11 お待たせ、魔法だよっ!
「こんにちはでござるよ。メンデス・池殿ですかな。」
見知らぬ男が立っていた。なんだか冴えない男だ。
冴えない男との会話を細かく説明するのもなんなので、要点だけ。中央区に男の家があるので、馬車で移動しながら、話を聞いた。
その冴えない男は、リシャール。名前だけは格好いいな。オンドレ町魔法使い連盟(自称)の世話役的存在だ。
もう一人魔法使いがいる。そして三人目が俺なんだそうだ。
何をいっているのだ、こいつは。
「池殿、女性に触れたことはないでござろう?」
いや、キッスまではしたんですけどね。そのほか、色々あるんだよ。
「なんと!池殿は、進んでおられますな。」
というアホな会話をはさみつつ説明を聞くと、30歳まで未経験だと魔法使いになれるそうだ。
そうか。異世界では男の数が少ないし、生存環境も厳しい。30歳まで生きているのは、一応はそれなりの成功者だから、それで未経験というのはほとんどありえないらしい。
「聖職者は?」聞いてみた。
「池殿、何を言っておられる?聖職者が行為をしてはならないなど、誰が決めたのでござるか。むしろ聖職者は地位が安定しているから遊び放題ですぞ!」
なんと、知らなかった。しかし、それは非難されるのではないか。公然の秘密、教会の腐敗という奴だろうか。
「は?聖職者は遊んでならないと?何を言っておられるのでござるか。聖職者が遊ぶのが何か問題でも?」
ああ、そうですか。そうだね。俺の一方的な価値観を押し付けていたようですわ。すまんかった。
では、このリシャールという男は何故未経験なのか。地主の家の末っ子なのだそうだが、あるとき、王都の美術館に行った。そこで、現実にはありえないほどの豊満な女性の裸体画が展示してあった。
そのとき、リシャール氏は、雷に打たれたかのような衝撃を受けたらしい。
家に帰り画材を買い揃え、自分なりに納得のいく油絵を描き始めた。
最初は稚拙だった。
なんどもやめようと思った。
しかし、あの美しい女性を再現したい、あんなに豊満であって、しかも美しい。そんなことがありえるのか。現実にはありえないはずなのに、油絵にすると美しい。その謎を解き明かしたかった。
かなり描けるようになってきた。その油絵をもとにストーリーを考えていく。ドラマティックな展開、活躍するリシャール。恋に落ちる豊満女性。嫉妬する男たち。
ストーリーはますます発展していく。世界の危機、秘密結社の野望。活躍するリシャール。そして、豊満女性。それぞれのストーリーにぴったりとくる油絵を製作していかなければならない。その瞬間の、リシャールの瞼の裏に描かれた情景を必ず保存しておかなければならないからだ。
それでどの女からも相手にされず、親の勧める縁談も断り、延々と絵を描いていたらしい。気が付けば30歳を越えていたということだ。
リシャールの家についた。結構立派な家だ。そこでリシャールの部屋に招き入れられた。リシャールは、
「入ってくんなよ!」と誰もいない廊下に向かって叫んだ。それで通じるらしい。
魔法の使い方を教えてもらった。いや、その前に、是非油絵をお見せするでござるよとか、わけの分からないことを言われたので、それはまた今度是非お願いしますとか、なんとか切り抜けた。それから魔法の説明に入った。漢文で命令文的に作るらしい。せいぜい10字程度の文字数が限界なのだそうだ。ものすごく単純だな。もっともこの世界の人には漢文というものがないから、自由自在に作文するのはかなり難しいらしい。
しかし、漢文が呪文って、なんか気持ち的に違うよ。異世界に転移した人間の中で、こんな呪文を唱えさせられる人間は、俺だけじゃないだろうか。俺だって、「ファイアーなんとか!」とか「サンダーなんとか!」って、言いたいんだけど。駄目ですか。いや、漢文がいかんっていうわけじゃないんだけどね。
リシャールは、コップに水を入れた。机の上に置く。
「試してみなされ。」指示された。
「我欲温水」
コップに指を入れた。さっきは冷たい水だったのに、今は生ぬるい。心持ちぬるくなったかなっていう程度。
リシャールが新しい水を入れた。冷たい水だ。別の呪文を指示される。
「我欲沸水」次は沸騰させてみようと思った。
パチン!と見えない指でデコピンされたような衝撃が走った。ちょっと痛い。すごくは痛くない。水は、全然変化なし。
「欲張りすぎる、つまり自分の魔力に対して大きすぎる仕事量を要する魔法の呪文を唱えると、そうやってデコピンされるでござるよ!だから、自分の限界をいつも把握していなければ、デコピンされまくりなのである。」
リシャールが、コップの水を捨てた。1センチほど残っている。
「我欲沸水」おそるおそる指を入れた。火傷しそうになった。
「近くて、対象が小さければ、命令の内容が大きくても効果がでるでござる。また、命令は誤解されるおそれがあるので、自分の思った効果がでないことがあるですよ。」
もっと精密な呪文みたいなのはないのだろうか。
「ははっ、池殿は欲張りでござるな!そんなものはないでござる。ま、練習すると多少は精度が上がるかもでござるよ。」
闇属性は?闇属性はあるの?なんだかわくわくしてきた。
「どうも池殿はよく分からないことをいうお人ですな。はっはっは!闇の属性とはなんでござるか?」
どうやらそういうものはないらしい。ま、俺もよく分かってないんだけどね。
というわけで、俺はものすごく地味な魔法使いになった。
リシャールは
「拙者、伯爵領では魔法使いの世話役みたいなことをしてるでござるよ。新しい魔法使いが誕生したら、その人のところに行って、こんな感じで説明するでござる。もっとも、3年前に世話役に就任して初めてのことでござる。レアでござるよ、DTは!しかし、池殿は若く見えるでござるな。」
まあ、一応15歳だからね。
それから、登録をした。
「我欲登録彼一覧」
うそ臭い漢文をリシャールが唱えた。俺を一覧に登録することを欲するのだそうだ。呪文が終わると、頭の中に地図が現れた。中央区に輝点が二つある。これがリシャールと俺だ。それからもう一つ、輝点がある。さっき言ってたもう一人の魔法使いだろう。
「これで魔法使い同士の位置情報が出るでござるよ。頭の中で通話もできるのですごく便利でござる!」
リシャールと常時オンライン通話が可能なんだそうだ。あーうれしいなー。
しかし、この地味な魔法、どうやって使うのだろうか。
「それは工夫次第でござるよ!それがしなど、魔法を使い始めてから、総務課のB子に告白はされるは、宝くじは当たるはで、うはうはですぞ!」
よく分からんな。こいつに聞いたのが間違いだった。
このよく分からない魔法をどう使いこなすか、ちょっと研究する必要があるみたいだ。
読んで頂きありがとうございました。
魔法は、色々な意味で迷いましたが、制約が大きい方がインフレを起こしにくくてよいと思い、不便なものにしました。
次話は、また明日の夜くらいに投稿させて頂きたいと思います。
引き続きよろしくお願い致します。




