13 魔法で暗示を掛けちゃうよ!
俺は、こっそり、
「我欲騎士団長被暗示」と唱えた。仮面だから口が動いても見えない。この漢文調の呪文はなんとかならないのだろうか。幸い、デコピンはなかったので、多少なりとも効果はあったのだろう。
「ふんっ。まあ私も、盾の権三と言われた男だ。他国から警戒の目で見られることは、覚悟の上だ。」
13年前の戦争で、四万十川騎士団長が得た異名だ。片桐組長によれば、そんなのは周りの補佐がやったことだということだが、虚名であったとしても、確かにそう呼ばれている。他国が警戒するというのも不自然な話ではない。
俺が低い声で口を挟む。
「盾だけでなく槍も使うと聞いた。」
守りだけでなく、侵略戦争も仕掛けるのではないかと暗に言ってみた。そして、
「南でも、動きがある。」そう付け加えた。
魔物との戦闘は、それなりに進捗があるらしい。そこで、この借金男が何らかの役割をになっているのかどうかは分からないが、形式的にはこの男の功績になるのは間違いない。そして、13年前に戦争をした相手の国(国の名前は忘れた。どうでもいいからだ。)が、その南での戦闘に関連して、騎士団長の動向を警戒することは、充分にありえる。だから、こういえば、騎士団長も納得するだろうと読んだ。
「はっは。だが、私は、主君を裏切るような男ではないぞ。」
ターニャが微笑む。
「裏切るような男だと思っていれば、単純に金を贈ったじゃろうな。そうではないからこそ、一緒に協力して金を作るということで組めないかと思ったのじゃよ。こちらの予測では、貴殿の取り分は、まずは数ヶ月後に、大金貨500枚は固いと予測しておる。」
具体的な金額を上げた。これで、借金男は落ちるだろう。
「・・・大金貨500枚か。俺も安く見られたものだな。」
騎士団長が値上げ交渉をしてきた。
「あくまでも見込みじゃ。こちらとしては約束はできんし、逆に、それよりも多くなるかもしれん。いずれにせよ、貴殿が主君を売るというのであれば、もちろんもっと高い値段を付ける。じゃが、貴殿がそのような人間でないということは、こちらも百も承知じゃ。」
この攻め方は、俺が考えた。
裏切りではない。自分は、そんな汚い人間ではない。そういう話だったら、もちろん断る。しかし、相手国の機関ですら、自分が高潔な人間であると分かっていて、その上でこの話を持ち掛けてきているのだから、当然この話は、それほど悪質な行為を要求されるものではないだろう。
そういう風に騎士団長の思考を誘導したのだ。
しかも、少しだけ今後の裏切りの報酬もほのめかした。これによって、騎士団長は、こちらが秘密諜報機関の高官であると勝手に信じるだろうし、先々の選択肢として、最後の手段として、ちょっとした情報を流したりする程度のことはしてもいいと考えるかもしれない。それで自分の借金が清算できれば、また昔のように楽しい毎日に戻れる。すぐにと、決断を求められたら困るだろうが、やんわりとほのめかしておくことで、逃げ道を用意しておいた。もちろん、俺たちとしても、これで裏切りを約束されても困るんだが。
こういう話の進め方でも、前世では引っかかる人間はほとんどいなかっただろう。しかし、ここは異世界で、この世界の人々は基本的に物事を信じやすい。説得されやすい傾向がある。しかも、俺の魔法の力(ここ重要なっ!)なんか使っちゃってる。もとから借金漬けで思考が追い詰められている騎士団長が食いつく可能性は高いと思っていた。
「ふん。裏切りなど絶対にせぬが、主君に迷惑のかからぬ話であれば考えてもよい。」
ターニャが微笑む。
「それは良かったのじゃ。断られたら町兵隊長あたりに持ち込むつもりじゃったからの。」
仕組みを説明した。ターニャは、よく理解していたようで、きちんとやり方を四万十川騎士団長に教えた。あとあとまずいことになるかもしれないことは触れない。おそらく四万十川の頭では、そこまで気が回らないだろう。
「この仕組みで重要なのは、トップの人間に人望がなければならないということなのじゃ。結局は人脈勝負の事業じゃからの。」おっ、おだてているぞ。
「聞いたことのないやり口だな。実際にやったことはあるのか。」
少し慎重になっている。
俺は少し前に出た。
「俺自身はやったことはないが、そういうやり方をしているのを見たことがある。この国では、おそらく前例はないが、俺の故郷では、やっている奴がいる。うまく回れば、巨万の富が得られる。見よう見まねでやると言っているのではなく、俺の故郷での文献で細かくやり方を調べた。」
これは本当だ。前世の小説で、そういう話を読んだことがあるんだぞ。
四万十川騎士団長は、少し考えたが、もともとそれほど頭のいい人間ではないことは、先日のインタビューで分かっていた。最後にはうなずいた。
細かいやり方を取り決めて、騎士団長宅を失礼したのは、深夜に近かったが、結論的にはこちらの思いどおりに進むことになった。
読んでいただきありがとうございました。説得力のある描写になったか、説明文だけの味気ない文章になってしまったのではないか、色々と気になるところはありますが、自分でも混乱しながらなんとか話だけは進めようと思って書きました。
明日、また投稿させて頂きます。引き続きよろしくお願い致します。




