5 勇者君、駄目駄目じゃないか
「と、いうことは、亀道さんも、なのか。」
隠す必要はなさそうだから聞いてみた。
「あんた、イケメンだな。神様にそう頼んだのか。」
「ああ、時間がなかったから、それだけしか頼めなかった。」
「そのときに、一緒にスキルだとか頼んでいた男がいただろ。それが俺だ。」
あれ、もっと若い声だったと思うんだけど。
「転移したのは、15年ほど前だ。あのころ俺は15歳だったから、その年齢のまま15年前にこの町の近くに転移した。ああ、俺のことは隼人と呼んでくれないか。日本人としての年齢はこちらの方が下で、この異世界では、俺が30前、そっちがもっと若そうだ。関係を考え始めるとややこしくなる。だから、敬語はお互いやめよう。」
「分かった。隼人、俺と一緒のときに転移してた奴だな。覚えているよ。なんか、ややこしい交渉をしていたんだよな。俺はその横でずっとイケメンって叫んでいたよ。それで数ヶ月前に転移してきた。年齢は15歳になっていた。」
やっぱり、転移したときの年齢だとか、出てくる時期とかは、かなり適当みたいだ。あの神様、本当に駄目な人だ。
とりあえず腹が減ったので、近くで何か食べようということになった。
俺の職場近くなので、俺が奢るって言い張った。なんか亀道さん、いや隼人は、どう見ても金がなさそうだったし。
晩御飯を注文して、隼人の転移後の状況を聞いた。
「最初に冒険者ギルドに行ってみたんだ。そこにいる全員がすごく俺のことを嫌がって、とりあえず剣を振ってみろって言われた。握って振り回すと、全員揃って嘲笑った。まず軍隊に入って10年してから来いって言われた。それで軍隊に入ったんだ。」
そうか。まあ、よく考えてみれば、冒険者は軍隊よりは自由な仕事だ。もちろん安定した収入はないけど、自分のペースで自分の判断でできる仕事だから、誰だって軍隊に入るよりは冒険者になりたいと思う。でも、冒険者は全ての行為の全ての結論を自分で受け止めなければならない。だから、冒険者になるというスタート地点に立つ前に、軍隊でそれなりの実績と訓練をしてから、というのは理にかなった話だ。
「冒険者を希望する人間は、同郷の人間とかのパーティーに入れてもらって経験を積むこともある。何らかの能力があれば、特に同郷の人間がいなくても誘われることがある。もっとも、俺には地縁も人脈もないし、能力も何もなかった。すごく嫌われる雰囲気を纏っていたから、誰も俺の面倒なんて見たがらない。だから、言われたとおり軍隊に入って、そっちで経験をつむことにしたんだ。」
「だって、隼人、お前、神様に色々頼みごとしてたじゃないか。スキル全部付けてくれとか言ってなかったっけ。」
「あとで神様の資料を見ると、それらは全て潜在的能力限界値だって書いてあった。」
そうか。酷いな。隼人は、全能者に近い存在になったつもりで、この異世界に放り出された。神様に言われると、普通そう期待するだろう。それが潜在値だって分かったら、ものすごくショックだろうな。でも、それで軍隊に入ったのなら、そこで戦闘訓練とか受けたんじゃないのか。
「重装歩兵だ。ずっと槍と盾を持って行進する訓練だよ。遠くから槍を投げる。予備の槍を持って右と左と速度を合わせて敵に突進する。ぶつかったら上から槍を振り下ろして叩きつける。それから槍を引いて刺す訓練だ。体力はついたが、技術的にはそれだけだよ。」
「そのうちに、隣国の軍が侵略してきただろ。13年前だ。そこで捕虜になった。敵国に連れて行かれて強制労働だ。王国東西横断高速道というのを建設中で人手はいくらあっても足りなかったらしい。だから10年間ずっとそこで工事してた。700キロだ。」
聞いてみた。
「捕虜になっていた間、ずっと道路工事をしていたんだろ。それだったら、潜在的能力限界値とやらがあるんだから、土木技能とかがマックスになったりしなかったのかよ。」
だってそうだろ。10年だぞ。延長距離700キロの道路建設をやっていたんだから。
隼人がつぶやいた。
「俺、白線を引く係だったんだ。」
ん?
「道路にあるだろ。センターラインとか、歩道ラインとか。ペンキ缶と刷毛をもって、まっすぐな線を引いていくんだよ!700キロ全部俺が引いたんだ。10年間で。」
聞いているだけで気が遠くなった。それに気の毒だ。すごく退屈そうだ。しかも白線を引くスキルって、役に立つのか。
「ま、まあ、運動会のときとかさ。役に立ちそうな特技だよな。」
とりあえずフォローを入れてみた。
「俺、運動会のときは、飼育小屋に隠れて、うさぎと話してたんだ。ケースケって奴がいつも身体をぶつけてくるのが嫌でさ。」
なんだ、隼人って、そういう過去があったのか。意外といい奴かもしれないな。
「今では、おそらく白線引きスキルはマックスになっている。1年目くらいで、技能が天井を打ったことに気付いた。今は、白い直線を見ると、すこしのゆがみでも、すぐに気が付くことができる。1メートル25センチ3ミリの白線を引けといわれると、完璧に引くこともできる。ちなみに、黒い線とかには、全く関心がもてない。」
全然役に立ちそうにないスキルだな。白線限定か。
「あんたのようにイケメンって頼んでおけばよかったな。」
隼人がぽつりと言った。
「あんたがイケメンって言ったじゃないか。それで俺、思わず、『違います!』って言った。
転移してから神様が送ってきた資料を読んでみたら、
一度イケメンにしたけど、君、違いますって言ったよね?でも、イケメンにしてからそれを取り消すのは面倒臭いから、嫌な感じの呪いを掛けておきました。プラスマイナスゼロだよ!
って書いてあった。」
そうか、それでこいつの顔をみると、とても嫌な気分になるのか。しかし酷すぎるだろ神様。仕事が適当すぎるよ。神様がそういう人だって俺も知ってたけどさ。そのせいで、隼人の異世界人生は、ものすごく苛酷なものになってしまっている。しかもなんだか俺が悪いような気がするじゃないか。
それから和平条約が締結されて隼人は解放されたそうだ。そして冒険者になった。3年間頑張っているが、薬草取りくらいしかやっていない。多少魔物と戦うことがあるが、武装狸を獲るので精一杯だそうだ。顔のせいでパーティーが組めないということだ。
誰も自分に近寄ってこない。この異世界に来てから女と話したこともほとんどないと言っていた。異世界にきてすぐに軍隊に入り、ずっと訓練をして、それから捕虜になったから、売春宿に行くこともできなかった。解放されてからも、金がないし、どうせ自分が行っても嫌がられるだろうと思うといく気にもなれないのだそうだ。まあ、そうだろうな。その上でマーガレットと一緒に仕事ができると思っていたら、どうやら自分を嵌めるつもりだったということなんだから、気の毒すぎるわ。
まあ、そうは言っても、俺にできることはほとんど何もない。一応連絡先だけ聞いておいて、困ったことがあれば、俺のところに相談に来るようにいうのが精一杯だった。
読んで頂いてありがとうございました。
なんとか書き溜め部分に合流できました。寄り道していると、本道に戻れるかどうか不安になりますね。
おそらく、今日の夜に、もう一度投稿させて頂くと思います。明日からは、また一日一度のペースで進めさせて頂きたいと思います。
引き続き、よろしくお願いします。




