4 和解成立
宿屋に戻ったら、もう夕方だった。ティナちゃんは、文献の写しを作ってくれていて、その他、掃除洗濯やら書類の整理だとか、諸々すませておいてくれていた。あとは暇だったということで、俺の服の繕い物まで済ませていた。
大急ぎで紙とペンを出す。
示談契約書
冒険者亀道隼人(以下、「甲」という。)及び冒険者マーガレット(以下、「乙」という。)は、平成23年6月4日のオンドレ町冒険者ギルドから請け負った薬草採取業務に関連して発生した両者間の紛争(以下、「本件紛争」という。)に関し、以下各条のとおり合意した。
第1条冒険者ギルドからの薬草買取総額大金貨2枚及び金貨4枚については、そのうち2枚を弁護士費用に充て、残りの大金貨2枚及び金貨2枚については、甲がその全てを取り分とし、乙はそれに同意する。
第2条本日、乙は、甲に対し、本件紛争に関する謝罪金として、大金貨1枚を支払い、甲は、それを受領した。
第3条甲は、本件紛争に関し、いかなる公的機関又は冒険者ギルドに対しても、乙の処罰を求めないことに同意する。
第4条本件示談契約書に定める事項の外、甲乙間には、何等債権債務関係が存しないことを相互に確認する。
平成23年6月4日
甲 住所
氏名
乙 住所
氏名
以上
一枚作成してから、ティナちゃんに同じものを書くように頼む。ティナちゃんは急ぎだと分かったみたいで、すぐに取り掛かってくれた。綺麗な字で書いてくれたのはいいが、少しだけ残業をさせることになってしまった。
「悪かったな。今日は少し遅くなってしまった。」
「いえっ!いいんです。メンデス先輩のためですから」
可愛いことを言ってくれる子だ。
「残業代はちゃんと払うよ。」
そういうところは、きっちりしたい。
それからご褒美を上げることにした。
宿屋の壁に、なんか安っぽい絵が掛かっていた。それがちょっとずれていてずっと気になっていた。
「あれを直してくれ。」
「え、あ、はい。」
ティナちゃんの背では、ちょっと高い。
ごそごそやっている間、ずっとお尻を撫でてあげることにした。
「よし、これで直った。気をつけて帰れ。」
あと、明日の朝、やって欲しいことがあったから指示しておく。
亀道さんとマーガレットを待つことにした。
・・・
最初に来たのは亀道さんだった。亀道さんは、単に来ればいいだけだから当然といえば当然か。
椅子を勧める。お茶を勧めるべきだったが、それをするためには、厨房に行かなければならない。以前は厨房にはぼんくら亭主がいたが、いまでは放置されているから、火をおこすところから始めなければならない。ティナちゃんがいたらそれを頼めるけど、そうでなければ、客を部屋に待たせたままということになって、よくない。やむを得ず水を勧めて許してもらう。
「マーガレットは金を持ってくるかな。」
亀道さんが話しかけてきた。
「必死になったら作れる額ではあるよね。まあ、逮捕されて懲役くらうことになるし、ギルドから除名されたら生きて行けないはずだ。もっともあの女は頭が悪そうだから、そんな判断もできないっていう可能性はあるよね。そうなったら、俺が顛末書みたいなのを書くから、それを持って検察官に会いに行くといい。知り合いだから対応してくれると思うよ。あ、もちろん、来なかったときは、預かっていたギルドの報酬は、俺の取り分を除いて全額亀道さんに渡すよ。」
「ありがとう。」
しばらくしてルソーが入ってきた。
「おや、ルソーさんも来てくれたんだ。」
「まあね。結局、あいつは金がないっていうから、俺が立て替えることにしたんだ。」
優しいな。返ってこないかもしれないんだぞ。
ルソーが亀道さんの方を見る。
「今回は、俺の仲間が大変な迷惑を掛けてしまった。俺は直接は責任を負う立場ではないけど、仲間の一人として申し訳なかったと思う。」
亀道さんも、
「いや、ルソーさんにお詫びして頂く必要はないです。でも、ご趣旨はよく分かりました。」と答えた。
・・・
・・・
日没からかなり時間が経った。男が三人、狭い宿屋の部屋で座って待っている。いらいらしてきた。マーガレットは現れない。
「逃げたかな。」
言ってみた。
ルソーが応じた。
「本当にそうだったら、俺も腹をくくるよ。仲間とはいえ、そういう行動をする奴は許さない。ギルドに全て報告する。」
・・・
更に待っていたら、やっとマーガレットが入ってきた。
侘びの言葉もなく、突っ立っている。
ティナちゃんが複製した契約書を渡す。
「目を通せ」
マーガレットは黙って受け取り、一瞬だけ目を通し、
「これでいいよ」
と言った。
「サインしろ」
サインさせた。
「それから亀道さんに大金貨1枚を払え。」
ルソーがマーガレットに渡して、マーガレットがそれを机の上に放り出した。
だんだん険悪になってくる。
「亀道さん、サインをお願いします。」
すぐにサインした。
「これで手続きは終了だ。」示談の成立を宣言する。
「亀道さん、ルソーさん、遅い時間までありがとうございました。」
マーガレットは、声を掛けられるのも待たずに、出て行った。ルソーは、「では、すみませんでした。」と言いながらマーガレットを追う。惚れてるのかな。でも、あんなところを見せられたら、百年の恋も醒めるんじゃないかな。まあ、俺の知ったことじゃないけど。
預かっていたギルド報酬から、大金貨2枚と金貨2枚を渡す。俺の取り分は、2万円相当だ。午後全部潰したことを思えば、まあ良かったと思う。ルソーさんとも信頼関係ができたみたいだ。亀道さんは、駄目な冒険者らしいし、顔もなんか不快だから、今後のお付き合いは希望しない。
ところが、亀道さんが残っている。おや、まだ何かあったかな。
俺に話しかけてきた。
「あんた、日本人か。」




