大金貨3枚と金貨4枚だ。帳簿を確認するかね。」

「いえ。組長がそうおっしゃるのなら不服はありません。ありがとうございます。」

そういって金を受け取った。


毎月これなら、すごくいい仕事だ。手間はそれほどかからない。取材しなくてもいいというのがとてもいい。インテリ組員が代わりに取材してくれて、その結果を届けてくれる。それを元に記事を二人分だけ書いてティナちゃんに渡したらティナちゃんが組に届けてくれる。これだけで引きこもってしまいたいくらい。それで月額34万円相当だぞ。この世界の物価水準だったら、余裕で食っていけるレベルだ。いつまでも続けられる仕事かどうかは分からないけど、しばらくの間は安心していられそうだ。


「あと、王都の方、調べたよ。マクミランっていう、騎士団長に金を貸しているところは、王都のヤクザの企業舎弟だ。カジノをやっているらしい。その筋を探ってみたんだが、どうも騎士団長は、七並べに嵌っているらしい。」


七並べが賭け事の対象になるとは知らなかった。細かいルールを聞いてみたが、賭け金の設定とゲームの進行が組み合わさって、ときに莫大な金が動くらしい。


西島組が王都で取ってきた謄本を見せて貰ったが、それから分かる限り、騎士団長は完全な債務超過状態だ。もっとも四万十川郷の税率を上げて対応しているという情報もあるそうだ。村の人もいい迷惑だよな。領主が賭け事に嵌ってしまったせいで重税がかかるわけだ。


「どうしますか。これで記事にして一気に四万十川騎士団長を潰しますか。これだけで失脚させられるだけのネタかどうかは悩むところですね。」

聞いてみた。

片桐組長は、うーん、と唸って考え込んだ。


「なんともいえねえな。これだけだと伯爵も奴をかばうかもしれん。伯爵にとっても不名誉だから、騎士団長か月刊誌か、どっちを切るか、ぎりぎりの決断になりそうだな。」


二人で考え込んだ。もっとも俺はそれほど悩んでいない。あと数ヶ月すると、マルチ商法で町中が大騒ぎになる。そうなれば、伯爵は騎士団長の方を捨てるだろう。だけど、そのことを俺から片桐組長にいうと、俺が仕掛け人だということに気付かれるかもしれない。だから、それについては、片桐組長が気付くのを待つことにする。


そう思っていたら、片桐組長の方からその話題を出してきた。


「ところで先生、最近妙な商売が流行っているらしい。」

「どんな商売ですか。」

「なんでも、変な貝殻を金貨12枚で売るらしいんだが、その貝殻自体は価値がない。でも貝殻を買うと、貝殻を売る仲介権みたいなのが発生して、それで大もうけできるって話だ。うちとしても、そのビッグウェーブに乗るべきか迷っているんだが、先生どう思うかね。」


「ああ、あの話ですか。」

ちゃんと知っていますよっていう感じに軽く受けていたが、冷や汗ものだ。俺がやっているなんてとてもじゃないがいえないだろう。今はいえても、2ヶ月後には、致命傷になっているはずだ。


ちなみに貝殻を使うという案はアンドロポフが考え出した。オンドレの町の西側10キロほどのところで海に出る。そこの人気のない浜辺に、ちょっと珍しい形の貝殻が大量にあるんだが、そこにそういう形の貝殻があるというのはほとんどの人が知らない。知ってても何の利益にもならないから当然なんだけど。


しかし、四万十川騎士団長に話を持ちかけてから、まだ数日しか経っていない。こういうのは本当に早く広がるんだな。


「あれは、なんというか、いわゆる焼畑商法です。焼くだけ焼いたら後は何も残りませんよ。手を出すのは絶対にやめておくべきです。」


「そうか。俺も漠然と嫌な感じがしていて、若い奴らにも手を出すなって言ってたんだが、それで正解だな。」

「はい、聞いている限りでは、なんか危ない感じです。」


「その件ですが、ちょっと不確定な情報なんですが、どうやら四万十川騎士団長が絡んでいるみたいです。」

片桐組長は、心底不快そうな顔をした。


それはそうだろう。伯爵領の軍事組織のトップであり、高位の貴族が、そんないかがわしい商売に手を出しているというのは、聞くだけでも不愉快だ。俺も酷いなって思う。だって、高位の貴族というのは、ちゃんとした領地もある。国王やオンドレ伯爵などの大貴族から高禄で迎えられることもある。それだけ恵まれた立場にあるのは、品位を高く持することが期待されているからだ。ところが四万十川騎士団長は、恵まれた地位にありながら、姑息にも金儲けに走っている。傍目で見てても気持ちの良いものではない。ま、俺が焚き付けたんだけどね。


「騎士団長がそんなことをして問題にならないか。」

「あくまでも一部で囁かれている噂のレベルです。細かいところが分かったらお話しますが、なんか微妙なところを突っついている感じがするので、西島組の方で探りを入れるのはちょっと待って下さい。俺の手に負えなくなったら相談します。」

予防線を張っておいた。


「王都での件とオンドレの町で流行っている商売と、両方組み合わせれば、それなりの記事にできそうですね。」

「そうだな。ある程度確実なストーリーとして作れるだけの情報が集まれば、そのときこそ、月刊誌でぶちまけよう。」


このままうまく行くなら、騎士団長を追い込んで、西島組の問題もチーム流星の問題も一気に解決する。

俺は直接は利益はでないけど、マルチ商法の上がりを吸えるので全然問題ない。それにそういうところで組の事情に食い込んでおけば、今後の西島組などとの付き合いがやりやすくなる。


色々仕掛けたものが動き出した感じがするが、俺としてはそれがどう進んでいくか、しばらくは様子見の状態になりそうだ。

他には、町兵屯所経由で被疑者の弁護をいくつか頼まれているけど、それ以外は、特にすることはない。

ちょっと時間の余裕が出てきた。


うむ。明日は、剣と魔法の日にしよう。それからオンドレの町の美女巡回の日にしよう。決めた。忙しくなりそうだ。

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